初陣ー2
2
ガルディアン第3支部基地内ー3階廊下。
仕事を終えたポストルは、錆びついた敷鉄板の廊下を歩く。
アスファルトで覆われた壁は、剥がれやひび割れが目立つ。
資金の大半がエグゼキュシオンや武装搭載型防護壁関係に使用されている。
そのため、基地内の補修にまで資金が回らない。
「ポストル!」
男性の陽気な声で名前を呼ばれたポストルは、その場で足を止める。
振り返ると茶髪の少年、タージュ・エクゾルシスがポストルに駆け寄ってくる。
彼は、ポストルと同い年かつ同期のパイロットだ。
タージュも幼い頃、侵略者に両親を奪われた悲しき過去を持つ。
彼の両親は、エグゼキュシオンのパイロットだった。
しかし、とある侵略者との戦いで2人とも戦死した。
タージュの両親を殺した侵略者は、救援に駆けつけた部隊が討伐した。
両親を失ったタージュは、ガルディアンが運営する孤児保護施設に保護された。
お陰で比較的安全かつ最低限の生活を送ることができた。
そんな生活を送る中、タージュは自分の両親を奪った侵略者に復讐心を募らせていった。
13歳になった彼は、侵略者へ復讐を果たすため、パイロットの試験に挑んだ。
結果、平均よりも僅かに高い適正が認められ、ガルディアンに入隊できた。
ポストルたちと一緒に過酷な訓練を乗り越え、エグゼキュシオンのパイロットになれた。
「平和なのはいいが同じ仕事ばかりで飽きてくるぜ」
タージュが言うようにここ数週間、異空間の狭間から侵略者が珍しく出現していない。
「雑務をするためにパイロットになった訳じゃないってのによ」
タージュは、ポストルと一緒に廊下を歩き始めるや否や愚痴を零した。
そんな愚痴を隣で聞いたポストルは、彼の気持ちを理解しつつも真面目な言葉を返す。
「非戦闘時でも働いてないと領土内にいる人たちから何言われるか分からないだろ?」
ガルディアンは立場上、世論から常に視線を向けられている。
下手なことをすれば世論の不満や反感を拡大させてしまう。
「それに侵略者を毎日相手にするよりマシだよ」
ポストルやタージュにとって侵略者は、両親の仇であり、皆殺しにしたい存在だ。
しかし、だからと言って毎日のように侵略者と戦っていたら命がいくつあっても足りない。
今回は侵略者を討伐できたからと言って次も討伐できるとは限らないのだから。
「まぁ、タージュの気持ちは分かるけどね」
パイロットたちは、トレーニングやエグゼキュシオンの操縦訓練を日課として義務付けられている。
それを終えたら出撃命令が下るまで大してやることがなく、他職員の手伝いくらいしかない。
「てか、オレたちに文句を言う暇があったら外部居住区とかで暮らす人たちの心配をしろって話よ」
武装搭載型防護壁に囲まれた領土内での比較的安全な暮らしが当たり前ではない。
武装搭載型防護壁内側の狭く限られた領土では、全ての人を受け入れられないのが現状だ。
その受け皿として、ガルディアン各支部は、簡易的な外部居住区を武装搭載型防護壁周辺に建設した。
こうすることで人々のなるべく不満を沈静化し、世論からの支持を維持したかった。
しかし、外部居住区に立ち並ぶ仮設住宅は、予算の関係から目に見えて安全性に乏しい。
加えて内部の領土とは違い、武装搭載型防護壁で守られている訳でもない。
つまり、侵略者が接近した場合、外部居住区が真っ先に被害に遭うということ。
結果、外部居住区で暮らす人々は、自分たちが弾除けに利用されていると反感を抱かせてしまった。
もちろんガルディアン側にそのような意図はないが、明確な対応策を示せていないのが現状だ。
「外部居住区だけじゃなく、他の場所で暮らしている人たちもいるしね」
10年前くらいから外部居住区ですら人で溢れ返り、多くの人々が路頭に迷っている。
そんな人々は、廃都市内や破棄されたガルディアン基地を徘徊し、過酷な生活を続けている。
「お疲れ様ですポストル、タージュ」
ポストルとタージュの背後から声をかけてきたのは、ガルディアンの女性用制服姿の少女、サラリエ・ミュータシオだ。
