1‐05‐2 ナギ
——はかどらない……
“コーマの技”も“魔法”も“イメージする力”だとセラスは言う。
戸惑っていると、身の内に魔力が巡っている状態をイメージしてみる、もしくは体の中央に魔力の塊が大きくなっていく感覚でもいい——セラスなりの言葉と感覚で、魔力を捉える為の案を出してくれるのだが。
その言葉に従って試してみるのだが、さっぱりだった。彼女の説明は、元世界で聞きかじった“気”を思い出させる。だからといって、向こうで“気”を使えたわけでもないので、この知識が役に立つわけでもない。
こんな感じで、物語のように初日から上手くいくわけがなかった。
「毎日昼食後に時間をとりましょう」というセラスのありがたい言葉で、特訓初日は締め括られた。
◇
“魔法”。それは空想と物語の中のもの——元世界ではそんな扱いの存在だった。
身近にあるわけでもなく、使いこなせる知り合いがいたわけでもない。
己も使えるはずであるという周囲からの期待と、使えるのなら使いたいという願い。
セラスの言葉にひたすら従って試行錯誤を続けているのだが、まったく進展する気配はなかった。
そんなある日。
「ん~、まいったなぁ……」
セラスがほとほと困ってしまったと言わんばかりに、腕を組んだ。
「——あまり褒められた方法ではないけど、ひとつ試してみようか」
セラスがぽそりと小さく呟いた。
見れば、組んだ腕は解かれ、拳を口元に軽く当てて眉をひそめていた。
「何か……良い方法があるのですか?」
この埒が明かない状態を脱することができるのであれば、是非とも試してみたい。
己も歯痒いが、恐らく教える立場のセラスのほうがもっと辛いはずだ。
「わたしからナギサちゃんに直接魔力を流してみるの。コーマの技の一つなのだけど、緊急用の技なんだけどね」
「魔力を流す……? 緊急時に?」
「そうね。本来は危険な目にあったとき、全力で暴漢相手に魔力を流して逃げる為の技なの。それを流用するの」
「……大丈夫、なんですか?」
——聞いているだけでも、痛そうというか危険な香りがするのだが。
「あっ、そこは安心して。ほんの少しだけ魔力を流すの。何が起きるかっていうとね——」
相手に魔力を流す。自身とは異なる魔力に体が拒否反応を起こす。それを利用してとっさに暴漢や魔物から逃れる手法だという。ただし、緊急時は全力で、大量の魔力をたたきつけるように流し込むのだが、今回はほんとに軽く流すだけにする、という。
「拒否反応を利用……」
なるほど、である。
何にせよ、この停滞を脱せられるのならやってみる価値はある。この世界で魔力を扱えないことは、これまでの話からも人生の詰みを示しそうだ。せっかく新たに始めた人生(途中からだけど)、最初の一歩から詰みたくない。
「どう……かな? ナギサちゃんの判断にまかせるけど」
セラスの言葉にコクリと頷くと、彼女はそっと己の手をとり、その青い瞳を静かに閉じた。
「じゃぁ、行くね」
セラスが深く静かに息を吐いた。
「!?」
何かわからない痛みが体を突き抜けた。
静電気が強く走った時の感覚に似ている。だが、体の中心にある何かがそれに激しく反応した。
むずむず、じれったい、もやもやする。
これ、この体の中でうごめいているものは何?
戸惑いつつも顔を上げると、セラスの青い瞳が心配そうに揺れていた。あまりにも無言でいたので、心配してくれているのだろう。
「あの……もう一度だけ、お願いしてもいいですか?」
——何か、今、掴めそうだった。もう一度、あのもやもやとする何かを確かめてみたい。
あれは何なのか。掴み取れば何かがわかるのではないか。
「ナギサちゃん、無理しなくてもいいのよ。今、すごく痛かったよね。
さっきも言ったけど他人の魔力って異質なの。だから体が抵抗するの。ほんの少しとはいえ、体に負担がかかっているはずだわ。何か掴めそうって感覚があるのなら、明日改めて試してもいいのよ」
焦らなくてもいい、無理をしなくてもいい、時間はたっぷりあるのだから。そうセラスは繰り返し告げてくれる。けれど、今何かが掴めそうなこの感覚を手放したくなかった。
「もう一度だけ、お願いします」
セラスの澄んだ空色の瞳を見つめ、深く頭をさげた。
「——仕方がないわね。言い出したのはわたしなんだから。今日はほんとに、あと一回だけよ」
セラスは小さく息を吐くと、己の手を再度とり、静かに目を伏せた。
自身もそっと目を伏せ、さっきのもやもやを身体の内に探してみる。確かにそれはあった。何かよくわからない、もやもやとしたもの。セラスの魔力を受けたことで、何か体の中で騒めいているものがある。やっと見つけた手掛かりを、魔力の塊だとイメージし、捉えなおしてみた。
——あぁ、なんだか少しわかる気がする。このもやっとした塊を引っ張って伸ばして……セラスと繋いだ手に薄く纏わせれば——
「行くよ!」
セラスの声が再び響く。
(んっ!)
