初陣ー3
3
ガルディアン第3支部管轄域ー廃都市ベツマデフ。
夕方、異空間の狭間から3体の侵略者が同時出現し、そのうち1体が、ポストルたちがいるガルディアン第3支部基地方面に向けて移動を開始した。
異空間の狭間から出現した侵略者は、決まって各ガルディアン支部が管轄する領土を目指して移動する。
何故なら、侵略者は、遠距離から人間の生体反応を探知し、人間の生体反応が最も密集する場所を優先して狙う習性を持つからだ。
侵略者は、動物や自然に対し、意図的に危害を加えることはなく、人間もしくは人類が積み上げてきた文明のみを標的に行動する。
現在、人間が最も密集している場所は、ガルディアンが管轄する武装搭載型防護壁内部の領土とその周辺にある外部居住区。
ガルディアン第3支部基地は、接近中の侵略者を討伐するため、ポストルとサラリエの新兵2人、そして、後衛としてベテランパイロットのシレディアを出撃させた。
タージュを含めたガルディアン第3支部基地に所属する3名のパイロットは、万が一に備え、出撃可能な状態でガルディアン第3支部基地内で待機している。
全戦力を投入した方が効率的かつ素早く侵略者を倒せる可能性は上がるだろう。
しかし、ガルディアンは、それが分かっていても安易に全戦力を投入できない事情がある。
もし全戦力を投入し、出撃した部隊が侵略者に全滅させられた場合、外部居住区や武装搭載型防護壁内部で暮らす人々を守れなくなる。
先行した部隊が全滅してもガルディアン基地内に多少なりとも戦力が残っていれば、万が一の事態に対応できる。
最悪、待機していたパイロットたちまでも侵略者に敗北したとしても住民を避難させるまでの時間稼ぎにはなるというガルディアンの苦肉の策だ。
そのため、基本的に各ガルディアン基地は、侵略者を討伐する際、保有する戦力の一部を必ず基地内に待機させている。
「いよいよか」
初陣の緊張と不安で表情が強張るポストルは、狭いエグゼキュシオンのコックピット内でコントロールグリップをゆっくり前に押し込む。
それと連動し、ポストルが乗るエグゼキュシオンの両足が交互に動き、草木が生い茂るコンクリートの地面を一歩一歩踏みしめ、廃都市の中を慎重に進んでいく。
今回、ガルディアン第3支部司令の意向により、まず初陣のポストルとサラリエが先行し、侵略者と交戦する。
この作戦の意図として、新米パイロットに早く実戦慣れしてもらい、戦力として成長してほしいという思惑がある。
一緒に出撃したシレディアは、ポストルとサラリエの2人が危険になったらすぐフォローに入れるよう近くで待機している。
「戦力が限られてるとは言え、初陣でいきなり先行して侵略者と戦うなんて荷が重い」
ガルディアンの内部事情を理解しつつも愚痴を零したポストルは、白いパイロットスーツに包まれた両手でエグゼキュシオンのコントロールグリップを握り直す。
ポストル及びサラリエは、男女でデザインが異なる白を基調としたラバー製の新兵用パイロットスーツに身を包んでおり、パイロットスーツと同色の量産型エグゼキュシオンに乗っている。
各2人が操縦しているエグゼキュシオンの性能は、現存する機体の中で最も低い量産機であり、機体に装備している武装も一般的な武装でこれと言って特出すべき点がない。
「それにしてもこれが防護壁の外か」
ポストルの言葉を通信回線を通して聞いたサラリエは、荒廃した廃都市の景色を自分の機体のコックピットモニターで眺める。
「映像で見るよりも酷い有り様ですね」
本来の役目を失い、長年放置された結果、朽ち果てた建造物や車両などが意味もなく放置され続けている。
周囲に目を凝らせば腐敗した人間の死体が道端に転がり、カラスやハエなどがそれに群がっている。
年端もいかない子どもの遺体まであり、それをコックピットモニター越しに見てしまったポストルは、込み上げる吐き気を堪え、悲惨な現実から目を逸らす。
昔、多くの人々が行き交い、それぞれが自由気ままに生活を送っていた面影は一切ない殺伐とした風景がただ虚しく広がっている。
「これだけ草木が多いと人の足じゃ歩けないかもしれませんね」
サラリエの言う通り、荒廃した都市一帯を青々と成長した草木が覆い尽くし、まるでジャングルのような自然が形成され、人間が歩けるような足場が見当たらない。
このような大自然が形成されたのには理由がある。
それは侵略者の血には、生命エネルギーを活性化させる効果があるからだ。
その効果と並行し、侵略者が地球に襲来したことで、人間の生活域が極端に狭まったことで本来の地球環境が復元された。
いや、本来の地球環境よりも豊かになり、人間の身勝手な理由で犠牲になってきた動植物が、保たれた自然界の秩序の中で優雅に生活している。
人類に破壊と汚染を繰り返された環境を復元し、害である人類を絶滅へ追い込んでくれる侵略者は、地球にとってありがたい存在だろう。
自然界に恵みを齎し続ける侵略者を自然の神とし、地球の真の支配者だとして崇拝する者たちまでいる。
「この景色を見たら俺たち人類は、このまま滅びるしかないのかなって思っちゃうよ」
「そんな悲観的な……っ!?」
「な、なんだ?!」
