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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第三章】

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3‐5‐3 密やかな会話

 



 クラーヴィアとの会話の後、アンスーラとインウィディアの二人はそっと大広間の端へと場所を移した。


「インウィディア、わたしの顔に泥を塗るような真似はやめてちょうだい」


 周囲に人がいないことを確認するや否や、アンスーラは不敵な笑みを消し、温かみを感じさせない声で鋭く言い放った。


「泥を塗る? アンスーラ、心外だな。何のことだい?」


 インウィディアは黒曜石の瞳を丸くしてみせるが、その奥底には微塵の動揺も感じられない。


「何って……あなた、クラーヴィア様へ直接手渡そうとするなんて。あなたがここで商売ができているのは、誰の差配があってのことだと思っているの? 国主への無礼は、即座にアンブラ商会の損失に繋がるわ。わたしの築き上げた地位を、あなたの気まぐれで危険に晒すことなど許さないわ」


「ああ、あのことか。あれは我が王の厳命でね。直接巫女姫様へお渡ししろと仰せつかっていたんでね。仕方がないじゃないか」


 軽く肩をすくめてみせれば、アンスーラの瞳に侮蔑の色が浮かぶ。


「……だが、受け取ってくれたよ」


 インウィディアは悪びれた様子もなくアンスーラの手を取ると、その指先へ軽く唇を落とした。


(この百合の香りにも飽きてきたな。それに比べたら、あの稚児が纏う魔力の香り……)


「その上辺だけの言い訳、次は通用しないわよ。今回はクラーヴィア様が流してくれたけど、ウォーリ様が同席されていたら、どんな咎めを受けていたかわからないわ」


 アンスーラは苛立たしげに彼の手を振り払った。


「おや、君でも苦手な人がいるんだね」


「当たり前でしょ。ウォーリ様は本当に表情が読みづらいのよ」


「君の美しさも、損得勘定も効かない、か。それはそれは……」


「茶化さないで頂戴。本当に何が楽しいのか、さっぱりなのよ」


「へぇ、そこまで言われると、どんな御人か気になるな」


 インウィディアの形のよい指先が、軽く顎に添えられる。

 彼は薄く瞳を閉じ、何か考え付いたのか片方の口端を上げ、囁くように言った。


「そのウォーリ様って人にも、近いうちに会えるといいんだが」


「正式に面会の手続きを取れば?」


 アンスーラは手に持つ扇をピシリと閉じ、左頬にあてた。

 そのまま彼に背を向け、視線をインウィディアから、喧騒の続く大広間へと戻した。


「あら……あれは」




 アンスーラの視線の先、喧騒の波を割るようにして歩いてくる男がいた。

 旅装を解いたばかりなのか、周囲の正装した商人たちとは一線を画す、実用的でありながらどこか洗練された、砂塵の匂いのする装束。

 二十代半ばか三十代前半か。彫刻のように整ったそのかんばせは、天井より降り注ぐ魔石の放つ光を跳ね返すほどに鮮烈で、男女を問わず周囲の人々が思わず息を呑むのが、遠目からでも分かった。


「……リュークじゃない。ようやく戻ってきたのね」


 アンスーラは扇を握る手に力を込め、鼻を鳴らした。言葉とは裏腹に、その瞳には隠しきれない華やぎが宿っている。


「ほう。君の知り合いかい?」


 インウィディアが、獲物を値踏みするような眼差しでリュークを追う。


「ええ。どこの馬の骨ともしれないくせに、いつの間にかクラーヴィア様のお気に入りよ。……本当に、食えない男。

 この街に来たばかりの頃は、華やかな噂が絶えなかったけれど、最近はすっかり堅物ね。わたしからの誘いですら平気で袖にするんですもの。恩を忘れたのか、それとも、もっと“いいもの”を見つけたのかしらね」


 アンスーラは、わざとらしく溜息をついて見せた。

 そうこうしているうちに、リュークの足取りは淀みなく二人の方へと向けられる。

 彼は一瞬だけ、ナギサたちが去った扉の方へ、愛おしむような視線を走らせた——が、すぐに口角の角度から眼差しの柔らかさに至るまで、一分の隙もない笑みを浮かべてアンスーラの前で足を止めた。


「やあ、アンスーラ。相変わらず、百合の香りがこの場を支配しているね。君がいるだけで、この殺風景な大広間も少しは華やぐというものだ」


「あら、口の減らない男。旅から戻ったなら、まずわたしのところへ挨拶に来るのが筋じゃないかしら? リューク」


 アンスーラが不満げに唇を尖らせると、リュークは困ったように肩をすくめた。


「すまないね、僕もいろいろ忙しくてね。……おや、そちらの御仁は?」


 リュークの視線がインウィディアを捉えた。


 ……刹那。

 瞬きすら許されないほど、濃密な“圧”がその場を支配した。

 アンスーラのうなじに、ざわりと寒気が走る。


 二人の視線が交差し、火花が散るわけでもない。ただ、冷え切った殺気のようなものが、じわりと足元から這い上がってくる。


「……ご紹介しますわ。こちらはバラスルムからいらしたネビュラ商会の会長、インウィディア・ネビュラ様よ。……インウィディア、私の友人のリュークよ。もっとも、出所不明の怪しい噂には事欠かない男だけど」


