初陣ー4
4
ガルディアン第3支部基地内ー中庭。
侵略者オスを討伐してから3時間程が経過し、先の戦闘が嘘のように静かな夜を迎えた。
錆びついた外灯が照らす寂しい中庭でポストルは、初陣で侵略者を前に恐怖し、震えていただけで何も戦果を出せなかった悔しさと情けなさから唇を噛み締める。
同じく初陣だったサラリエは、侵略者に恐怖しながらも冷静さを保ち、侵略者の攻撃を回避したりと上手く立ち回っていた。
しかし、ポストルは、己の感情に支配され、適切に立ち回れず、間一髪のところをシレディアが操る黒いエグゼキュシオンに救われた。
不甲斐ない初陣に嫌気が差し、夜風を浴びて気分転換しようとしたが、寧ろ逆効果で先の戦闘が何度も脳内再生され、余計に気分が沈み、行き場のない苛立ちだけが募る。
「くそ……!」
エグゼキュシオンのパイロットになったら自らの手で侵略者を討伐できると思っていたが、現実は甘くなかった。
初陣に加え、生の侵略者を数十年ぶりに目の当たりにしたことで、悲惨な過去がフラッシュバックし、患っていた精神病の症状が出てしまったせいもある。
傍から見れば上手く戦えなくても仕方なかった状況だと思えるが、繊細な性格のポストルにとってその慰めは通用せず、逆に彼を追い詰めてしまうだろう。
挙句の果てに憎しみをぶつけるのに必死で我を忘れ、回避行動が遅れた結果、所持していた武器を薙ぎ払われ、危うくオスの攻撃で被弾するところだった。
もし後衛で待機していたシレディアの助けがなければあのままコックピットを嚙み砕かれ、即死していたかもしれない。
「サラリエは上手く立ち回っていたのに俺は……」
サラリエの方がポストルよりも早い時期から兵士としての教育を受けさせられていたとは言え、異性に先を越されたと思うと余計に情けない。
訓練兵時代もパイロットとしての成績はいつも最下位であり、サラリエやタージュに1回も勝ったことがなく、学力の面で優秀だったため、何とかエグゼキュシオンのパイロットに合格できたレベルだ。
エグゼキュシオンのパイロットになっても尚、訓練兵時代と変わらない自分に落胆し、気が抜けたように肩を落とす。
そんな自分に何者かが近づいてくる気配を感じ取ったポストルは、心境を悟られないように素早く姿勢を正し、気配がした方へ顔を向けた。
するとそこには相変わらず非戦闘時であるにも関わらず、黒いダイレクトスーツを身につけた黒髪の少女シレディア・テナプロメッサがいた。
彼女は、木製ベンチに座るポストルと目が合うなり、冷たい視線を向けたまま軽く首を傾げ、無機質な表情で彼に疑問を投げかける。
「あなたも桜を見に来たの?」
「い、いえ、俺はただ考え事を」
「考え事?」
シレディアは、自室で寝る前に中庭の桜を観賞しようとしたところポストルを目撃し、珍しい先客に興味を持ったのだ。
「えっとその……」
シレディアの問いにどう答えたらいいか分からないポストルは、彼女から視線を逸らして俯く。
先の戦闘で不本意ながらも侵略者に恐怖し、結果的に何もできなかったことが悔しく、落ち込んでいたと情けなくて言えない。
相手が上官とは言え、異性になるべく自分の弱いところを見せたくないという男性ならではのプライドが働いたのもある。
「し、シレディア特尉は怖くなったりしないんですか?」
話を逸らすように質問を質問で返し、本心を隠したポストルは、内心で罪悪感のようなものを抱く。
「怖い?」
ポストルからの質問の意図が分からないシレディアは、不思議そうに首を傾げ、彼に言葉を返した。
「侵略者と戦うのが」
ポストルの返答を聞いて意味を理解したシレディアは、感情が読み取れない無機質な表情のまま答える。
「あなたも知ってると思うけどわたしは侵略者と戦うためだけに生み出されたから怖いとかない」