彼女もポストルやタージュと同期のパイロットだが、彼らと同い年には思えない大人びた雰囲気が漂う。
「そろそろオレたちには敬語使わなくていいんじゃねぇか」
タージュからの提案を聞いたサラリエは、気恥ずかしそうな態度を浮かべる。
天然の巻き毛が特徴的なクリーム色の髪を人差し指でいじりながら言葉を返す。
「こ、これは癖と言いますか」
サラリエは、目上の人に限らず、誰に対しても敬語を使う癖のようなものがある。
彼女が名家の1人娘であり、今は亡き両親から短期間だが、英才教育を受けたこと。
ポストルやタージュよりも早い時期から兵士としての教育を受けたことが原因と思われる。
「ポストルもそう思うだろ?」
ポストルは、タージュからの問いかけに答えず、立ち止まって窓ガラスの向こう側を見つめる。
不思議に思ったタージュとサラリエは、揃ってポストルの視線を辿る。
そこには1階の中庭で木製ベンチに座り、桜の木をじっと眺める儚げな少女がいる。
兵士に似合わない華奢な体、肩にかかるほどの綺麗な黒髪に透き通るような色白の肌。
非戦闘時にも関わらず、黒いパイロットスーツを私服のように身につけている。
そんな彼女の綺麗なエメラルドグリーンの瞳が、ポストルには何処か寂しげに見えていた。
「あれってシレディア・テナプロメッサ特尉か?」
タージュの言葉に続き、サラリエがポストルの隣で口を開く。
「ここ第3支部に限らずガルディアンの中でもエースの1人で『人工適合者』ですね」
人工適合者とは、純粋培養で人造的に生み出された人間のことだ。
生まれながらにしてエグゼキュシオンのパイロットに最適な超人的肉体を持つ。
数年前までガルディアンは、戦力増強と題して人工適合者を大量生産していた。
しかし、現在は国際法で禁じられている。
人工適合者に対する差別意識や非人道的な扱いが深刻化したからだ。
そんなガルディアンの行いが、世間にまで広まり、問題視する声がガルディアン内に留まらなくなった。
世論の目を気にするガルディアンは焦り、手の平を返して人工適合者の人権を保障。
同時に人工適合者の生産を国際法で禁じ、全ての研究施設を閉鎖した。
世論のお陰で人工適合者に対する考え方が良い方向に変わった。
とは言え、今でも人工適合者に対して差別意識や非人道的な思考を持つ者たちが少なからずいる。
「オレたちと違って侵略者の血が流れていて超人的な肉体を持ってるんだっけか?」
タージュの素朴な疑問にポストルが隣でようやく口を開く。
目線は相変わらず中庭にいる黒髪の少女……シレディアに向けられたままだ。
「あぁ、そもそも普通の体じゃエグゼキュシオンを操縦できない」
並の肉体では、エグゼキュシオンの動力源『エグゼ・リアクター』が齎す負荷に耐えられない。
そのため、エグゼキュシオンのパイロットには、侵略者の血を微量だが成分に含む肉体強化促進薬『JD』が体に投与される。
しかし、人によっては投与後に拒絶反応を起こす恐れがある。
拒絶反応による症状は、人によって様々だ。
高熱や吐き気、鼻血や呼吸困難などがあり、最悪な場合だと死に至る危険もある。
現在ではJDの改良が進められ、今では拒絶反応を起こる確率は、約10%未満まで低下した。
JDを体に投与し、適合できた者だけがエグゼキュシオンのパイロットになるための訓練や教育に進むことができる。
「見た目は私たちと同じなのに体に侵略者の血が流れているって不思議ですね」
人工適合者の場合、誕生の過程で侵略者の血そのものが体に投与される。
そのため、人工適合者の体内に流れている血液の約4割を侵略者の血が占めている。
体内を流れる侵略者の血の影響で細胞が変異し、生まれながらにして人工適合者は超人的な肉体を持つ。
言わば人工適合者は、人造的に生み出された進化した人類と言えるだろう。
「そろそろ行こうぜ」
「あぁ」
最後まで中庭にいるシレディアのことが気になりながらもポストルは、タージュやサラリエと共に歩き出す。
彼らの視線に気付いていたシレディアは、桜から視線だけを逸らし、横目で3人の姿を見つめるのであった。




