進展編ー1
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ガルディアン第3支部基地内ー第1格納庫。
複数人の整備兵が第1格納庫内を行き来する中、シレディアは、隅に置かれた空コンテナの上に座り、無機質な表情で意味もなく自身の機体を見上げている。
人工適合者……いや、シレディア専用に開発された黒いエグゼキュシオンが、直立状態で専用のアームに固定され、出撃の時を待っている。
シレディア専用機は、シレディアの戦闘データや能力を元に彼女の戦闘スタイルに合わせ、近接戦に主眼を置いて新規開発された機体だ。
従来機よりも人間に近い可動域と柔軟性、高い機動力を持つ反面、必然的に機体の基本フレームが、従来機よりも複雑化してしまった。
複雑化した基本フレームを覆う装甲は、なるべく耐久力を下げず、軽量化した新規開発の装甲を採用し、機体のメインカラーは、シレディアのパイロットスーツに合わせ、黒一色のカラーリングが施された。
頭部に搭載されたツインアイカメラは、紫色ということもあり、華奢な女の子が操るエグゼキュシオンにしては全体的に禍々しい見た目の機体に仕上がった。
両腰には専用の近距離武装である2本の片手剣『エグゼツインブレード』が装備されており、黒一色の機体に似合わない白い2本の刃が存在感を放つ。
「シレディアー!」
陽気な声で自分の名前を呼ばれたシレディアは、機体から視線を逸らし、声がした方向に顔を向ける。
そこには2つの紙パックを両手に持ち、シレディアに駆け寄って来る茶髪でポニーテールの少女がいた。
寡黙なシレディアとは対照的に雰囲気から天真爛漫な印象を抱かせる少女の名前はユノ・セレブリテ。
シレディアとお揃いの黒いパイロットスーツが、ぴっちりとユノの全身を包み込み、彼女の大人びた美しいスタイルを際立たせている。
「栄養ドリンク持ってきたよ」
ユノは、微笑みながら右手に持っていた栄養ドリンクを目の前にいるシレディアに手渡す。
「ありがとう」
栄養バランスを考えて作られたドリンクをユノから受け取ったシレディアは、優しい微笑みを浮かべながらお礼を言った。
そして、シレディアは、栄養ドリンクが入った紙パックに付属しているストローを取り外し、それを紙パックに突き刺し、ストローを咥えて中身を飲み始める。
「毎回思うんだけどさ。シレディアってよくこの不味い栄養ドリンクを平気な顔で飲めるよね」
柔らかい唇でストローを加え、紙パックに入った栄養ドリンクを無表情で飲むシレディアを見たユノは、少し引き気味な口調でそう言った。
「うん、平気」
ユノの言う通り、シレディアが今飲んでいる栄養ドリンクは、体には良いが、不味い飲み物として評判だ。
誰しもが一口飲んだ途端、表情を歪めてしまうであろう味にも関わらず、シレディアは表情を一切変えず、平気な顔で飲む。
「ところでいつもの特訓はもう終わったの?」
「うん、ユノはこれから仕事?」
「そう!機体のシステムチェックしないといけなくて」
ユノは、シレディア機の隣でアームに固定されている自身の機体を見上げる。
見た目やカラーリングは、シレディア専用のエグゼキュシオンと同一だが、ユノのエグゼキュシオンは、シレディア専用に開発されたエグゼキュシオンのプロトタイプ機に該当する。
シレディア専用のエグゼキュシオン完成後、保管庫の中で眠っていたプロトタイプ機を偶然ユノが発見し、ユノの猛烈な申し出により、彼女のエグゼキュシオンとしてガルディアンが承認した。
プロトタイプ機であるため、完成形であるシレディア機に比べ、機体性能は若干劣るとは言え、人工適合者専用に開発された機体であり、人工適合者以外には扱えない高性能な機体だ。
何故なら、人工適合者専用に開発及び調整が施されたエグゼ・リアクターの高出力にパイロットの体が耐え切れないからだ。
例え、一般人よりも強靭な肉体を持つ人が、人工適合者専用機を操縦しても数十秒で体に異常が現れ始めるだろう。
そんな機体を人工適合者ではないユノが、シレディアのように操縦できるのには理由がある。
