初陣ー4
4
ガルディアン第3支部基地内ー中庭。
異空間の狭間から出現した侵略者、オスを討伐してから3時間程が経過していた。
先の戦闘が嘘のように静かな夜を迎え、月明かりと辺りの街灯が人類の狭く限られた領土を照らす。
オスと共に出現した2体の侵略者も他のガルディアン支部から出撃したエグゼキュシオンが討伐した。
しかし、その戦闘で2人の若きパイロットが命を落としてしまった。
2人ともポストルたちと同じく訓練兵を卒業したばかりの新兵だった。
初陣であるにも関わらず、侵略者に勇敢に立ち向かうもコックピットを破壊されて戦死。
「俺と同じ新兵のパイロットが」
基地に帰還したポストルの耳にその情報が入り、改めて侵略者の脅威を実感する。
亡くなった2人とは同期ではだが、顔を合わせたこともなければ名前も知らない。
とは言え、思いを同じくする同期の仲間が亡くなったと思うとポストルの胸が締め付けられる。
「1歩間違えれば俺だって」
もしシレディアが助けてくれなければオスにコックピットを噛み砕かれ、死んでいたかもしれない。
「あの化け物に立ち向かえただけでも立派だよ」
月明かりに照らされ、神秘的な存在感を放つ桜の木を前にポストルは、近くの木製ベンチに座って表情に影を落とす。
「俺は恐怖に負けて何もできなかった」
初陣で何も戦果を出せなかった悔しさと情けなさから唇を噛み締める。
同じく初陣だったサラリエは、侵略者に恐怖しながらも冷静さを保ち、上手く立ち回っていた。
しかし、ポストルは、己の感情に支配され、適切に立ち回れなかった。
「初陣だったなんて言い訳できない」
不甲斐ない初陣に嫌気が差し、夜風を浴びて気分転換しようと中庭に来た。
残念ながら寧ろ逆効果で先の戦闘が何度も脳内再生され、余計に気分が沈み、行き場のない苛立ちが募る。
「くそ……!」
エグゼキュシオンのパイロットになれば自らの手で侵略者を討伐できると思っていた。
だが、現実はポストルが考えるように簡単でもなければ甘くもない。
確かに上手く戦えなかったのには仕方ない部分もある。
オスとの戦闘がポストルにとって初陣だったこと。
そして、生の侵略者を数十年ぶりに目の当たりにし、患っている精神病の症状が出てしまったことが挙げられる。
これらのことから上手く戦えなくても仕方なかったと言える。
しかし、今のポストルにとってその慰めは逆に彼を追い詰めるだけだろう。
「サラリエは上手く立ち回っていたのに俺は……」
サラリエの方がポストルよりも早い時期から兵士としての教育を受けさせられていた。
だからと言って異性に先を越されたと思うと余計に自分が情けない。
訓練兵の時もパイロットとしての成績は最下位であり、サラリエやタージュに1回も勝ったことがない。
その反面、学力が優秀だったため、総合的に見て何とかエグゼキュシオンのパイロットに合格できた。
「こんなことじゃ人類を守れない」
エグゼキュシオンのパイロットになっても尚、訓練兵時代と変わらない自分に落胆しかない。
気分が最底辺まで沈む自分に何者かが近づいてくる気配を感じ取ったポストル。
心境を悟られないように素早く姿勢を正し、気配がした方へ顔を向けた。
「し、シレディア特尉!?」
そこには黒髪の少女、シレディア・テナプロメッサがいた。
相変わらず黒いダイレクトスーツで全身を包み込んでいる。
彼女は、木製ベンチに座るポストルを見るなり、冷たい視線で彼を見下ろす。
「あなたも桜を見に来たの?」
「い、いえ、俺はただ考え事を」
「考え事?」
シレディアは、自室で寝る前に大好きな桜を観賞しようと中庭をこうして訪れた。
そうしてポストルを目撃し、珍しい先客に興味を持ったのだ。
「えっとその……」
シレディアの問いにどう答えたらいいか分からないポストルは、彼女から視線を逸らして俯く。
先の戦闘で侵略者に恐怖し、何もできなかったことが悔しく、落ち込んでいたなどと情けなくて言えない。
相手が上官とは言え、異性に自分の弱いところをあまり見せたくないのだ。
「し、シレディア特尉は怖くなったりしないんですか?」
話を逸らすように質問を質問で返し、本心を隠したポストルは、内心で罪悪感のようなものを抱く。
「怖い?」
質問の意図が分からないシレディアは、不思議そうに首を傾げ、彼に言葉を返した。
「侵略者と戦うのが」
それを聞いて意味を理解したシレディアは、感情が読み取れない無機質な表情のまま答える。
「あなたも知ってると思うけどわたしは侵略者と戦うためだけに生み出されたから怖いとかない」