その声に、体が反射的に竦んだ。さっきの痛みを想像してしまったせいだ。
だが……痛くない。
これは……上手くいったのか?
そっと目を開けると、大きく見開かれた空色の瞳が己をじっと見つめていた。
「セラスさん、何か少しわかった気がします! 今、痛くなかったんです。上手く言葉にできないけど、何か薄い膜のようなものを作れたんです!」
「そうよね! 今、魔力が弾かれたから、ひょっとして、って思ったの。よかったぁ~!」
言い終わらないうちに、突然セラスに強く抱きしめられた。
——えっと……待って。何が起こってるの?
突然のセラスの行動に体が固まってしまう。
誰かにこんな風に抱きしめられたのは、いつが最後だろう。記憶を探っても、そんなことをしてくる人が祖母以外にいただろうか……ああ、いけない。今はそんなことを考えている場合ではないのに。
ああ、だけど、こんな時どうすればいいのだろう。己の手の置き場所すら分からない。触れる場所から伝わるセラスの温もりや柔らかさ、そして胸の鼓動が、緊張を余計に煽る。
「ナギサちゃん」
耳元で囁かれるセラスの声が、微かに震えていた。
(泣いて……るの?)
——本当にどうしよう。泣いている人にどうすればいいんだろう。
困惑しながらも、セラスの背中に手を回すべきか悩む。だが、己のような人間が気安く触れていいのだろうか。結局、手のやり場に困ったまま、彼女の身体を軽く押し戻すように声を絞り出した。
「あ、あの……ありがとう……ございます。セラスさんのおかげです。……セラスさん、ひょっとして泣いてますか?」
セラスが涙ぐむ理由がわからず、素直にそれを言葉にすると、
「もう、ほんとうに、ナギサちゃんってば! 嬉しいからに決まっているでしょ。それと、もう“さん”付けはいらないわ。“セラス”って呼んで」
「んと……あ、はい! わたしも嬉しいですよ! あっ、でも、さん付けを無くすのは失礼じゃないでしょうか? 仮にもセラスさんは目上の方ですし」
「ほんと、あなた生真面目ねぇ。神官長がいるとか公の場でもない限り、大丈夫よ」
「では、わたしのこともナギって呼んでください。“ちゃん”付けは少し苦手なんです。それに……そのほうがわたしも特別扱いされている感じがなくて気楽です」
口にしながら、自分の顔が熱くなっていくのが分かる。
「ふふ、わかったわ。じゃあ、ナギ。よろしくね」
にっこりと微笑むセラスの目尻には、微かに涙の痕が光っていた。
「もっと自分の魔力を感じ取れて、それを扱えるように頑張ろうね! 今後の方針としては、確実に自分の魔力を感じられるようにして、それからその魔力を自分自身に纏わせる訓練をしようか。水を触っても冷たくない、重いものを簡単に持ち上げれるようにとか、ね!」
「! セラスさ……、あっ、セラス。それは気が早いです。まだ、一度成功しただけなんですよ」
「大丈夫よ。でも、今日はここまでね。上手くいったということは、魔力も消費しているし、慣れないことで体力も消耗しているはずだから。ナギの第一目的は、療養なんだからね!」
満面の笑顔でそう言い渡すと、セラスは軽い足取りで部屋を出て行った。
◇
セラスが去り、ナギサはベッドにストンと腰を落とした。
そして、座ったまま、その掌をじっと見つめた。
——嘘みたい……魔力、本当にあった、己の中に。
今さっき、セラスの魔力をはじいた手を見つめ、ぐーぱーを無意識に繰り返してしまう。
さっきの薄い膜のようなもの、あれが魔力を“コーマの技”として使ったということなのか。
魔法のような不思議な力。己にも何か力がある……
不思議な気分だ。元世界では『魔法を使ってみろ』と散々揶揄された。あの時、この力の一片でもあったなら……いや、これはそんなことに使うべきものではない。
それに、セラス。
“ナギ”って呼んでもらえた。いつも空想の世界でだけだった。“ナギ”って呼んでくれる友人がいるのは。
それが、今、目の前で呼んでもらえるなんて……むずむずと、こそばゆくもとても嬉しい。なんだか、セラスとほんの少し、特別な繋がりを持てたような気がした。
でも……もっと増えないかな、“ナギ”って呼んでくれる人。




