1‐08‐1 客人
神殿騎士に付き添われ、ナギサが退室した。
静まり返った部屋で、ウォーリは深く息を吐き出す。
——柄にもなく、少し緊張していたか。
ナギサ……
年齢の割に利発で大人しい、だがどこにでもいそうな子供だ。だが、何か漠然とした不安を感じさせる少女でもある。
貸し与えた本についての受け答えからは、聡明さを感じる。
神殿関係者、街の富裕層あたりの子女であれば、あんなものかもしれない。
あの本もそれほど文章量があるわけでもなく、表現も子供にわかりやすいもの。似たような書物を買い与えられて育ったのだと考えれば筋は通る。
故に、街の富裕層の少女が行方不明になっていないか、近隣で該当しそうな探し人がいないか。人を使って確認させたが、何ら報告は上がってこない。ならばと、この一節ほど国中の大きな街であたってみたが、やはり該当しそうな子供の捜索願は出ていなかった。
ならば村や開拓集落の出か?
——いや、あり得ない。貧しい村では、幼い子供があそこまでの教養を身につけているはずがないのだ。
何より“コーマの技”についても解せぬことが多すぎる。
この国、いや、この世界において知らない、分からない、というのはあり得ないだろう。両親、いなければ周りの大人達、全てが使っているのだから。
本は何の問題もなく読みこなせるのに、“コーマの技”は知らないなど、普通あり得ないだろう。
初等科でも必修科目であり、家庭教師を付けるような裕福な家柄なら尚更だ。
それなのに、あの子は本当に知らなかった。
いや、魔力の概念すら認識できていなかった。それがこの短期間で“コーマの技”をあそこまで使えるようになっている。
コーマを身体強化に使うだけであれば、あの程度のこと、さして不思議ではない。そこそこ魔力量があり、イメージ力があれば、質の強弱はあれど不可能なことではないからだ。
だが、無機物との一体化。
あれは苦手とするものが多い。少しでも間違えれば対象物を壊してしまう。その危険を考えれば、基本は避けるものだ。あれぐらいの年齢であれば、魔力をやっと安定的に使えるかどうかだ。
ウォーリは机の上に置かれたガラス玉へ視線を落とし、指先で静かに転がした。
普通に扱えば丈夫なものだが、少しでも魔力の偏りがあればそこから亀裂が入るように仕立てたものだ。それを二度も容易くこなすとは。
『神官長は気にされないのですか? 記憶がないわたしをこのまま学舎——神殿に置くことに』
脳裏に浮かぶ少女の問いに、ウォーリは苦い顔をする。
——気になるに決まっているだろう。
大神殿内に突然現れたのだ。
クラーヴィアがナギサを見つけたのは“中庭”と彼女に伝えたが、実際は違う。“祈りの間”だ。しかも、大神殿最奥の祈りの間——国も街も神殿も祈りの間も、厳重な結界が張り巡らされている。許可がない者は入れないのだ。それをどう潜り抜けたのだ。
しかも、クラーヴィアはそのことにまったく不信感すら抱いていない。あえて“中庭”と伝えることで、子供が迷い込んだかのように周りへ説明している。それですら、神殿門をどのように入ってきたかの説明になっていない。
いったい、何処からきた少女なのだ。
本人は記憶がないというが、それは本当なのか。
他国の出かとも考えたが、恐らくこの国の者だろう。
鑑定で唯一はっきり視えたのは、《女神》の加護持ちであることだ。
ヴィルディステ聖国の主神の加護を授かった者が、他国出身とは考えづらい。
……だが、それ以外のことが何も鑑定できない。何度鑑定してもそれ以上が視えないのだ。
厳重な結界の奥、“祈りの間”に置き去りにされた、主神の加護を持つ少女。
どういった意図が込められているのだろうか……
「神官長。お客様がお見えです。リューク殿と名乗られておりますが、客間へお通ししてもよろしいでしょうか?」
扉の外からの問いかけに、ウォーリは随分深く考え込んでいたことに気づいた。
今日は来客の予定は入っていなかったはずと記憶を辿る……
——リュークだと?! よりによってこのタイミングにやってくるとは。




