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初陣編ー4


4


ガルディアン第3支部基地内ー中庭。


オスの討伐を終えてから数時間が経過し、日が沈み、先の戦闘が嘘のように静かな夜を迎えた。


錆びついた外灯が照らす中庭でポストルは、1人で木製ベンチに座り、悔しさから拳を握り締めていた。


彼が悔しがっている理由は、初陣で何も成果を得られなかったからだ。


同じく初陣だったサラリエは、侵略者アントリューズに恐怖しながらも冷静さを保ち、上手く立ち回っていた一方、ポストルは、己の感情に支配され、適切に立ち回ることができなかった。


そんな不甲斐ない自分に嫌気が差し、夜風でも浴びて気分転換しようとしたが、その考えに反して全く効果がない。


寧ろ逆効果で先の戦闘が何度も脳内に浮かび上がり、余計に気分が沈み、行き場のない苛立ちが募る。


「くそ……!」


エグゼキュシオンのパイロットになったら自らの手で侵略者アントリューズを討伐できると思っていたが、現実はそう甘くなかった。


最悪なことに憎むべき侵略者アントリューズを前に恐怖し、両手が無意識に震え上がり、感情に流されたまま戦闘を開始した。


初陣かつ悲惨な過去がフラッシュバックしたせいもあるが、その慰めは今のポストルに通用しない。


憎しみをぶつけるのに必死で我を忘れ、回避行動が遅れた挙句、所持していた武器を薙ぎ払われ、危うくオスの攻撃で被弾するところだった。


もしシレディアの助けがなければあのままコックピットを嚙み砕かれ、即死していたかもしれない。


「サラリエは上手く立ち回っていたのに俺は何もできないどころか危うく戦死するところだった」


サラリエの方が兵士としての教育期間が長かったとは言え、異性に先を越されたと思うと余計に自分の情けなさが目立ち、気が抜けたかのように肩を落とす。


ひたすら初陣で味わった恐怖と悔しさを噛み締めるポストルに何者かが近づいてくる。


その気配を感じたポストルは、息を呑んで気配がした方へ素早く顔を向けた。


するとそこには非戦闘時であるにも関わらず、黒いパイロットスーツをまるで普段着のように身につけた黒髪の少女、シレディア・テナプロメッサがいた。


彼女は、ポストルと目が合うなり、軽く首を傾げると無機質な表情で彼に問いかける。


「なにしてるの?」


シレディアは、自室で休む前に1人で中庭の桜を観賞しようとしたところポストルを目撃し、珍しい先客に興味を持ち、こうして彼に話しかけたのだ。


「えっとその……」


シレディアの問いにどう答えたらいいか分からないポストルは、彼女から視線を逸らして沈黙する。


先の戦闘で不本意ながらも侵略者アントリューズに恐怖し、何もできなかったことが悔しかったなど情けなくて言えないからだ。


「し、シレディア特尉は怖くなったりしないんですか?」


話を逸らすように質問を質問で返し、本心を隠してしまったポストルは、内心で少し罪悪感のようなものを抱く。


「怖い?」


ポストルの質問の意図が分からないシレディアは、不思議そうに言葉を返した。


侵略者アントリューズと戦うのが」


ポストルの回答を聞いて意味を理解したシレディアは、感情が読み取れない無機質な表情で答える。


「あなたも知ってると思うけどわたしは侵略者アントリューズと戦うためだけに生み出された人工適合者だから怖いとかない」


「戦うためだけに生み出されたなんてそんなこと」


「それが事実」


ポストルの否定を途中で遮ったシレディアは、表情は変わらないものの心なしか影を落としているように見える。


シレディアが自身の存在意義を戦うためだけと肯定しているのには理由がある。


いや、ガルディアン上層部の意向で、強制的にそう思い込まされたと言った方が正しいだろう。


人工適合者は、誕生してから程なくして、ガルディアン上層部の管理下で兵士としての教育と訓練を強制的に受けさせられる。


人間らしい余計な感情が芽生え前に徹底的に兵士としての教育と訓練を受けさせ、命令に従うだけの自分たちにとって都合の良い兵器に仕上げるためだ。


