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「——失礼します」
会話が途切れたタイミングを見計らったかのように、神官見習い達が部屋に何やら運んできた。
神官長が彼らにあれこれと指示するのを、ナギサは椅子に座ったまま眺めていた。
テキパキと見習い達は動き、あっという間に部屋から立ち去って行った。
手際の良さに感心していると、いつのまにか神官長が目の前に立っていた。
まずは健康状態の確認を行うという。今運びこまれた道具を使うのかと思えば、神官長が鑑定魔法で確認するらしい。そんなものでわかるのかと思うのだが、健康状態が正常なものか否かを調べるだけ。何か異常があれば医官か治癒神官に引き継ぐそうだ。
そして結果は見た目通り、健康状態に問題なし、とのこと。ただし、今回も神官長はどこか微妙な表情を浮かべていたが。
次なるは“コーマの技”の習熟度だ。
ナギサは先ほど運びこまれた小さなテーブルの前に行くように促された。
小さな丸テーブルの上に、大きなボウルがひとつ置かれている。覗き込むとテニスボール程の大きさの綺麗なガラス玉が、その底に置かれていた。
「まず、そのガラス玉を両手で持ち上げてみたまえ」
両手をボウルに差し入れ、ガラス玉をすくうように持ち上げてみる。見かけに反してズシリと重い。手首が重さで反り返りそうだ。これは長く持っていられない。
「よし。元に戻したまえ。次は、“コーマの技”を使って持ち上げてみたまえ」
——なるほど、そういうことか。さて、どうコーマを使おうか?
自身の身体強化で持ち上げるか、ガラス玉に魔力を這わせてガラス玉を軽く持てるようにするか。
“コーマの技”は使えるようになってみてわかったが、とても興味深い技術だった。基本は魔力を自分自身の強化に用いる。だが、無機物相手なら自分と一体化させるように魔力を這わせることで、わが身のごとく扱うこともできるのだ。
ただ、この魔力を均等に這わせことが難しく、均等に薄くはわせないと最悪対象物を壊してしまう。
そしてこれを応用した使い方が、セラスがナギサに魔力を流した方法だ。魔力を一点に集中して流す。すると生き物相手では反発するため、ちょっとしたショック攻撃になるらしい。これが無機物であると物によっては壊してしまう、というわけだ。
セラスとの練習で土の塊を使った時は、もうこれでもかというほど部屋の中を汚してしまい、掃除が物凄く大変だった。
「どうした、出来ないのか?」
ガラス玉に手を当てたまま動かないでいると、苛立ち気味な声が飛んできた。
(しまった……)
いつの間にか考え込んでいた。
自身の魔力に集中し、手をガラス玉にそわせる。
ガラス玉を手の一部のように魔力をまとわせて……
紙箱でも持ち上げるかのように、ガラス玉を軽く持ち上げてみせた。
(ん? 少し目元が和らいだ?)
確認するように神官長へ視線を移すと、少しだけ目元が満足気に緩んだように見えた。
「ほぅ。では、もとに戻し、一度手をそこから出したまえ」
だが、口調はあくまでも事務的なまま。言われるままにガラス玉をボウルの底に戻し、テーブルから一歩後ろへと下がった。
入れ替わるように神官長はテーブルに近寄ると、ボウルの上に片手をかざした。薄く目を閉じていたかと思うと、ボウルの底から水が現れ、徐々にボウルが水で満たされていく。先ほどのガラス玉を水がすっぽりと覆うと、神官長はかざした手を外した。
(この水、冷たそう……)
「次はその水の中から持ち上げてみたまえ。もちろん水温も考慮するように」
(う~ん。これはどうするのがいいのか)
——ガラス玉はさっきと同じ要領で、魔力を這わせて軽くする。水は恐らく冷たいはず。手に保護をかけるべきか。二つ同時か……
ガラス玉を再び持ち上げると、神官長は今度こそ満足げな表情で頷いた。
「合格だ。僅か一節ほどで、ここまで出来るのであれば十分以上だ。ああ、ガラス玉はもとに戻したまえ。
ところで、ナギサ君。今君は自身の魔力量がどれぐらい減っているか、どれくらい使用したか、といった感覚はつかめているのか?」
「自身の全魔力量についてはまだ自覚できていません。今日もこの二回で疲労感はあるのですが、それがコーマに慣れていないせいなのか、それとも魔力を使い過ぎてなのか、自分でも判断ができません」
聞かれて思い出したのは、少し前の事。
セラスとの練習中に無理をし過ぎてしまい、魔力の枯渇により気を失ったのだ。
彼女曰く『まったく普通にコーマを使用しているかと思ったら、パタッと倒れた』らしい。軽い疲労感はあったのだが、苦しいとか辛いとか一切感じていなかったのだから恐ろしい。なので、後でセラスから説明されてひどく驚いたのだ。
“コーマの技”は魔力を継続して使うことが多い。持続して使えばその分、魔力を消費する。
無くなった魔力は体を休めれば自然と復活する。だが、減っている、満ちている、その感覚がまだ自分ではわからない。突然の気絶は危険すぎるので、なんとかしたいと真剣に考えているのだが。
今の話を聞いてどう思ったのか。神官長は一瞬思案顔をした気がした。だが、瞬く間にいつもの無表情に切り替わり、事務的に話を続けた。
「ふむ。こればかりは慣れるしかなかろう。しばらく様子を見て考えよう。ともかく、今の君の状態であれば学舎での生活は問題ないであろう。まずは学舎に入って神殿に慣れてもらう。部屋の準備ができるまでは療養棟にいるように」
神官長は一方的に話を終えると、ナギサに退室を促した。




