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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第一章】

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12/337

1‐03‐1 ひとつの不安

 



 喉の奥が締め付けられるような、底知れない不安。

 つい先程までは、情報が手に入る喜びで頭が一杯だった。

 だが、神官が部屋を去り、一人冷静になると、まったく異なる感情が湧いてきた。


 万象の狭間からの転移以降、ずっと心の奥底でくすぶっていたそれは、目の前の本を前にして、さらに膨らんだ。

 神官から手渡された本は、ずしりと重かった。羊皮紙だろうか、ざらりとした手触りだ。丁寧に仕立てられた表紙には、タイトルらしき文字はなく、ただ、長い年月を感じさせる傷や修復跡が刻まれていた。


 いつも食事をする時に使う椅子に静かに座る。そして、やはりいつも食事が置かれる小さなテーブルに、本をそっと置いた。一度目を閉じ、深く息を吸い込んだ。


 ——言葉は、文字は、この世界でも通じるのだろうか。


 その懸念が、再び胸を強く圧迫する。


 静かに吐きだした息とともに、そっと瞼を上げ、本の表紙へと手を伸ばした。



『聖なる学び舎へようこそ。これから多くの叡智と出会い、その扉を開くあなたへ。本書はその一歩を記す、最初の道標である——』



(よかった……読める)


 小さな吐息が零れた。余程緊張していたようだ。


 異世界へ渡ることで、最大の不安。それは、この“容姿”と“言葉”の問題だった。

 元世界で読み耽った異世界物の物語では、都合よく話せるものがほとんどだった。だが、言葉が通じず難儀するようなものも当然あった。故に、己はどちらの世界に当てはまるのかと、不安を覚えていたのだ。


 この世界で目覚め、クラーヴィアが話しかけてきた時。

 あの時の己はあまりにも混乱していて、この問題にすら気づいていなかった。不自由なく彼女や、その後の神官達と会話できていた為、まったく違和感を持たないまま初日を終えていたのだ。翌朝、急にその事実に思い至り、慌てたぐらいだ。


 そして今も、特に意識することもなく文字が読めている。恐らく《女神》が言っていた『最大限の加護』の一つなのだろう。


 だが、その肝心の《女神》には、いつになったら会えるのか。

 『手伝ってほしい』と《女神》は言った。

 『次に会う時に』という言葉を、己は“《女神》の世界に渡れば、すぐに続きの話ができる流れになる”と勝手に期待していた。それだけに、今の展開はまったく想定していなかった。


 そもそも、なのだが。ここは、本当に“エイルタム”なのだろうか? この大前提の確信が欲しい。

 恐らく“そうであろう”というのは察せられる。言葉に不自由しないこと一つとっても、なんらかの不思議な力が働いていなければ、ありえない話だ。

 確信を持つためにも、やはり《女神》本人からの言葉で、安心させて欲しいのだ。


 こんなことを相談できる相手は、当然いない。かといって、勝手に動き回って《女神》を探すには全てが足りない。

 今己に出来ることは、足りない情報を補うこと。大人しくこの本をまずは読むことで、知識を得るしかないのである。




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