1‐11‐1 秋休暇 出会い
——この世界でも紅葉狩りってあるのかな。
見渡す景色の中で、木々はうっすらと色づきだしていた。
学舎の春学期ももう終わり。まもなく秋学期が始まる。学期の切り替わりにあたり、二週間の休暇期間——秋休暇が今日から始まった。
学舎での半年間は何もかもが新鮮で、あっという間に過ぎてしまった。
入学して最初の半年間は必須講義のみを学ぶ。不十分と判断された講義は、そのまま次の半年間も受講しなければならない。必須講義を終わらせれば、あとは興味があるものを選択して受講できる。必須講義をそのまま受講して知識を深めてもよし、新しいものにチャレンジしてもよし。卒業までは好きに講義が選択できる。
かなり自由で学びやすいシステムだが、最初の半年間で神殿生活に向いていないと思った者は去っていく。当然強制的に、という者もいる。ナギサと同期の人達でも、前者の理由で何人かが学舎を去っていった。
ナギサはどの講義も無事終了できた。ただ薬草学だけは、植生の関係で誰もが一年間受講しなければならない。これは実地で、季節ごとの薬草採取をするためらしい。そのため秋学期も薬草学が必須なのだが、それ以外の講義をどうするか、それをまた考えなければならない。
半年近く一緒に学べば、流石に何人かは友人もできた。その友人達も何人かは学舎寮で暮らしているのだが、聖都イスの外から来ているため、長い休暇時は里帰りをするという。街から通う友人達も、それぞれ家の手伝い等で忙しいらしい。
ナギサのように身寄りがない者も学舎寮にはいるのだが、残念ながら知り合いにはまだいない。この神殿内で一番親しい間柄のセラスは、神官見習いなので、この長期休暇は無関係だ。
——うん、今日は全部後回し!
今日は自由に神殿内を散策すると決めたのだ。
休日は洗濯場の手伝いばかりしていたおかげで神殿内には詳しくなったけれど、じっくり見て回ったことはなかった。
どこまで立ち入ってよいのかわからないけれど、以前と違ってここまでは大丈夫というのが、なんとなく分かってきた。
まずはここ、今一番のお気に入り——薬草園だ。
薬草学の授業で利用しているので、何度か足を運んでいる場所だ。ただ、講義や洗濯場の仕事では、好きにゆっくり見ることはできない。
講義中に見つけた小高い丘。庭園風に設えられていて、散策にも楽しく、見晴らしも良い。
夏から秋へと移り行く庭の景色は、とても手入れが行き届き、ただ眺めているだけでも心が和む。
——そういえば……この世界の植生って、どうなっているのだろう?
元世界と似ているというか、ほぼ同じに見える。ローズマリーは同じ姿で同様の薬効があり、もうすぐ季節は終わってしまうが、バジルや紫蘇も同様だ。
そうは言ってもそこまで元世界で植物に詳しかったわけでもない。この庭園を見回して、どれが同じでどれがこちらの固有種なのか、流石にそれは区別がつかない。
現に——今見ているこの薬草も、どんな名前なのかさっぱりわからないのだから。
「それは、花が咲くのはもう少し先だよ」
ふいに背後から、陽の光を含んだような、心地よい声がかかった。
「——そうなのですか? 先日見かけた時よりも随分と育っているので、もうすぐ蕾がついて、咲くのかと思っていました」
「学舎の生徒さんだよね、よく見ているね」
近づいてくる足音に、薬草園を世話している神官かと思い顔を上げ——息を呑んだ。
商人風の身なりをした、見知らぬ青年が立っていた。
(すごく……綺麗……)
太陽みたいな人だ。童話に出てくる王子様が現れたら、きっとこんな姿をしているのだろう。
あまりにも完璧——金の髪に金の双眸。透き通るような白い肌。
絵画のような容姿だけど、その瞳は柔らかく楽し気で。ずっと見つめていたい——そんな不躾な気持ちが芽生えた己が恥ずかしく、頬が熱くなっていくのを感じる。
これまで《女神》やクラーヴィアに出会い、その人知を超えた美しさに触れてきた。神官長も冷徹なまでに整った美男子だ。でも、それらは静の美しさ。今ここにいる人は動の美しさだ。輝くような金髪と、宝石を溶かし込んだような金色の瞳。陽の光をその身に集めているかのように、彼が動くたびに空気がキラキラと跳ねる。
返事も忘れ、見入ってしまっていた。
「あ、ごめんね。驚かせちゃったかな?」
青年は少しだけ首を傾け、人懐っこい、けれど全てを見透かすような金色の瞳で、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
「その薬草、僕がここへ持ち込んだものなんだ。順調に育っているのが嬉しくて、時間があるとつい確認に来てしまうんだ。……君みたいな子が、熱心に見てくれているのもすごく嬉しいな」
「あなたが持ち込んだ……ですか?」
商人と薬草の関係が上手く結びつかず、思わず首をかしげてしまった。青年は優しく目を細めて微笑んでいる。
「そうだよ。僕はリューク。行商人をしていてね。その“アルタ・ルブラ”は聖国では珍しい種類なんだ。先日クラーヴィア様に乞われて、献上させてもらったのさ。数節前に大神殿の出入り許可も下りたから、たまに様子を見に来ているんだよ」
