1‐05‐1 コーマの技
「さぁ、今日から頑張ろうね!」
翌日、部屋に現れたのは、いつも親切に接してくれる薄桃色の髪の神官だった。
彼女の名前はセラス。
“神官さん”とこっそり心の内で呼んでいたのだが、まだ“神官見習い”であると訂正された。学舎を卒業し、そのまま“神官見習い”として大神殿に在籍しているそうだ。
そして、これからしばらくの間、ナギサの世話係兼教育係になるという。
セラスは見習いでありながら、学舎で“コーマの技”を教えているそうだ。神官長からナギサが“コーマの技”を使えるように、と厳命されてきたのだ。
年の離れた神官より、年が近いセラスを寄越す——神官長なりの配慮だろうか。
セラス曰く、“コーマの技”を知らない人など見たことも聞いたこともないそうだ。
多い少ないの差はあれど、誰しもが生まれつき“魔力”を持つ。その魔力を自身に纏わせ、日常生活を快適に過ごすために使うのが、“コーマの技”——普段は“コーマ”と略されることが多い。
誰もが使えるため、幼子といえど物心つく頃には、スプーンの扱いと同様に感覚で理解しているものなのだという。
——そうなのだ。これから、己は、その感覚を“当たり前”にしていかなければいけないんだ。
◇
「まずは身の内にある魔力を感じ取ろう」
セラスが一番最初に口にした言葉だ。
だが、当然であるが、ナギサはこれが出来ない。
そもそも魔力が備わっている自覚などないのだ。異世界人である己に、そんな力があるはずもないと半ば諦めてすらいた。セラスの「絶対に魔力はあるから」という言葉には、不安しか覚えない。
感じ取れと言われても、熱い・痛い・痒いのように区別できるのだろうか。何かを感じ取れたとして、それが魔力だと直感できるのであろうか。
まるで雲をつかむような話だ。言われるがままに試行錯誤してみるが、時間だけが過ぎていくだけだ。
幾度試してみても“魔力”というものがつかめない。ならば、“コーマの技”で何がどうなるのかをもう少し知りたい。
そう思えば自然、口から言葉が零れていた。
「あのぉ、セラスさん。魔力というものもわからないんですけど……」
「けど?」
「そのぉ、自分自身にそれを纏わせて便利に使うっていうことも、それで何ができるのか今一つわからないのですが……」
「うーん、そぉね。何がわかりやすいかしら……」
まったく進歩がない生徒の質問に、セラスの表情は曇ることもなく、丁寧に言葉を選んで話してくれる。
「一番身近な例だと、ほら、洗い物。冷たい水や手荒れを防ぐため、手に魔力の手袋をまとわせるって言えばわかるかしら? あとは……騎士様なら、寒い季節に移動中に暖かい空気を纏ったり、戦闘時の身体強化ね」
「それは……夢みたいに便利ですね」
話を聞くだけでもファンタジーの世界だ。そんな力が備わっているのであれば、今すぐにでも使ってみたい。
「でしょ。でもね便利に使いこなすには訓練が必要で——」
セラスの説明によると、“コーマの技”は、魔力がいくらあっても訓練しなければ使えない。また、魔力量が少なければやれることも少なくなる。
持続力と威力、それは魔力量と技量に左右される。故に訓練することで魔力量の増加と技量のアップ、これを目指すのだという。
コーマは誰もが普通に使っているので、聡い子は幼い頃から使えたりする。だが、この聖国では初等科——七歳から通える小学校のようなもの——で必ず学ぶので、十歳になる前には誰もが使えるようになっているという。
「あの、少し違う話ですが、魔法とコーマは同じものですか?」
神官長が呪文らしきものを唱えていたことを急に思い出し、ついでとばかりに聞いてみた。
「学舎でちゃんと習うと思うけど。大まかな話でいうと、魔力と技量が必要、という点では同じかな。ただ、コーマはあくまでも自分自身が対象なの。例えばだけど、重いものを動かしたいとき、コーマでは自分が力持ちになったようなイメージで腕力や脚力を補うの。いわゆる身体強化ね」
説明する言葉とともに、セラスが目の前にある水差しをひょいと持ち上げた。
たっぷりと水が入ったそれは、両手で抱えないと持てない重さだ。
それを今、彼女は片手で、軽々と、上着を持ち上げるような動きだ。
「対して、魔法は自分以外も対象にできるの。もちろん自身にもできるけど、大抵それはコーマを使うわね。だから先の例であれば、魔法ならその重いものを浮遊させて移動させる、なんて方法があるわね」
「なるほどぉ……」
セラスのたとえ話に、頭に思い浮かべた光景は、昔読んだ物語の数々だ。それらを自分が行えるとは、これもまた夢のようではないか。
「そのためには、まずは魔力の把握とコーマ、だよ。ナギサちゃん。魔力を認識できない、操れない、ではまったく先に進めないの。それと、魔法をより使いたいならこの後のことを考えないとね。魔導士になりたいのか、治癒神官になりたいのか、騎士をめざすのか。それによって主に学ぶ魔法も違ってくるわ。
コーマは誰でも使っているけど、魔法はそれこそより多くの魔力量が必要よ。魔力量を増やすためにも、コーマの練習を頑張らないとね」
セラスの説明に自然頷いてしまった。
だが、この先のことを考えるのは今は難しい。《女神》の手伝いの件がはっきりしない限り、迂闊に動けない。《女神》はなんらかの意図をもって、ここにナギサを送り込んだはずだから。
「まだ……先のことは考えられないです。いろいろとよくしていただいてとても感謝してます。でも……身元がはっきりしないわたしをこの後どうするかは、わたしの希望よりも、上の方のご意思次第ではないでしょうか」
自由が利く身でもあるまいと、素直に自身の考えを口にしたのだが、それを聞いたセラスは、首を振りながら、困ったように微笑んだ。
「——ナギサちゃんって……ほんとに子供らしくないわよね。その年齢で、その物言い。自分の希望より、大人の都合を気にしてしまうなんて。でも大丈夫よ。あの本は神官長が用意してくれたの。本を貸してくれた時点で、学舎への編入を考えているはずだから。それに、『先のことはナギサ君の体調が良くなったら考えよう』って、仰っていたわよ」
——驚いた。あの気難しそうな神官長が、そんなことを考えてくれていたなんて。
疎まれている、少なくとも警戒はされていると、思っていた。




