1‐10‐1 セラスの提案
今日は聖の曜日、元世界でいうところの日曜日だ。
ナギサが学舎に編入して初めての休日である。
学舎の春学期は肆の節から始まる。そして、ナギサが編入されたのは、その春学期の伍の節も後半。一節ほどの遅れがあるため、平日は講義がすべて終わった後に、補講を受けなくてはならなかった。
セラスが担当しているコーマの技や読み書き算術は、特に問題がないので補講は不要と言われたが、それ以外のものは“一節分の遅れを取り戻す”ということで、毎日が補講続きであった。
日々忙しく、考える余裕もなかったせいか、時間が余る、ということなく過ごしていた。だが、ここで突然の休日である。暇な時間ができてしまったのだ。
——学舎以外、どこへ行けばいいのだろう。
聖の曜日は学舎は休みのため、許可なく立ち入ることが出来ない。大神殿敷地内を探索したいところだが、どこまでが見て廻っても許される範囲なのかがわからない。迂闊に動けば、怪しまれる可能性もある。そもそも、大神殿の全体図がわからないため、見て廻れる範囲を尋ねるのも難しい。
療養棟に居た時は、毎日が休日のようなものであったが、部屋から出ることができないので、こんな悩みを抱くこともなかった。
ナギサは元来、外出するより部屋の中で過ごすことが好きだ。元世界では外に出れば嫌な目に遭うので、当然のように家の中で過ごすことが基本となっていた。そのため、今も部屋に閉じこもることは苦痛ではなく、むしろぼんやり過ごすのも悪くないとさえ思っていた。
だが、問題はそこではない。学舎でのこの一週間。この世界での己の“非常識”“無知”を、嫌というほど思い知らされたのだ。
——流石にこのままではマズイ……
だから、休日ぐらいはこの神殿内を見て廻ってみようと考えたのだが……
休日に友人と一緒に遊びに行く——元世界では縁のない過ごし方だった。そもそも、たかが一週間ぐらいで、そこまでの友人なんて作れる自信なんてない。
学舎では学友というか、春学期入学の同期生と言えばよいのか、見た目は同世代の者達が周りに大勢いる。だが、とてもではないが、こちらから話しかけるなど無理である。何を話題にすればいいのか、自身のことを尋ねられた時に、なんと返答すればいいのか、考えるだけでアワアワしてきてしまう。
現状、この世界で唯一気負わずに会話ができるのはセラスだけ。だが、神官見習いの彼女はとても忙しい。聖の曜日であっても当番であれば仕事だと聞いている。
そうなると、何もせず部屋の中で講義の復習でもするか、勇気を出して神殿内を歩き回るか……
一人うじうじと考え込んでいると、扉を軽くノックする音がした。
◇
「ナギ、いる? わたし、セラスよ」
セラスが部屋に入ると、ナギサはベッドの端にぽつんと腰掛け、なんとも冴えない表情を浮かべていた。
「セラス、今日はお仕事、だったよね?」
ナギサが不安気にセラスを見上げる。
「ええ、もちろん。ただ、少しだけナギに教えておきたいことがあって、時間をもらってきたの。ナギ、今日、というか休日の過ごし方はもう決めた?」
グイっとセラスはナギサに顔を寄せ、意外なことを聞いて来た。
「んと……決めるも何も、どう過ごしていいのか分からなくて。街に出る許可も頂けていないですし、大神殿内も何があるのかよくわからなくて。散策してみたいのだけど、一人で歩き回るのは不安で……」
ナギサの答える声が徐々に小さくなっていく。
「ふふ、やっぱり来て正解だったわ」
若干呆れた表情で、セラスが小さく息を吐いた。
「?」
「ナギにとって、学舎がお休みって、今日が初めてでしょ? やる事もなく、行先もなく、困っていないかなぁ、って。だから、ちょっと皆に頼んで時間を作ってきたの」
「……うっ、ありがとうございます。本当に、どうすればいいかわからなくて……」
「やっぱりねぇ。あと、ざっくばらんに聞いちゃうけど、ナギってお金を持っていないよね?」
「お金ですか? そう、ですね……って、必要ですよね。でも、わたし、どうすれば……」
「そこで今日案内したいのが洗濯場よ」
この国では初等科・中等科の学費は無料。その中等科に相当する学舎の学費と学舎寮も費用自体は無料だと聞かされていた。だが、日常生活に必要なもの、学びに必要なもの、衣服、それらは当然自分達で用意しなければならない。
ナギサの衣服については最初にセラス達の善意でなんとかなった。しかし、この後季節の変化や成長に合わせて服は必要になる。雑貨や文具も最初に必要なものは、やはりセラス達とトランキリタの善意で用意してもらったものだ。だが、この後もずっとその厚意に甘えて学舎生活を続けていくことが流石に無理なことはナギサにもわかる。
生活費の問題。これもナギサが解決しなくてはならない問題の一つであった。
そこにセラスからの“洗濯場での仕事”、元世界でいうアルバイトの提案である。
この大神殿内には学舎の生徒をアルバイトとして使ってくれる箇所がいくつかあるという。一番人気は食堂なのだが、セラスのおすすめは洗濯場。学生は洗濯物の回収と配達が主な仕事で、重いものを運んだり、敷地内をあちこち回る必要がある。この為、コーマの技の身体強化と魔力増強の訓練になり、同時に敷地内の地理を覚えられるので、最初のアルバイトとしてはうってつけということらしい。
「当然手に入るお給金は少額よ。でも、少しずつ貯めて、冬支度に使わない? あと普段ちょっと必要なもの、学舎の販売所で欲しいものを買ったりできるでしょ?」
通いだしてすぐに気づいたのだが、学舎には販売所があった。ちょっとした文具や小物が置いてあり、とても気になっていた。だが、お金がないので、できるだけ視界に入らないようにしていたのだ。
そうは言っても、冬支度や小物類、いくら必要になるかわからないが、少しずつでも備えなければと、セラスの言葉に改めて思ってしまう。
「セラス、わたし、その洗濯場で、ちゃんと役に立てるかな? 生活費のことはどうにかしなきゃと思っていたから、何か出来るならやってみたい……」
「大丈夫、わたしがついているわ! 悩んでいてもお金は増えないわ。まずは一歩踏み出してみましょうよ。手続き、手伝ってあげるから!」
セラスは「善は急げ」とばかりにナギサの手を掴むと、そのまま洗濯場へと歩き出した。




