レインの勇者育成スパルタ指導?⑮
それから、ユウは一ヶ月間、代わり映えのしない、それでいて穏やかな日々を過ごした。
修行は辛いこともあるものの、レインとレイシェはそういう時には必ずご褒美を用意しているから、幸いそれは、刹那的な辛さであり、苦痛になることは無かった。
深夜、ノルティアナの城にて。
レインが慣れた様子でリウの執務室をノックし、返事を待たずに扉から顔を覗かせた。
中では既に紅茶を淹れたリウが待機しており、彼女は静かにレインに目を向けると、視線だけで座るように促す。
レインが座ると、リウは紅茶を一口飲んで、ゆっくりと息を吐き出した。
「定期報告ね。何か進展は?」
「実力は順調に付いてきてる。……ユウ自身は、相変わらず何も話してくれないけど。まぁ……さりげなく話題を振っても、やんわり探りを入れても話さないんだから、何かあるのは確実だろうねぇ。どうしても話を聞くなら、脅すか自白剤でも盛るしかないかも」
「……進展無し、と……そう素直に報告してくれてもいいのよ。怒ったりしないから」
「リウにとっては、ユウが強くなったのって結構な進展なのかなって思ってそうは言わなかっただけだよ。……ねぇ、リウ……そろそろ頃合いじゃない?」
レインは机に頬杖を突くと、少し嫌そうに言った。
それにリウは苦笑いすると、今三人が暮らしている屋敷の方を見る。
ユウが召喚されてから、早一ヶ月。
確かに彼は、目覚ましい成長を遂げているのだろう。
「……もう既に、私を前にして立っていられると?」
「楽しそうな顔しないで……まだ手加減は必要だよ。でも……そろそろ限界だと思う。魔法を騙すにはユウがリウのことを悪人だって信じてもらう必要があるけど……流石にもう、誤魔化すのも限界が近付いてるんだよ。洗脳教育なんかするわけにはいかなかったし」
「ああ……そういうこと。まぁ……確かに、そう長くは持たないとは思っていたわ。一ヶ月……ふむ、予想よりは持ったわね。褒めてあげましょう、よくやったわね」
リウは頬を緩めて褒めると、レインがでれでれと表情を崩して笑った。
あまりにも嬉しそうなレインにリウは微妙な表情になりつつ、咳払いをする。
「コホン……話の続きをしましょう。手加減をすれば、あの子は私の前でも立っていられて……少なくとも、戦うことはできるのね?」
「うん。実力じゃ到底リウに及ぶはずもないけど……万が一にも、勝てないだろうけど。ユウ自身が勝てると信じられるくらいには、実力は付いたよ。ユウができるって信じられさえすれば、リウが演技してくれるんでしょ?」
「ええ、それは任せて。ええと……だったら、そうね。こっちももう少し……準備を進めて良さそうね。空間を作って……上手く誘導して、私が悪人だって信じてもらわないと……」
怪我をしないような罠を、などなどと呟くリウをレインはぼんやりと眺める。
そして、ぐでりと机の上に潰れながら何気なく言った。
「そもそも、そんなの必要かな。ユウは何も言わないけど、絶対帰りたくなんか……」
「レイン」
静かな呼び掛けに、レインはパッと顔を上げた。
綺麗な顔に、綺麗な瞳――その瞳は真剣そのもので、静かで凪いでいて、レインは思わず見惚れてしまう。
リウはそんなレインを意に介す様子も無く、変わらず静かな声で言う。
「あの子が元の世界に帰るための切符を手に入れられるのは、今だけなの。それは、一度手に入れればいつだって使うことができるけれど、手に入れるチャンスは一度だけ……失えば、二度目は無い。……あなたが、自分で言ったんでしょう? もうそろそろ、限界が近いと」
「……今の僕は、魔法の解析はできないんだけど……もしかして、一度でもリウが善人だって知られたら……ダメなの?」
「……はぁ……記憶の抹消は、確かに不可能ではないわ。でも……ヴェルジアに止められちゃったの。他の世界の人間の記憶を弄るのはやめろって。特にあの子は、魔法が無い世界から来ているから……内側に私みたいな強い人に魔法を掛けられたら、戻れなくなる可能性があるらしいの。ヴェルジアは私よりこういうのに詳しいから……破るわけにはいかないでしょう?」
この点において、ヴェルジアの知識はリウの有するそれよりもずっと多い。
リウはほとんど全てのことを知ることができるが、異世界のことに関してはヴェルジアによって規制されているし、ヴェルジアが嫌がるのである程度自重してもいる。
故に、異世界のことに限っては、リウはちゃんとヴェルジアの言うことを聞こうと思っているのだ。
思っているだけなので、守るかどうかは場合によるが。
「……じゃあ、つまり。とりあえず切符だけ確保しておいて、それからそれを使うかどうか考えよう、ってことだよね? 手に入れてから、ゆっくり考えればいいって」
「ええ、そういうこと。……切符そのものの有効期限が存在しなくても、あの子側が完全にこちら側に適応してしまえば、切符は使えなくなってしまうけれどね。今の環境なら一年くらいは大丈夫のはずだけれど」
「それだけあれば十分でしょ。危なくなれば、流石に事情吐かせるし……コホン。それで? 次は、僕は何をすればいいの?」
「これまで通り、修行を付けておいて。こっち側で色々調整するから、それが終わったら連絡を寄越すわね。魔法で会話したら、バレる?」
「会話してることはわかるけど、内容は聞かれないよ」
さらりと迷いなく答えられて、リウは若干引いた眼差しでレインを見た。
だが、聞いたのもユウの面倒を見させているのもリウなので、何も言わずに話を続ける。
「そう……私という魔王さえ悪人の認識でいられればいいわけだし、国王から連絡が……とかで誤魔化してくれればいいわ。名目も、聞かれたら適当に言い包めて」
「ん、了解。他に聞いておきたいことある?」
「……えっと、じゃあ……あの子はどの程度まで耐えられるのかしら。例えば……魔法の矢とか。こんな感じ」
リウが魔法でできた矢を出してみせると、レインは数秒ほど観察をした。
そして、少し考える素振りを見せる。
「…………才能はあるから、もう少し強めでも……うん、そのくらい。ある程度連射しても捌けるよ。掠り傷くらいは付くかもしれないけど」
「なんというか……私が言えたことではないのでしょうけれど、あなたの観察力も恐ろしいわね。確信があって断言しているのでしょう?」
「うん。わかってなきゃ、リウに対してこんな自信満々に言わないよ」
「……でしょうね……はぁ、どうやってそんな観察力を手に入れたのか……想像するだけで寒気がするわね」
リウはそう言うと、頭を振って半ば無理矢理レインを屋敷に帰らせた。




