初陣編ー2
2
ガルディアン第3支部基地内ー3階廊下。
午前の仕事を終えたポストルは、錆びついた敷鉄板の廊下を1人で歩いている。
基地内部は、全体的にアスファルトの壁で覆われているが、剥がれやひび割れが目立ち、基地内部の老朽化が目に見て分かる。
補修したくても資金の大半をエグゼキュシオンや武装搭載型防護壁の整備費に使用しているため、基地の補修まで資金が回らない。
「ポストル!」
背後から男性の陽気な声で名前を呼ばれたポストルは、その場で足を止め、声がした方向に振り返る。
振り返った先には短い茶髪の少年、タージュ・エクゾルシスがいて、ポストルに駆け足で近寄る。
彼は、ポストルと同期の新兵であり、ポストルと比べて全体的に筋肉質で兵士らしい体型だ。
タージュもポストルと同じく侵略者に両親を奪われた過去を持つ。
タージュの両親は、2人ともエグゼキュシオンのパイロットであり、人類を守るために侵略者と戦ってきた。
タージュが4歳の時、異空間の狭間から出現した侵略者を討伐するため、彼の両親は、エグゼキュシオンに乗って出撃した。
しかし、その戦いでタージュの両親は、侵略者との戦いに敗れ、2人とも戦死した。
両親を失い、孤児になったタージュは、両親が積み上げた功績のお陰で、ガルディアンが運営する孤児保護施設に引き取られた。
そのお陰で並みの人より比較的安全かつ最低限の生活を送れたタージュだが、両親を奪った侵略者に対する復讐心を日々募らせていった。
そして、13歳になった彼は、復讐を晴らすため、自らエグゼキュシオンのパイロットに志願し、見事エグゼキュシオンのパイロットに合格した。
「侵略者が出現しなくて平和だけどよ暇潰しみたいな仕事ばかりで流石に飽きてきたぜ」
タージュは、ポストルに合流するや否や溜息交じりに愚痴を零した。
そんな彼の愚痴を隣で聞いたポストルは、彼の気持ちを理解しつつも正当な理由を返す。
「非戦闘時にも働いてるところをアピールしないと収容民から何言われるか分からないだろ?それに侵略者を毎日相手にするよりは楽だよ」
ポストルやタージュにとって侵略者は、心から憎い存在であり、1匹残らず皆殺しにしてやりたい存在だ。
しかし、だからと言って毎日のように侵略者と戦っていたら命がいくつあっても足りないだろう。
「まぁ、タージュの気持ちも分かるけどね」
「だろ?」
正直パイロットたちは、侵略者が出現し、出撃命令が下るまで大してやることがない。
決まって取り組むことは、定期的に訓練場で肉体を鍛えたり、シュミレーターでエグゼキュシオンの操縦技術を磨くこと。
それが終わったら他のスタッフの仕事を手伝うくらいであり、それでも時間を持て余してしまうが、だからと言って怠けていれば世論が黙っていない。
「そもそもオレたちに文句を言う暇があったら外部居住区とかで暮らす人たちの心配をしろって話よ」
武装搭載型防護壁内側の比較的安全な暮らしが当たり前ではなく、武装搭載型防護壁周辺には、ガルディアンが簡易的に用意した外部居住区が存在し、そこで生活している者たちが大勢いる。
武装搭載型防護壁内側に住めない人々の不満や非難をなるべく避け、世論からの支持を維持したいガルディアンは、武装搭載型防護壁外部の周辺に簡易的居住区を用意した。
簡易的に建設された仮設住宅が立ち並び、武装搭載型防護壁内側に入れなかった人々が暮らしているが、見た目からして安全性に乏しく、防護壁で守られている訳でもない。
万が一、侵略者がエグゼキュシオンを退け、武装搭載型防護壁に接近した場合、真っ先に被害に遭うのは外部居住区で暮らす人々だ。
外部居住区で暮らす人々の中には、自分たちがガルディアンや武装搭載型防護壁内部で暮らす人々の弾除けに利用されていると抗議する人々もいる。
ガルディアン側にそのような悪意はないが、一向に武装搭載型防護壁内部に入れず、外部居住区で厳しい生活を強いられ続けている人々が、そう考えてしまうのも無理ないだろう。
「外部居住区だけじゃなく、別の場所でも暮らしている人たちもいるしね」
現在、外部居住区も人で溢れ返り、大勢の行き場を失った人々が、廃都市や破棄されたガルディアン基地を生活拠点にし、そこで過酷な生活を続けている。
「お疲れ様ですポストルにタージュ」
