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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第一章】

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1‐04‐1 神官長


 


 窓の外は、どこまでも続く蒼い空と、のんびりと草をはむ白い毛並みの家畜の群れ。

 もう何度見たか分からない、見慣れた景色が広がっている。相変わらず窓には見えない障壁が張られ、顔や手を出すこともできない。

 借りた本はすべて読み終えてしまい、さて、どうしたものかと考えていると、まるでこの退屈を見計らったかのように、呼び出しを受けた。



 迎えに来た神殿騎士に「ご自身で歩けますか」と尋ねられた。

 何故そんなことを聞くのだろうと内心首を傾げつつ、小さく頷き「歩けます」と返した。だが、歩き出してみれば、すぐにその理由を悟った。

 随分と長く部屋から出ていない。眠るか、横になるか、本を読んでいるか、だ。

 気づかないうちに筋力が驚くほど衰えていたのだ。

 床を踏みしめる足元が、まるで他人のもののように覚束ない。素直に「歩けない」と言っておけばよかったと、今更ながらに後悔した。子供の歩幅を気遣ってくれているようだが、それでも騎士の歩みに、ついていくのが精一杯だった。




 息を切らしながらも辿り着いた先は、意匠を凝らした大きな扉がある部屋の前。そこには新たに神殿騎士が控えていた。騎士同士で何か言葉を交わしていたが、一緒にここまできた騎士に入室するよう促された。




 通された部屋は、今いる病室とはまるで違う空間だった。

 インクと紙の匂いが微かに漂い、何か、香が焚き染められているのだろうか。とても良い香りがする。

 部屋の調度品は華美ではないが品があり、落ち着いた色調で整えられている。大きな執務机が目の前に置かれ、その後ろには大きな窓。陽光が差し込むその窓から見える景色は、部屋から見える景色と異なる。部屋の右手には来客用なのか、所謂応接セットも置かれていた。


 そして目の前、執務机と己の間には、長身の男性が立っていた。

 薄茶色の短めの髪を後ろで縛り、細いフレームの銀縁眼鏡をかけた、元世界でいうところの“無表情系美形男性”だ。

 あまりにも整った顔立ち、均整の取れた体つき、厳粛な空気を纏った美丈夫である。


『部屋に入ったら、すぐに礼をとり、許可があるまで口を開かないように』


 直前に騎士から受けた忠告を思い出し、慌てて本で学んだばかりの“正しい礼”をとった。膝をつき、深々と頭を下げ、視線を床に落とす。




「ふむ、よく学んでいるようだな」


 ——何か話して欲しい。

 許可もなく顔を上げるわけにもいかない故、目の前の男性がどんな表情なのかはわからない。だが、無言の圧力、観察されているのを感じる。

 このような時、どのような言葉を口にし、どんな表情をすればいいのか、まったく思いつかない。

 元世界であれば、そもそも高位者と言っても学校の先生程度。

 だが今、目の前にいる男性はそんな身近な高位者ではなく、もっと別次元の威圧的な空気を纏っている。

 そんなことを考えていると、下げた頭の上から、男性の静かな声が響いた。


「療養中の身にその姿勢は不要だ。そちらに掛けなさい」


 そっと顔をあげてみると、小さな丸椅子が用意されている。見るからに子供用。随分と小さな椅子である。

 そろりと立ち上がり、指し示された丸椅子に腰を下ろした。だが、視線をどこに向ければよいのか分からない。

 素直に前を見れば、神官の衣服が目に入る。だからと言って、上を向き顔を見つめるのは不敬な気がする。そうなると、膝上に置かれた小さな握り拳を見つめるしかなかった。


 どうすればよいのかと悩んでいると、頭上から再び、男性の声が降ってきた。


「わたしはこの大神殿で神官長を務めるウォーリだ。確か、ナギサ……君だったな。クラーヴィア様から、これまでの経緯は聞いている。記憶がはっきりしないと聞いているが、何か思い出したことはあるかね?」


 好悪を感じさせない事務的な話し方だ。己としてはありがたいのだが、果たしてこの時点で何を言えばいいのだろう。

 そもそもが記憶喪失ではない。単に《女神》の手をとった後、何故ここにいるのか、そのいきさつがわからないだけだ。加えて、この世界のことがまったくわからないから戸惑っているのである。


「な、何も……何も思い出せなくて……申し訳ありません」


 ここは無難に記憶喪失を装うべきだろう。

 だが、下手にこの話題を続けられると、絶対にボロが出てしまう。うっかり元世界の単語や、習慣なりを口にしたら、なんと言い逃れすればよいのか、今の己には咄嗟に思いつかない。


 ここは話題を変えよう。

 今話題に出来ること——本、まずは本のお礼を言っておこう。


「——あの、本をありがとうございます。いろいろ学べて助かりました」


「そうか。あの本を楽しむことができたのであれば、それは結構。では、丁度良い。理解度を確認させてもらおうか」


 意外である。

 あまりにもあっさり、である。

 神官長といえば国の中枢——例の本に書かれていた。子供とはいえ身元不明の侵入者だ。

 その子供の言葉をすんなり受け取ってくれるとは。


 だが、とりあえず無事に話題は逸れてくれた。

 が、こちらは失敗。まさかの、内容の理解度チェックが始まってしまうとは……




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