ユノは、物心ついた頃から両親がいない孤児であり、ガルディアンの孤児施設で育てられた。
その頃のガルディアンは、戦力の補強と題して人工適合者の生産と並行し、孤児たちに侵略者の血を体へ大量に注射し、無理な肉体強化を施していた。
肉体強化にはリスクが伴い、侵略者の血を体内に注射した際、体が拒絶反応を引き起こす危険性が非常に高い。
拒絶反応が出なかったとしても注射する前と何も肉体に変化が起きない場合もあり、確率的に成功率は約50%、拒絶反応が出る確率は約30%、何も起きない確率は約20%である。
大半の孤児は、自分の意思とは無関係にガルディアンから肉体強化を施され、成功した孤児は、幼くして実戦投入され、失敗した孤児は、外部に追放または処分していた。
危険かつギャンブルな処置だが、ユノは、生き抜くには侵略者と戦うしかなく、ガルディアンから見捨てられないような強さが必要だと悟り、自らの意思で肉体強化を申し出た。
こうして侵略者の血を体内に注射されたユノは、幸運にも肉体強化に成功し、人工適合者に近い肉体と力を手にした。
ユノのように肉体強化に成功し、人工適合者に近い強靭な肉体を手にした者は、一般的に『疑似人工適合者』と呼ばれている。
しかし、人工適合者に近い肉体と力を持つ疑似人工適合者だが、人工適合者と違って欠点が存在する。
それは最高で1時間程度しかエグゼキュシオンを操縦できないという点だ。
原因として、無理な肉体強化による代償ではないかとされているが、具体的な原因は今のところ判明していない。
因みに疑似人工適合者だけに限らず、一般のパイロットや人工適合者にもエグゼキュシオンの操縦に制限時間が存在する。
エグゼキュシオンの操縦可能時間は、平均的に人工適合者が約4時間、疑似人工適合者と一般兵が約1時間程度である。
もしパイロットが肉体の限界を超え、エグゼキュシオンを操縦した場合、体に異常が出始め、最悪な場合だと重度の後遺症が残ったり、死に至る危険がある。
現在、肉体強化は人工適合者と同じく、非人道的な扱いが深刻化したことから国際法で禁止されている。
「わたしも手伝う?」
「ううん、すぐ終わるから大丈夫だよ」
シレディアとユノは、人工適合者と疑似人工適合者という互いに似た境遇にあるからこそ通じ合い、彼女たちは唯一無二の友人になった。
特にユノは、ある出来事を機にシレディアに対し、友情以上の思慕的な感情を抱いている。
シレディアとユノは、共通して人工適合者や疑似人工適合者に対する悲惨な扱いを何度も目撃し、実際に理不尽な扱いを受けた経験がある。
誰よりも危険な最前線で戦い、自身の身を危険に晒し、周囲の人を助けても当然のように誰からも感謝されない。
当時、人工適合者や疑似人工適合者は、最前線で戦い、自分の命を犠牲にし、人々を守るのが当然という歪んだ思考が蔓延したからだ。
現在は昔よりその風潮も改善され、人工適合者や疑似人工適合者の人権は保障されている。
しかし、昔の名残から今でも人工適合者や疑似人工適合者に差別意識を持つ人々が少なからずおり、人工適合者や疑似人工適合者が被害に遭っている。
だから多くの人工適合者や疑似人工適合者は、簡単に他者を信じることができず、心を開くことができない。
「私の仕事終わったら一緒にご飯行こうよ!」
「うん、ユノの仕事が終わるまでここにいる」
「部屋に戻ってゆっくりしてても良いのに」
「わたしのことは気にしないで」
普段、滅多に表情を変えないシレディアだが、心を許しているユノの前では表情を緩ませ、ユノの瞳を見つめる。
そんなシレディアを目の当たりにしたユノは、まるで推しを前にした熱狂的なファンのように鼓動が急激に高まり、胸から込み上げる感情を必死に抑え込む。
頭の中は、シレディアに関する妄想で埋め尽くされ、栄養ドリンクの不味さも感じない程、自分の世界に入り込んでしまった。
そんなことを知る由もないシレディアは、目の前で妄想に浸り、赤く染まった自分の頬を両手で押さえ、体を左右に動かすユノを不思議そうに見つめるのであった。