リュークと名乗った青年は、そのまま自分の横に自然な動作で腰を下ろした。そして、目の前の薬草について楽しそうに話し始めた。
「この薬草はヴィルディステ聖国では自生していないんだ。深紅の花がとても見事でね。上手く根付くか不安だったんだ。でも、ここまで元気に育っているから、きっともうすぐ咲くんじゃないかな」
「とてもたくさん植えてあるから、紅い絨毯のようになるかも」
「紅い絨毯かぁ。そうだね、群生している場所では一面の深紅と白と金。そして葉の濃緑が、それは美しくてね。ここもそうできるといいなぁ」
「一面の紅……とても綺麗そうですけど、ここは薬草園ですから、神官さんに怒られてしまわないでしょうか」
「えっ、そうくる? 女の子って、花が咲き乱れる光景とか、そういうの好きなんじゃないの?」
リュークが意外そうに目を丸くした。その仕草の一つひとつさえ、絵画のように様になっていて、心臓が小さく跳ねるのを感じてしまう。けれど、あまりに彼がキラキラと眩しすぎるからか、つい照れ隠しのような言葉が出てしまった。
「……だって、ここは薬草園なんですから。実利を優先して当然じゃないですか。揶揄わないでください」
「いやいや、その返しはないでしょ。もっとこう『わあ、素敵!』とかさぁ……。ふふっ、でも、君みたいな反応は初めてだよ。面白いね」
この時、「面白いね」と笑った彼の金の瞳が、一瞬だけ熱を帯びた気がした。まるで、ずっと探していた何かを見つけたかのように。だが、それはあまりにも一瞬のことで、気のせいだったのかもしれない。……だって、そんな熱量が嘘だったかのように、リュークは楽しそうにケラケラと笑っているのだから。
だが、先程のリュークの言い方。こちらは薬草の話をしているつもりなのだが、何故か女の子が好むものへと話題が変わりそうである。
「話題を変えましょう! リュークさんって商人なんですよね? どんなものを扱っているんですか?」
「ん~、僕は商人といってもあちらこちらを渡り歩く旅商人なんだ。それに、決まったものを扱っているわけではないんだよ。頼まれたものを仕入れて納める。そしてたまに珍しいものや、必要かもと思ったものを買っておいて売ったりする——」
気の利いた返しもできない己に嫌気がさす。その場を誤魔化すように、いささか強引ではあったけれど、唯一普通に話せそうな商売の話題へと逃げ込んだ。
——リュークの仕事について尋ねたからか、その後は一緒に納めた薬草のこと、それらを手に入れた見知らぬ土地の話と、それはそれでとても興味深い話が聴けた。このヴィルディステ聖国ですらよく知らないのだから、それらの話はとても珍しくも楽しいもの。ついつい質問を重ねてしまい、あっという間に時が過ぎていった。
◇
「やはりここにいたか」
背後から響いたのは、凛とした、聞き慣れた声——神官長のウォーリだった。
今回は聞き慣れた声ゆえに、振り向くこともなく、すぐさま礼の姿勢をとった。
「……ああ、ウォーリ。すまない、約束の時間までまだあると思っていたよ」
「いや、まだ時間はあるが……おまえのことだから、また珍しいものでも見つけて動かなくなっているのではないかと探しに来ただけだ」
「――信頼されていないなぁ」
膝をつき礼を尽くしている自分の頭上で、戸惑う気配に気づいているのかいないのか。リュークは立ち上がるとウォーリと何やら会話を始めた。
気安くこのリュークという青年と話してしまったが、ウォーリとかなり親しい間柄のようである。ウォーリの言葉には、神官長としての厳格さよりも、気心の知れた友人に向けるような、微かな呆れが混じっているように感じる。ひょっとして……リュークはかなり偉い人なのかも。
この頭上の二人の間に流れる「対等な空気」感、やっぱり彼は商人以上の人なのだろう。
「ああ、ナギサ君。すまない、礼は解いてくれ。今日はこの者を探しに来ただけだ。すまないが、これで失礼するよ」
今、こちらに気づいたかのように、神官長が姿勢を楽にしてよいと声を掛けてくれた。
——どうせなら、最初に言って欲しいよ。
だが、とりあえず有難い言葉である。静かに立ち上がり、二人から一歩後ろへと距離をとった。
「ナギサ……」
リュークが舌の上で転がすかのように、己の名を繰り返す。
ふわりと柔らかな笑顔を見せたかと思うと、リュークの手がそっと自分の頭の上に置かれた。
「ナギサか、とても不思議な響きだね。うん、すごくいい名前だ。今日はとても楽しかったよ。また、機会があれば、話に付き合ってほしいな」
ポフポフと軽く頭を撫でると、そのままウォーリと二人、大神殿へと戻っていった。
——あっ、名乗らずにいたままだった……
リュークの言葉で、失態に今更のように気付いてしまう。
こんなことも気付かずにいたなんて。余程緊張していた、いや、舞い上がっていたのかもしれない。どちらにしても、とても失礼なことをしてしまったと、自分が少し情けなくなってしまった。
キリが悪いので少々長めになりました。




