進展編ー2
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ガルディアン第3支部管轄内ー廃都市アイエラメント。
ガルディアン第3支部管轄内の海底に存在する異空間の狭間から1体の侵略者が出現した。
異空間の狭間から出現した侵略者は、己の習性に従い、ガルディアン第3支部基地が管轄する武装搭載型防護壁を目指し、移動を開始した。
今回、出現した侵略者にガルディアンが与えたコードネームは『エロジオ』。
カメレオンとワニが融合したような容姿を持つ4足歩行の侵略者だ。
エロジオを討伐するため、ガルディアン第3支部基地は、ポストルとシレディアの2人を出撃させた。
出撃命令を受けたシレディアとポストルは、それぞれ自分のエグゼキュシオンに乗り込み、専用の大型輸送機にエグゼキュシオンと共に収容され、エロジオの予測進路である廃都市アイエラメントまで運ばれた。
廃都市アイエラメントも侵略者に破壊と捕食を繰り返された挙句、滅んでしまった大都市の1つだ。
他の滅んだ都市同様、かつて人々が行き交い、生活していた面影は一切なく、殺伐とした風景を覆うようにまるでジャングルのような草木が生い茂り、野生動物が生き生き生活する大自然が形成されている。
都市の有名なシンボルだった高層タワーは、真っ二つにへし折れ、それを覆い隠すように大量の植物が覆う。
辺りには侵略者の白骨化した亡骸や大破したエグゼキュシオンの残骸などが転がり、それにも草木が生い茂っている。
「目標を確認」
廃墟の高層ビルを背に身を隠すシレディアの黒いエグゼキュシオンの頭部が覗き込み、紫色に輝くツインカメラが周りの風景と共に討伐対象のエロジオを捉え、コックピットモニターに投影する。
一方、ポストルは何処か不安な表情を浮かべ、シレディアが操縦する黒いエグゼキュシオンの背中をコックピットモニター越しに見つめる。
ポストルが侵略者との初陣を終えた日の夜、中庭でシレディアと初めて会話を交わして以来、ポストルは彼女のことが気になって仕方がない。
シレディアへの好意という意味合いだけでなく、彼女が自分の存在意義を戦うためだけと肯定し、孤独に戦う姿が悲しく思えてならないのだ。
今日に至るまでポストルは、何度かシレディアと会話しようと試みたが、彼女は素っ気ない態度を返すばかりであり、会話することは叶わなかった。
シレディアとしては、人工適合者という理由だけで、周りの人から非道な扱いを受けた経験から善意で接してくれた相手だとしてもそう簡単に心を開くことができない。
「ポストル新兵は後方支援」
「……」
自分の命令に対し、応答がないポストルに疑問を抱いたシレディアは、再度エグゼキュシオンの通信回線を使い、ポストルに呼びかける。
「聞こえてるポストル新兵?」
「えっ?!あ、は、はい!聞こえてます!」
シレディアからの呼びかけで我に返ったポストルは、慌てて通信回線で返事を返した。
「作戦中にぼっとしないで。命取りになる」
シレディアの声色は、普段と変わらないものの心なしか少しばかり怒りが混じっているように聞こえる。
並みの兵士より、侵略者との戦闘経験が豊富なシレディアは、少しの油断が命取りになると十分に理解しているからだ。
また、自分と一緒に出撃し、そこで無駄死にされた挙句、周囲から理不尽にその責任を押し付けられたくないというのもある。
理由がどうであれシレディアの言っていることは、何も間違っておらず、注意を受けたポストルの胸に重く突き刺さる。
「す、すみません」
シレディアに注意され、謝罪しかできないポストルは、コックピット内で暗い表情を浮かべた。
「わたしが先行してあいつと戦うからポストル新兵は後方で射撃」
「お、俺も一緒に」
「あなたがいたら足手まといになる」
「っ!?」
シレディアに痛いところを突かれ、返す言葉が出ないポストルは、唇を噛み締め、彼女の指示に従い、後方に下がる。
まだ2人の存在に気づいていないエロジオは、何度か辺りを見渡して周囲の安全を確認し、危険を察知出来なかったエロジオは、口内から不気味な長い舌を伸ばす。
すると、素早く舌で瓦礫を絡め取り、そのまま自身の口へ運び、白く生え揃った頑丈な牙で瓦礫を細かく噛み砕く。
まるでカメレオンが獲物を捕食するかのように素早い舌捌きを披露し、細かく噛み砕いた瓦礫を美味そうに喉を鳴らしながら胃袋に流し込む。
「いくよ」
シレディアの言葉を合図を受けたポストルは、自身のエグゼキュシオンを動かし、食事を堪能するエロジオにバレットアサルトライフルで奇襲を仕掛ける。
横から食事を邪魔されたエロジオは、蛇にも似た眼球でポストルのエグゼキュシオンを捉え、雄叫びにも似た鳴き声を轟かせる。
バレットアサルトライフルの弾丸を全身に浴び、皮膚を貫かれ、出血しているにも関わらず、4脚で地面を這うように移動し、ポストルのエグゼキュシオンに接近していく。
「こ、こいつ!?」
初陣の時と同様、コントロールグリップに備わった引き金を引くのに夢中のポストルは、エグゼキュシオンを棒立ちさせたままバレットアサルトライフルを連射する。
「させない」
素早くポストルのエグゼキュシオンとエロジオの間に入り込んだ黒いエグゼキュシオンの右足が、エロジオの胴体を横から蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされたエロジオは、草木が覆う廃墟の高層ビルに激突し、その衝撃で崩れた建物の瓦礫がエロジオに降り注ぐ。
