1‐07‐2
「——失礼します」
会話が途切れたタイミングを見計らったかのように、神官見習い達が部屋に何やら運んできた。
神官長が見習い達にあれこれと指示するのを、ナギサは椅子に座ったまま眺めていた。
テキパキと見習い達は動き、あっという間に部屋から立ち去って行った。
その様子に感心しているナギサの前に、神官長がいつのまにか立っていた。
まずは健康状態の確認を行うという。今運びこまれた道具を使うのかと思えば、神官長が鑑定魔法で確認するらしい。そんなものでわかるのかと思うのだが、健康状態が正常なものか否かを調べるだけ。何か異常があれば医官か治癒神官に引き継ぐそうだ。そして結果は見た目通り、健康状態に問題なし、とのこと。ただし、今回も神官長の微妙な表情付きではあったが。
次なるは“コーマの技”の習熟度だ。
ナギサは先ほど運びこまれた小さなテーブルの前に行くように促された。
小さな丸テーブルの上に、大きなボウルがひとつ乗っている。のぞき込むとテニスボール程の大きさの、綺麗なガラス玉が、その底に置いてあった。
「まず、そのガラス玉を両手で持ち上げてみたまえ」
ナギサは両手をボウルに差し入れ、ガラス玉をすくうように持ち上げてみる。見かけの大きさのわりに重い。これは長く持っていられないと考える。
「では、一度それを置き、“コーマの技”を使って持ち上げてみなさい」と神官長に指示された。
(なるほど、そういうことか。さて、どうコーマを使おうか)
——自身の身体強化で持ち上げるか、ガラス玉に魔力をはわせてガラス玉を軽く持てるようにするか。
“コーマの技”は使えるようになってみてわかったが、とても興深い技術だった。基本は自分自身の強化だが、無機物相手なら、自分と一体化して魔力をはわせることで、わが身のごとく扱うこともできるのだ。
ただ、この魔力を均等にはわせることが難しく、均等に薄くはわせないと最悪対象物を壊してしまう。
そしてこれを応用した使い方が、セラスがナギサに魔力を流した方法だ。魔力を一点に集中して流す。すると生き物相手では反発するため、ちょっとしたショック攻撃になるらしい。これが無機物であると物によっては壊してしまう、というわけだ。
セラスとの練習では、土の塊を使って練習したのだが、もうこれでもかというほど部屋の中を汚してしまい、掃除が物凄く大変だった......。
「どうした、出来ないのか?」
ガラス玉に手を当てたまま動かないナギサに、神官長が苛立ち気味な声をかけてきた。
(あっ)
いつの間にか考え込んでいたようだ。
自身の魔力に集中し、手をガラス玉にそわせる。
ガラス玉を手の一部のように魔力をまとわせて......。
紙箱でも持ち上げるかのように、ガラス玉を軽く持ち上げてみせた。
(ん? 少し目元が和らいだ?)
ナギサが確認のために、神官長へ視線を移すと、少しだけ満足気に見えた。
「ほぅ。では、もとに戻して、一度手をそこから出したまえ」
だが、口調はあくまでも事務的なまま。ナギサは言われるままにガラス玉をボウルの底に戻し、テーブルから一歩後ろへと下がった。
ナギサと入れ替わるように神官長はテーブルに近寄ると、ボウルの上に片手をかざした。薄く目を閉じていたかと思うと、ボウルの底から水が現れ、徐々にボウルが水で満たされていく。先ほどのガラス玉を水がすっぽりと覆うと、神官長はかざした手を外した。
(この水、冷たそう......)
「次はその水の中から持ち上げてみたまえ。もちろん水温も考慮するように」
(う~ん。これはどうするのがいいのか)
——ガラス玉はさっきと同じ要領で、魔力をはわせて軽くする。水は恐らく冷たいはず。手に保護をかけるべきか。二つ同時か......。
ナギサがガラス玉を再び持ち上げると、神官長は満足げな表情で頷いた。
「合格だ。僅か一節ほどで、ここまで出来るのであれば十分以上だ。もとに戻したまえ。
ところで、ナギサ君。今君は自身の魔力量がどれぐらい減っているか、どれくらい使用したか、といった感覚はつかめているのか?」
「自身の全魔力量についてはまだ自覚できていません。今日もこの2回で疲労感はあるのですが、それがコーマに慣れていないせいなのか、それとも魔力を使いすぎてなのか、自分でも判断ができないのです」
聞かれて思い出したのは、少し前の事。
セラスとの練習中に無理をし過ぎてしまい、魔力の枯渇により気を失ったのだ。セラス曰く『まったく普通にコーマを使用しているかと思ったら、パタッと倒れた』らしい。ナギサ自身も軽い疲労感はあったのだが、苦しいとかツライとか一切感じていなかったので、後でセラスから説明されてひどく驚いたのだ。
“コーマの技”は魔力を継続して使うことが多い。持続して使えばその分、魔力を消費する。
無くなった魔力は体を休めれば自然と復活する。だが、減っている、満ちている、その感覚がまだナギサにはわからない。突然の気絶は危険すぎるので、なんとかしたいと真剣に考えている。
ナギサの話を聞いてどう思ったのか。神官長は思案顔をしたと思ったのだが、いつもの無表情にあっという間に切り替わる。
「ふむ。こればかりは慣れるしかなかろう。しばらく様子を見て考えよう。ともかく、今の君の状態であれば学舎での生活は問題ないであろう。まずは学舎に入って神殿に慣れてもらう。部屋の準備ができるまでは療養棟にいるように」
神官長は一方的に話を終えると、ナギサに退室を促した。