昔のガルディアンは、人工適合者を使い捨ての駒として扱い、純粋培養でいくらでも生産可能な命だからという身勝手な理屈で、人工適合者の人権を無視した。


その考えは、自然と周囲の人間にも伝染し、結果として人工適合者は、誰からも人間扱いされず、非人道的な扱いを受けることになる。


そんな環境下でも自分の心を殺し、我慢して侵略者アントリューズと戦い続けなければ人工適合者に居場所はない。


使い物にならないと判断されれば即処分されるか欲望の吐口として何日か生かされるかのどちらかであり、どちらにしても最後に待っているのは死だ。


だからこそ人工適合者は、自分が生きるため、例え理不尽な環境に置かれ、非人道的な扱いを受けたとしても人類のため、侵略者アントリューズと戦う道しかないのだ。


人工適合者の処分は、残酷極まりないものであり、狭いガス室に対象者を詰め込み、猛毒ガスを室内に流し込んで殺していた。


まるで人間が行き場を失った犬猫を殺処分するように大勢の人工適合者を処分していたのだ。


罪なき命であるにも関わらず、非道なやり方で人工適合者たちの命を奪ったガルディアンの行いは、決して許されない。


「それじゃ」


興味を失ったように無愛想な態度で背を向け、基地内へ戻ろうとするシレディアを見たポストルは、慌てて木製ベンチから腰を上げ、彼女を呼び止める。


「シレディア特尉!」


呼び止められたシレディアはその場で立ち止まり、背を向けたまま彼からの言葉を待つ。


「先程の戦闘では助けて頂き、ありがとうございました!」


お礼を口にしたポストルは、礼儀正しく背筋を伸ばし、丁寧にお辞儀をして先の戦闘のお礼を言った。


しかし、シレディアは、ポストルからの感謝が気に入らないのか振り返りもせず、その場で無愛想に言葉を返す。


「……そういうのいらない」


シレディアは、ポストルを助けるために侵略者アントリューズを討伐した訳でもなければ誰かのために侵略者アントリューズを討伐した訳でもない。


何故なら、彼女にとっては、いつも通り上からの命令に従い、侵略者アントリューズを討伐したにしか過ぎないからだ。


「で、でも俺が助かったのはシレディア特尉のお陰……っ!?」


ポストルの言葉を聞かず、シレディアは、彼に背中を向けたまま再び歩き出し、基地内の闇に溶け込んでいく。


そんな彼女の背中をポストルは、何処か悲しげな表情で見送ることしかできなかった。


ポストルは、自分が想像するよりもシレディアが過酷な環境を強いられ続け、今日まで侵略者アントリューズと戦ってきたのだろうと想像する。


シレディア本人から直接聞いた訳ではないが、人工適合者に対する差別や扱いは、実際に耳にしたことがあり、影で彼女に対して差別的な発言をしていた者も見たことがある。


だからシレディアが簡単に他者に心を開くことができないという気持ちも分かるし、無愛想な態度になってしまうのもポストルには理解できる。


「戦うためだけに生まれたなんてそんなことない」


残されたポストルは、シレディアの発言を思い返しながら夜空を見上げた。


生まれがどうであれポストルにはシレディアが自分自身を戦うだけの兵器と肯定しているのが悲しく思えてならない。


ポストルは、シレディアを含めた人工適合者に対し、一切の偏見や差別意識を持っておらず、自分と同じ1人の人間として捉えている証だ。

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― 新着の感想 ―
初陣の悔しさと無力感、そして兵器として生きることを強いられた少女との対話が心に響く。ポストルのまっすぐな想いと、シレディアの無機質な裏に隠された影が切なく、2人の距離が少しずつ縮まる予感に胸が熱くなり…
[良い点] これで初陣編は終了ですかね。戦いために改造されたようなものですから。主人公側は目的があるけどこういう兵器として開き直ってる感じの人もいるんでしょうな
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