「戦うためだけに生み出されたなんてそんなこと」
「それが事実。侵略者と戦わないとわたしに存在価値はない」
ポストルの否定を遮ったシレディアは、表情は変わらないものの心なしか影を落としていた。
シレディアが自身を戦うためだけの存在と肯定してしまっている原因。
それは人工適合者という理由で周囲から差別された過去とガルディアン上層部にそう思い込まされたからだ。
シレディアたち人工適合者は、誕生してから程なくして、ガルディアン上層部の管理下に置かれる。
そこで兵士としての過酷な教育と訓練を強制的に受けさせられる。
人工適合者に人間らしい感情が芽生えるのを防ぎ、自分たちの命令に従うだけの兵器に仕上げるためだ。
昔のガルディアン上層部は、人工適合者を使い捨ての駒としてしか見ていなかった。
今でもガルディアン上層部の人間は、人工適合者をそのように見ている節がある。
純粋培養でいくらでも生産可能だからという理屈で、人工適合者の人権を無視していた頃の思想が抜け切れていないのだろう。
その歪んだ思考は、自然と周囲にも伝染し、やがて人工適合者は誰からも人として扱われなくなった。
過酷な環境下でも自分を殺し、侵略者と戦い続けなければ人工適合者に居場所はない。
使い物にならないと判断されれば即処分されるか欲望の吐口として何日か生かされるかのどちらか。
どちらにせよ最後に待っているのは死だ。
人工適合者の処分は、残酷極まりないものであった。
人間が行き場を失った犬猫を殺処分するように人工適合者を狭いガス室に詰め込み、猛毒ガスを室内に流し込んで殺していた。
現在はそのようなことはないが、罪なき命を非道に奪ってきたガルディアンの行いは許されない。
「それじゃ」
ポストルへの興味を失ったシレディアは、無愛想な態度で背を向け、基地内へ戻ろうとする。
そんな彼女を見たポストルは、咄嗟に木製ベンチから立ち上がり、シレディアを呼び止める。
「シレディア特尉!」
呼び止められたシレディアは、その場で立ち止まり、背を向けたまま彼からの言葉を待つ。
「先程の戦闘では助けて頂きありがとうございました!」
ポストルは、礼儀正しく背筋を伸ばし、丁寧にお辞儀をして先の戦闘のお礼を口にした。
対してシレディアは、彼からの感謝が気に入らないのか振り返らず、無愛想に言葉を返す。
「そういうのいらない」
シレディアは、ポストルを助けるためでもなければ誰かのために侵略者を討伐した訳でもない。
上からの命令に従って対処したにしか過ぎず、お礼を言われるようなことはしていないとシレディアは考えている。
「で、でも俺が助かったのはシレディア特尉のお陰で……っ!?」
ポストルの言葉を聞かず、シレディアは、彼に背中を向けたまま歩き出し、基地内の闇に溶け込んでいく。
彼女の背中を黙って見送ることしかできなかったポストルは、知らずのうち自分が抱いていた悩みを忘れ、シレディアのことだけを考えていた。
「きっと俺が想像しているよりもシレディア特尉は辛い思いをしてきたからあんな悲しいことを」
シレディアが過酷な環境を強いられ続け、嫌でも今日まで侵略者と戦ってきたのだろうと想像する。
もちろんシレディア本人から過去の生い立ちを直接聞いた訳ではない。
「人工適合者だからってだけで酷い目に遭ったに違いない」
人工適合者が理不尽に差別や非人道的な扱いを受け続けてきたことをポストルは知っている。
実際、訓練兵時代に影で人工適合者に対する差別的な発言をしていた者を何度か目撃している。
今だってシレディアをまるで異物でも見るかのように横目で見たり、彼女に聞こえない声量で何やら陰口を言っている者も目にする。
時代の流れが変わっても完全には人工適合者に対する偏見が消えていない証拠だ。
もしかすると人間に知性がある限り、永遠に消えないのかもしれない。
だからシレディアが簡単に心を開かず、周囲と関わり合いを意図的に避けているのだろうとポストルには分かる。
しかし、そんな彼にも1つだけ納得も理解もできないことがある。
「戦うためだけに生まれたなんてそんなこと絶対ない」
ポストルは、シレディアの発言を思い返しながら夜空を見上げた。
シレディアの生まれがどうであれポストルには、彼女が自身を人間ではなく、『兵器』と肯定しているのが悲しく思えてならない。
「人工適合者は俺たちと同じく生きるために生まれてきた人間だ」
ポストルは、シレディアを含めた人工適合者に対し、一切の偏見や差別意識を持っていない。
自分と同じ人間として人工適合者を見ているのだ。