機体の通信回線を使ってポストルとサラリエが会話をしていたその時、突然コックピットモニター中央に警戒を示す赤文字が表示され、嫌な警戒音がコックピット内に鳴り響く。
彼らが戸惑っているのも束の間、2機のエグゼキュシオンが立つ真下の地面が山のように盛り上がった途端、噴火するように勢いよく弾け飛ぶ。
回避に間に合わず、巻き込まれた2機のエグゼキュシオンは、反動で吹き飛ばされ、背中から草木が生い茂るコンクリートの地面に倒れる。
パイロットスーツには、強い衝撃を探知すると伸縮し、体への衝撃を緩和する機能が備わっている。
しかし、完全に衝撃を緩和し切れず、訓練で経験したことのない痛みが、ポストルとサラリエの全身を駆け巡る。
痛みで表情を歪めるポストルは、真っ先に隣で倒れているサラリエのエグゼキュシオンに通信回線を繋ぎ、パイロットであるサラリエの無事を確認する。
「大丈夫かサラリエ!?」
「だ、大丈夫です!ポストルは?」
「俺も大丈夫だよ」
それぞれ自身のエグゼキュシオンを立ち上がらせた2人は、地中から姿を現した侵略者、コードネーム『オス』を肉眼で確認する。
出現した侵略者には、ガルディアンが毎回コードネームを与える。
コードネーム『オス』の外見は、肉食恐竜のような頭部を持ち、体皮は全体的に青黒く、至る所に骨格が剥き出しの箇所がある四足歩行の侵略者だ。
オスは、まるで犬のように体を左右に身震いさせ、全身に付着していた土を払い、目の間で立ちふさがる2機のエグゼキュシオンを睨む。
喉を鳴らし、細長い尻尾を地面に叩きつけ、動物らしい威嚇行動を見せる。
「くっ!」
久しぶりに生で侵略者を目の前にしたポストルの脳裏に過去の記憶がフラッシュバックする。
それは幼い頃に目の前で両親を侵略者に食い殺された記憶だ。
ポストルのコントロールグリップを握る手が、恐怖から無意識に震え出し、嫌な汗がポストルの額から滴り落ち、呼吸の感覚が小刻みになっていく。
「く、くそ!怖がってる場合じゃない!俺がこいつらを倒さないと!」
訓練でシュミレーター用の侵略者を飽きるほど討伐してきた。
しかし、本物の侵略者を相手にするのは、今回が初めてであり、シュミレーターとは違って負ければ無事では済まされないという危機感がより一層恐怖と不安を募らせる。
さらに言えば、自分の命だけではなく、ガルディアン第3支部基地周辺や外部居住区で暮らす人々の命まで危険に晒される。
自分が味わった惨劇を2度と繰り返したくないポストルは、唇を噛み締め、無理矢理恐怖を抑え込み、コントロールグリップを握る両手に力を込めた。
「こ、これより侵略者、コードネーム『オス』を討伐する!」
「りょ、了解です!」
ポストルの言葉を合図にオスとの戦闘が開幕する。
白を基調とした2機のエグゼキュシオンが、両手に掴んでいたバレットアサルトライフルを構え、ほぼ同時に射撃を開始する。
銃口から放たれた弾丸が、オスの至る箇所に命中し、皮膚を貫通するが、効果がないのかオスは平然とした様子で口部を開き、生え揃った白い牙を輝かせ、雄叫びを上げる。
「化け物め!」
垂直スティック型コントロールグリップの引き金を引くポストルの手に憎しみが宿る。
しかし、いくら憎しみを込めてもオスには通じず、素早い身のこなしで尻尾を薙ぎ払う。
ポストル同様、初陣による恐怖や緊張を抱くも彼よりも冷静さを保っていたサラリエは、寸前のところで尻尾を回避した。
一方、攻撃に夢中だったポストルのエグゼキュシオンは、握っていたバレットアサルトライフルをオスの尻尾で薙ぎ払われてしまう。
尻尾に薙ぎ払われたバレットアサルトライフルは、綺麗に宙を舞い、鈍い音を立ててコンクリートの地面に落下する。
無防備になったポストルのエグゼキュシオンに間髪入れず、オスはコンクリートの地面を蹴り上げ、跳びかかろうとする。
「くっ!?」
ポストルの脳が死を察知したのか目に映る景色が遅く見え始めたその時、黒く禍々しいエグゼキュシオンが閃光の如く現れた。
そして、ポストルのエグゼキュシオンを守るようにオスの突き出た口部を片手で抑え込み、そのまま近くの廃墟ビルに叩きつける。
衝撃で廃墟ビルが崩れ、大量の砂埃が舞う中、一瞬の出来事で脳が追い付かないポストルは、呆気に取られた表情で砂埃が舞う方向に視線を移す。
「い、一体何が……?!」
オスの痛々しい鳴き声が聞こえたかと思うと砂埃の中から切断されたオスの生首が宙を舞って現れ、瓦礫の上に落下した。
「侵略者の首!?」
徐々に砂埃が晴れ、首が切断され、切断面から侵略者特有の青黒い血液を垂れ流す胴体を左足で踏みつけた黒いエグゼキュシオンが姿を現し、紫色のツインアイカメラを禍々しく光り輝かせる。
「く、黒いエグゼキュシオン……!」
討伐対象を踏みつけたまま夕日を背にして立つ黒いエグゼキュシオンは、片手に持っていた白い刃を素早く払い、付着した青黒い返り血を払い飛ばす。
その姿にポストルは、まるで憧れのヒーローを前にしたかのように瞳を輝かせた。
「討伐完了」
黒いエグゼキュシオンの操縦者であるシレディア・テナプロメッサは、コックピット内で静かにそう呟き、コードネーム『オス』との戦いに終止符を打った。