会話しながら歩いていたポストルとタージュに声をかけてきたのは、ガルディアンの女性用制服を着た少女、サラリエ・ミュータシオ。
彼女もポストルやタージュと同期の新兵だが、彼らと同い年には思えない大人びた体型と雰囲気を持ち、癖毛が目立つクリーム色のセミロングが特徴的な女の子だ。
「サラリエ、そろそろオレたちには敬語使わなくていいんじゃねぇか」
タージュからの提案にサラリエは、気恥ずかしそうに言葉を返す。
「こ、これは癖と言いますか……」
サラリエは、目上の人に限らず、同い年に対しても敬語を使う癖のようなものがある。
彼女がここまで礼儀正しい性格なのは、サラリエが名家の1人娘であり、今は亡き両親から短期間だが、英才教育を受けたこと。
そして、両親を失った後、ガルディアンに引き取られ、ポストルやタージュよりも早い時期から兵士として、洗脳的な教育を受けさせられたのが原因かもしれない。
「ポストルもそう思うだろ?」
「……」
ポストルは、タージュからの問いかけに答えず、立ち止まって窓ガラスの向こう側の景色に見入っている。
それを不思議に思ったタージュとサラリエは、揃ってポストルの視線を辿っていく。
すると、そこには1階の中庭で木製ベンチに座り、桜の木をじっと眺める儚げな少女がいる。
兵士に似合わない華奢な体、肩にかかるほどの綺麗な黒髪に色白の肌、出撃時でもないのに黒いパイロットスーツをまるで私服のように着こなしている。
(何故だろう……何処か寂しそうに見える)
桜を見つめる黒髪の少女の綺麗なエメラルドグリーンの瞳が、ポストルには何処か寂しげに見えた。
「あれってシレディア・テナプロメッサ特尉か?」
タージュの言葉に続き、サラリエがポストルの隣で口を開く。
「ここガルディアン第3支部のエースで『人工適合者』ですね」
人工適合者とは、エグゼキュシオンのパイロットに最適な肉体を持つ者として、純粋培養で人造的に生み出された人間のことを指す。
数年前までガルディアンは、効率的に戦力を増強するため、人工適合者を純粋培養で大量生産していたが、現在は国際法で固く禁じられている。
国際法で禁止された理由はいくつかあるが、中でも人工適合者に対する非人道的な扱いが深刻化したことが、1番の要因だろう。
その余波は、現在でも完全には消えておらず、人工適合者に対し、差別意識や非人道的な考えを持つ者たちがいる。
何故なら、人工適合者が科学の力によって生み出された存在であり、様々な観点から一般人と懸け離れた存在であるため、同じ人間として人工適合者を見れないからだ。
「オレたちと違って体に侵略者の血が流れていて超人的な肉体を持ってるんだっけか?」
タージュの素朴な疑問にポストルがようやく口を開くが、目線は中庭にいる黒髪の少女、シレディアに向けられたままだ。
「あぁ、そもそも普通の体じゃエグゼキュシオンを操縦できない」
ポストルの言う通り、並の肉体では、エグゼキュシオンの動力源『エグゼ・リアクター』が齎す負荷に体が耐えられない。
そのため、エグゼキュシオンのパイロットには、訓練兵になる前に侵略者の血を成分に含む肉体強化促進薬『JD』が体に投与される。
JDを体に投与し、適合できた人だけが訓練兵として迎えられ、エグゼキュシオンのパイロットとしての訓練や教育を受けることができる。
誰でもJDを体に投与すれば適合できる訳ではなく、人によって体に投与した際に拒絶反応を起こす可能性がある。
適合する人と拒絶反応が出る人の違いは、今も解明されていないが、恐らく投与者の体質によるものというのが有力視されている。
拒絶反応による症状は様々あり、最悪な場合、拒絶反応により死に至る恐れもあるが、現在は改良が進められ、そのリスクも大幅に軽減された。
今では拒絶反応を引き起こす確率は、約10%未満とされており、拒絶反応による致死率は約4%だ。
「見た目は私たちと同じなのに体には侵略者の血が流れているなんて不思議な感じがしますね」
人工適合者の場合、誕生の過程で侵略者の血そのものが体に投与される。
そのため、人工適合者の体内に流れている血液の約4割が侵略者の血であり、その影響で細胞が変異し、生まれながらにして超人的な肉体を持つ。
言わば人工適合者は、人造的に生み出された侵略者に近い存在であり、進化した人類と言えるだろう。