初陣ー4
4
ガルディアン第3支部基地内ー中庭。
侵略者オスを討伐してから数時間が経過し、静かな夜を迎えた。
錆びついた外灯が照らす寂しい中庭でポストルは、木製ベンチに座り、悔しさから拳を握り締めていた。
理由は、初陣で侵略者を前に恐怖を抱き、震えていただけで何も戦果を出せなかったからだ。
同じく初陣だったサラリエは、侵略者に恐怖しながらも冷静さを保ち、侵略者の攻撃を回避したりと上手く立ち回っていた。
しかし、ポストルは、己の感情に支配され、適切に立ち回れず、間一髪のところをシレディアが操る黒いエグゼキュシオンに救われた。
不甲斐ない初陣に嫌気が差し、夜風を浴びて気分転換しようとしたが、寧ろ逆効果で先の戦闘が何度も脳内再生され、余計に気分が沈み、行き場のない苛立ちだけが募る。
「くそ……!」
エグゼキュシオンのパイロットになったら自らの手で侵略者を討伐できると思っていたが、現実は甘くなかった。
初陣に加え、生の侵略者を数十年ぶりに目の当たりにしたことで、悲惨な過去がフラッシュバックし、患っていた精神病が発症してしまったせいもある。
傍から見れば仕方ない部分ではあるが、繊細なポストルにとってその慰めは通用しない。
挙句の果てに憎しみをぶつけるのに必死で我を忘れ、回避行動が遅れた結果、所持していた武器を薙ぎ払われ、危うくオスの攻撃で被弾するところだった。
もし後衛で待機していたシレディアの助けがなければあのままコックピットを嚙み砕かれ、即死していたかもしれない。
「サラリエは上手く立ち回っていたのに俺は……」
サラリエの方が兵士としての教育期間が少し長かったとは言え、異性に先を越されたと思うと余計に情けない。
不甲斐なさと無力感に打ちひしがれ、精神的に病んで気が抜けたように肩を落とすポストルに何者かが近づいてくる。
その気配を感じたポストルは、ハッと息を呑んで気配がした方へ素早く顔を向けた。
するとそこには相変わらず非戦闘時であるにも関わらず、黒いダイレクトスーツを身につけた黒髪の少女、シレディア・テナプロメッサがいた。
彼女は、ポストルと目が合うなり、軽く首を傾げ、無機質な表情で彼に疑問を投げかける。
「なにしてるの?」
シレディアは、自室で寝る前に中庭の桜を観賞しようとしたところポストルを目撃し、珍しい先客に興味を持ったのだ。
「えっとその……」
シレディアの問いにどう答えたらいいか分からないポストルは、彼女から視線を逸らして俯く。
先の戦闘で不本意ながらも侵略者に恐怖し、結果的に何もできなかったことが悔しく、落ち込んでいたと情けなくて言えないからだ。
「し、シレディア特尉は怖くなったりしないんですか?」
話を逸らすように質問を質問で返し、本心を隠したポストルは、内心で罪悪感のようなものを抱く。
「怖い?」
ポストルからの質問の意図が分からないシレディアは、不思議そうに首を傾げ、彼に言葉を返した。
「侵略者と戦うのが」
ポストルの返答を聞いて意味を理解したシレディアは、感情が読み取れない無機質な表情で答える。
「あなたも知ってると思うけどわたしは侵略者と戦うためだけに生み出されたから怖いとかない」
「戦うためだけに生み出されたなんてそんな」
「それが事実。侵略者と戦わないとわたしに居場所はない」
ポストルの否定を途中で遮ったシレディアは、表情は変わらないものの心なしか影を落としているように見える。
シレディアが自身の存在意義を戦うためだけと肯定するようになったのは、自分の生まれが並みの人と異なるからという以外にも理由がある。
いや、ガルディアン上層部の意向で、強制的にそう思い込まされたと言うべきだろう。
シレディアたち人工適合者は、誕生してから程なくして、ガルディアン上層部の管理下で兵士としての教育と訓練を強制的に受けさせられる。
そうすることで人間らしい感情が芽生えるのを防ぎ、自分たちが理想とする命令に忠実に従うだけの兵器に仕上げるためだ。
昔、ガルディアン上層部は、人工適合者を使い捨ての駒として扱い、純粋培養でいくらでも生産可能だからという理屈で、人工適合者の人権を無視した。
その歪んだ思考は、自然と周囲にも伝染し、結果として人工適合者は孤立させられ、誰からも人として扱われなくなった。
過酷な環境下でも自分の心を殺し、侵略者と戦い続けなければ人工適合者に居場所はない。
使い物にならないと判断されれば即処分されるか欲望の吐口として何日か生かされるかのどちらかであり、どちらにせよ最後に待っているのは死だ。
人工適合者の処分は、残酷極まりないものであり、 まるで人間が行き場を失った犬猫を殺処分するように狭いガス室に対象者を詰め込み、猛毒ガスを室内に流し込んで殺していた。
だから人工適合者は、自分が生きるため、非人道的な扱いや虐待などを受けたとしても人類のため、侵略者と戦うしかないのだ。
現在はそのような処分を行っていないとは言え、罪なき命であるにも関わらず、非道な方法で人工適合者たちの命を奪ってきたガルディアンの行いは、決して許されない。
「それじゃ」
興味を失ったように無愛想な態度で背を向け、基地内へ戻ろうとするシレディアを見たポストルは、咄嗟に木製ベンチから立ち上がり、彼女を呼び止める。
「シレディア特尉!」
呼び止められたシレディアは、その場で立ち止まり、背を向けたまま彼からの言葉を待つ。
「先程の戦闘では助けて頂きありがとうございました!」
ポストルは、礼儀正しく背筋を伸ばし、丁寧にお辞儀をして先の戦闘のお礼を言った。
しかし、シレディアは、ポストルからの感謝が気に入らないのか振り返らず、無愛想に言葉を返す。
「そういうのいらない」
シレディアは、ポストルを助けるために侵略者を討伐した訳でもなければ誰かのために侵略者を討伐した訳でもない。
彼女にとっては、いつも通り上からの命令に従い、侵略者を討伐したにしか過ぎないからだ。
「で、でも俺が助かったのはシレディア特尉のお陰で……っ!?」
ポストルの言葉を聞かず、シレディアは、彼に背中を向けたまま再び歩き出し、基地内の闇に溶け込んでいく。
そんな彼女の背中を見送ったポストルは、自分が想像するよりもシレディアが過酷な環境を強いられ続け、今日まで侵略者と戦ってきたのだろうと想像する。
シレディア本人から直接聞いた訳ではないが、人工適合者に対する差別や人権を無視した扱いは、実際に耳にしたことがあり、影で人工適合者に対する差別的な発言をしていた者も見たことがある。
だからシレディアが簡単に心を開くことができないという気持ちも分かるし、周囲と関わり合いを避ける気持ちもポストルには理解できるが、1つだけ納得も理解もできないことがある。
「戦うためだけに生まれたなんてそんなことない」
残されたポストルは、シレディアの発言を思い返しながら夜空を見上げた。
シレディアの生まれがどうであれポストルには、彼女が自分自身を戦うだけの兵器と肯定しているのが悲しく思えてならない。
ポストルは、シレディアを含めた人工適合者に対し、一切の偏見や差別意識を持っておらず、自分と同じ1人の人間として人工適合者を見ているのだ。