「インウィディアです。……お噂はかねがね、リューク殿。まさかこれほど“光り輝く”お方だとは思いませんでしたよ」


 インウィディアが、慇懃に、けれど探るように右手を差し出す。


 リュークはその手を一瞬見つめた後、人当たりのよい、けれどどこか壁を感じさせる笑みで応じた。


「光り輝く、か。……どんな噂か知らないけど、砂埃にまみれた行商人に、そんな言葉はもったいないな。以後、お見知りおきを、ネビュラ会長」


「……どうぞ“インウィディア”と。この国ではわたしは新参者。他国で商会長を務めていても、なんの意味も持ちませんので」


「では、インウィディア殿。改めてよろしく」


 完璧なまでの微笑みで互いに自己紹介を行い、無難な世間話を積み上げていく二人。

 遠目で見れば、美丈夫二人が美女を挟んで穏やかに歓談しているように見えるだろう。

 だがその実は、無難な会話を装いながら相手に探りを入れる会話の応酬であった。


 初対面の二人が、何故ここまでお互いを牽制するのか。

 アンスーラはその細眉を寄せ、二人に問うた。


「ねぇ、あなた達。本当に初対面なの?」


 向けられたアンスーラの疑念に、二人の美丈夫は鏡合わせのような完璧な微笑みを返した。




 ◇



「何の変哲もない“ただの親書”だな」


 吐き捨てるような言葉とともに、ぽとりと机の上に豪奢な羊皮紙が落ちる。

 だが、机に落ちる直前、白く細い指がその親書を受け止めた。


「ウォーリ、駄目よ。気に入らないのはわかるけど、丁寧に扱って頂戴」


「魔法的な仕掛けも、隠し文字の類いも一切なし。……拍子抜けだな」


 ウォーリが不満気に鼻を鳴らす。


「マギーにも先に視てもらったけど、同じことを言われたわ。インウィディア様の振る舞いは褒められたものではなかったけど、それで国王の親書まで疑ってかかるのはどうかしら」


 クラーヴィアは、丁寧に親書を折り畳み、机上へとそっと戻した。

 ただ、視線は自身の指先へと注がれたまま。


「……あの場は、アンスーラに免じて流したけれど、あの商人はいったい何をしたかったのかしら」


「遣り手の商人とも聞くし、良くない噂も聞く」


 クラーヴィアの様子をじっと見つめていたウォーリがぼそりと呟く。


「ええ、わたしの耳にも入ってくる程度には有名なようね」


「君達に、何か術的な印でも付けようとした……」


 その言葉に、クラーヴィアは大広間で感じたインウィディアの気配を思い出した。昏く、本能が退避を命じるようなあの澱み。彼女は無意識に眉をひそめる。


「……そういえば、ナギサさんも咄嗟に身をかわしていたわ。あの子、何かを感じ取っていたみたい。でも、一体何の為に?」


「わからん」


 切り捨てるような一言に、クラーヴィアが目を丸くした。


「もう、少しは考えてほしいわ」


「考えているさ。ローニャ様は、名も力も取り戻された。なのに何故、魔力溜まりは減らないのか。何故、大地の活力が戻らないのだ」


 ウォーリは眉間に深い皺を刻み、掠れた声で漏らした。

 そんなウォーリに、クラーヴィアは寄り添うと、柔らかく彼の腕へそっと手を添えた。


「ウォーリ、焦らないで」


「……」


「ローニャ様もまだ、完全な状態ではないのよ。

 先日、やっと大神殿への再度の加護を終えたばかり。国全体への加護も、最低限のものはしていただいているわ」


「ヴィア、済まない。

 例の汚染された石の件も完全に収束していない状態で、今回の人攫い。そして隣国からの怪しい使者。

 石の件は別にしても、何やらきな臭くてな」


 ウォーリが小さく首を振って顔を上げると、そこには彼を案じる穏やかな藍鼠の瞳があった。


 杞憂であればよい。

 石の件はニールによる騒動と結論づけられ、回収も大半を終えた。神の悪戯に理屈を求めても仕方がない。ある意味、もう済んだことだ。

 人攫いも、厳戒態勢を敷いてからは鳴りを潜めている。


 あの異国の使者も、ただの礼儀知らずだと思えばよいだけ。


 だが、胸の奥底で、正体不明の違和感が警鐘を鳴らし続けていた。






皆さま、ナギサの物語にお付き合いいただいてありがとうございます。


読んでいただけてとてもありがたく、ものすごく励みになっております。


よろしければブックマーク追加や評価で応援いただけるととても嬉しいです。



次回更新は、4月6日を予定しております。

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