砂埃と瓦礫を払いながら起き上がったエロジオにシレディアの黒いエグゼキュシオンが覆い被さり、マニピュレーターで頭部を押さえ込もうとする。
しかし、エロジオは、外見からは想像できない力で激しく抵抗し、黒いエグゼキュシオンを強引に振り払う。
「っ!?」
一般機よりも機体の出力が上がっているのにも関わらず、力負けしたことにシレディアは目を見開いて驚く。
シレディアが驚いているのも束の間、エロジオが口を広げ、目にも止まらぬ速さで不気味な長い舌を伸ばす。
機体の体勢が崩れ、回避が間に合わない黒いエグゼキュシオンに舌が巻き付き、動きを封じられてしまう。
舌で拘束されたシレディアの黒いエグゼキュシオンは、何度も建物や地面に叩きつけられ、その度に衝撃による痛みが、コックピット座席に座るシレディアを襲った。
「シレディア!」
ポストルは、なりふり構わずコントロールグリップを押し込み、自身のエグゼキュシオンを前進させ、シレディアの救助へ向かう。
それに気づいたエロジオは、胴体を回転させ、細長い尻尾で救助に来たポストルのエグゼキュシオンを薙ぎ払う。
「ぐはぁ!」
薙ぎ払われた衝撃による痛みがポストルの全身を駆け巡り、痛みを堪えるように唇を力強く噛み締める。
尻尾で薙ぎ払われたエグゼキュシオンの脇腹部分を覆う白い装甲に凹みが生じ、倒れた衝撃で舞い上がった砂埃により、白い機体全体が汚れてしまう。
「く、くそ!」
ポストルは、シレディアを助けたい一心で自身のエグゼキュシオンを起き上がらせる。
あまりに無謀で無茶なポストルの行動をコックピットモニター越しに見たシレディアは、通信回線でポストルに退避を促す。
「わ、わたしのことはいいから逃げて」
「いい訳ないだろ!」
シレディアに力強く反論したポストルは、コントロールグリップにあるボタンを押し、機体の両腕部に収納されている標準武装『超高周波ブレード』を展開する。
刃を展開して再びエロジオへ立ち向かうが、またしてもエロジオの攻撃を回避できず、背中から廃墟のビルに激突し、反動で倒壊した瓦礫の上に倒れ込む。
「ぐはぁ!」
再び衝撃による強烈な痛みに襲われてもポストルは、しっかりコントロールグリップを握り、決して挫けることなく、シレディアを助けるため、自身のエグゼキュシオンを再び立ち上がらせる。
「お、俺がシレディアを助けてみせる!」
砂埃と傷で汚れた白い装甲を纏うエグゼキュシオンが立ち上がり、まるでポストルの強い決意に呼応するように黄緑色のツインアイカメラが光り輝く。
己の身を削って自分を救おうとしてくれるポストルの懸命な姿にシレディアは、驚きから目を丸くして見入る。
「俺のシレディアを離せ!」
まるで恋人が言うような台詞を無意識に発したポストルは、自身のエグゼキュシオンを走らせる。
何度も向かって来ても同じだと言わんばかりにエロジオは、舌でシレディアの黒いエグゼキュシオンを拘束しつつ尻尾でポストル機を薙ぎ払おうとする。
しかし、エロジオの攻撃をようやく見切ったポストルは、コントロールグリップを手前に素早く引き、寸前でエロジオの攻撃を回避することに成功した。
そのまま攻撃可能な距離まで接近したポストルは、コントロールグリップで自身のエグゼキュシオンの左腕を動かし、超高周波ブレードでシレディア機を捕らえていたエロジオの舌を切断した。
切断面から大量の青黒い血液が噴き出し、ポストルのエグゼキュシオンとシレディアの黒いエグゼキュシオンに降り注ぎ、2機の装甲を汚す。
弱々しい鳴き声を上げ、その場から逃げるように後退りするエロジオを逃すまいと黒いエグゼキュシオンの右手がエロジオの首を締め付ける。
「逃がさない」
必死に逃げようとするエロジオにトドメを刺すため、黒いエグゼキュシオンの左手が、右腰に装備しているエグゼツインブレードを掴み取り、その刃をエロジオの下顎に突き刺す。
鋭い刃が貫通し、顎から大脳にかけて貫かれたエロジオは、息絶える魚のように何度か痙攣して力尽きた。
相手が絶命したことを確認したシレディアは、黒いエグゼキュシオンの両腕を動かし、亡骸と化したエロジオから刃を引き抜いた後、エロジオの首から手を放す。
「討伐完了」
一息ついた瞬間、ポストルの酷く慌てた声が、通信回線を通してシレディア機のコックピット内に響き渡り、それに驚いたシレディアの体が、反射的に反応した。
「大丈夫ですかシレディア特尉!?」
「う、うん」
思わず反射的に驚いてしまったことに恥ずかしくなりながらシレディアは、通信回線を通してポストルに返事を返す。
「怪我はありませんか!?」
「だ、大丈夫だから大声出さないで」
必死に自分のことを心配してくれるポストルに対し、シレディアは、何故か不思議と安心感のようなものを抱いた。
普段は冷静沈着なシレディアだが、生まれて初めて異性に抱いた感情に動揺を隠し切れない。
ガルディアン第3支部基地に所属するまで常に危険な最前線で戦わされ、シレディアが危機に陥っても手を差し伸べる者はいなかった。
しかし、ポストルは、シレディアを見捨てることなく、自身の身を削り、彼女を助けるために行動した。
それに合わせ、告白とも捉えられるポストルの無意識な発言が、シレディアの冷めた心を少しばかり動かしたのかもしれない。
肝心のポストル本人は、シレディアの救出に無我夢中でそんな発言をしたことなど覚えていない。