「戦うためだけに生み出されたなんてそんな」
「それが事実。侵略者と戦わないとわたしたち人工適合者に居場所はない」
ポストルの否定を途中で遮ったシレディアは、表情は変わらないものの心なしか影を落としているように見える。
シレディアが自身の存在意義を戦うためだけの存在と肯定するようになったのは、人工適合者という理由で周囲から差別されてきたという他にガルディアン上層部のそう思い込まされたのもある。
シレディアたち人工適合者は、誕生してから程なくして、ガルディアン上層部の管理下で兵士としての教育と訓練を強制的に受けさせられる。
そうすることで人工適合者に人間らしい感情が芽生えるのを防ぎ、自分たちが理想とする命令に忠実に従うだけの兵器に仕上げるためだ。
昔のガルディアン上層部は、人工適合者を使い捨ての駒として扱い、純粋培養でいくらでも生産可能だからという理屈で、人工適合者の人権を無視した。
その歪んだ思考は、自然と周囲にも伝染し、結果として人工適合者は孤立させられ、誰からも人として扱われなくなった。
過酷な環境下でも自分を殺し、侵略者と戦い続けなければ人工適合者に居場所はない。
使い物にならないと判断されれば即処分されるか欲望の吐口として何日か生かされるかのどちらかであり、どちらにせよ最後に待っているのは死だ。
人工適合者の処分は、残酷極まりないものであり、 まるで人間が行き場を失った犬猫を殺処分するように狭いガス室に対象者を詰め込み、猛毒ガスを室内に流し込んで殺していた。
現在はそのようなことがない言え、罪なき命であるにも関わらず、非道な方法で人工適合者たちの命を奪ってきたガルディアンの行いは、決して許されない。
「それじゃ」
ポストルへの興味を失ったように無愛想な態度で背を向け、基地内へ戻ろうとするシレディアを見たポストルは、咄嗟に木製ベンチから立ち上がり、彼女を呼び止める。
「シレディア特尉!」
呼び止められたシレディアは、その場で立ち止まり、背を向けたまま彼からの言葉を待つ。
「先程の戦闘では助けて頂きありがとうございました!」
ポストルは、礼儀正しく背筋を伸ばし、丁寧にお辞儀をして先の戦闘のお礼を言ったのに対してシレディアは、彼からの感謝が気に入らないのか振り返らず、無愛想に言葉を返す。
「そういうのいらない」
シレディアは、ポストルを助けるために侵略者を討伐した訳でもなければ誰かのために侵略者を討伐した訳でもなく、いつも通り上からの命令に従い、侵略者を討伐したにしか過ぎないのだ。
「で、でも俺が助かったのはシレディア特尉のお陰で……っ!?」
ポストルの言葉を聞かず、シレディアは、彼に背中を向けたまま再び歩き出し、基地内の闇に溶け込んでいく。
そんな彼女の背中を見送ったポストルは、自分が想像するよりもシレディアが過酷な環境を強いられ続け、今日まで侵略者と戦ってきたのだろうと想像する。
シレディア本人から直接聞いた訳ではないが、人工適合者に対する差別や人権を無視した扱いは、実際に耳にしたことがあり、影で人工適合者に対する差別的な発言をしていた者も何度か見たことがある。
だからシレディアが簡単に心を開くことができないという気持ちも分かるし、周囲と関わり合いを避ける気持ちもポストルには理解できるが、1つだけ納得も理解もできないことがある。
「戦うためだけに生まれたなんてそんなことない」
残されたポストルは、先まで抱いていた自分に対する悩みを忘れ、シレディアの発言を思い返しながら夜空を見上げた。
シレディアの生まれがどうであれポストルには、彼女が自分自身を戦うだけの兵器と肯定しているのが悲しく思えてならない。
ポストルは、シレディアを含めた人工適合者に対し、一切の偏見や差別意識を持っておらず、自分と同じ1人の人間として人工適合者を見ているのだ。




