乱心ー1
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ガルディアン第3支部基地内ータージュ自室。
朝、アラームが鳴る前に目が覚めてしまったタージュは、浴室で生温いシャワーを浴び、寝ている間に全身から溢れ出た不快な汗を洗い流す。
「また嫌な夢を見せやがって」
就寝中に見た夢への不満を舌打ち混ざりに呟き、湧き上がる苛立ちを晴らすように浴室の壁に拳を打ちつけた。
最近、自分の両親を殺した侵略者が突然目の前に現れ、地上にいる自分を見下し、嘲笑いながら鋭利な爪を自分の体に突き刺してくるという最悪かつ不吉な夢を繰り返し見る。
「アイツはもうこの世にはいないってのによ」
タージュの両親を殺した侵略者は、両親と共に出撃したメンバーによって討伐され、この世にはもういない。
だからと言ってタージュの中に深く根付いた憎しみが消えるはずもなく、侵略者を1匹も残らず殲滅することが彼の目標だ。
「父さんや母さんを殺した野郎の夢なんて最悪だ」
侵略者に殺された両親の遺体は、損傷が酷く、幼いタージュには刺激が強過ぎて見せらない状態だったため、タージュは両親の遺体を見ていない。
最後に顔を合わせることができず、両親の遺体が火葬されるところを泣きながら見送ることしかできなかったため、それが一生の悔いとして彼の中に残っている。
それから時が経ち、タージュが訓練兵になったある時、偶然ガルディアンのデータベースにアクセスできる機会があり、そこで両親を殺した侵略者の姿を初めて見た。
「朝からまた気分が悪い」
侵略者の中で最も憎い相手が自分を嘲笑い、自分を殺してくるという最悪な内容の夢を見たのだから気分が落ち込むのも無理はない。
気分が晴れないタージュは、シャワーの蛇口を回し、流れ出るぬるま湯を止め、茶髪の毛先から水滴を滴り落としながら浴室から出る。
予め置いていた白いバスタオルで髪や体に付着した水滴を丁寧に拭き取り、クリーニング済みの下着と制服を身に着けた。
「父さん、母さん。オレが2人の分も侵略者を倒すからな」
気分が沈む自分を鼓舞するように独り言を呟き、拳を力強く握り締め、自室を後にする。
自室を後にしたタージュが廊下を歩いて向かった先は、ガルディアン第3支部基地内の第2格納庫だ。
ポストルやタージュ、サラリエやミソンプたちが乗るエグゼキュシオンは、第2格納庫に収容され、そこで整備や修理が行われる。
タージュが第2格納庫を目指している理由は、日課であるシュミレーターによる特訓を行うためだ。
今日は、特訓という意味合いだけでなく、悪夢を見た鬱憤をシュミレーターにぶつけ、少しだけでも今の最悪な気分を晴らしたいというのもある。
目的地に到着し、ガルディアンから与えられたカード式の立ち入り許可書を専用端末にかざし、カード情報を読み取らせる。
情報を認識した第2格納庫の重たい自動ドアがゆっくり開き、中へ入るや否やタージュの目に飛び込んできたのは、自分よりも先に第2格納庫を訪れていたポストルとシレディアだ。
専用のタブレット端末を2人で見つめ、何やら楽しげに会話する2人の様子にタージュは、自分の気分とは真逆の光景に呆れた表情で深いため息を吐いた。
「ったく、こっちは朝から気分が最悪だってのに」
タージュは、朝から楽しそうなポストルに八つ当たりしたくなる気持ちをグッと堪える。
何故なら、ポストルが幼い頃から悪夢に苛まれ続け、酷い時はガルディアンの医師から処方された精神安定薬と睡眠薬を飲み、何とか眠りについていると本人から聞いたことがあるからだ。
最近、何故か苦痛な夢ばかりが続き、ポストルの気持ちを身をもって理解したタージュだからこそ八つ当たりなんてできない。
幼い頃から精神病を患い、精神的に辛い時も周囲を気遣い、優しさを振り撒き、厳しい訓練を乗り越え、パイロットになったポストルに対し、タージュは密かに尊敬の念を抱いているから尚更だ。
「おはようございますシレディア特尉、おはようポストル」
タージュの上官と友人を区別した挨拶に対し、シレディアとポストルがそれぞれ挨拶を返す。
「おはよタージュ新兵」
「おはようタージュ。今日は珍しく朝早いね」
シレディアは相変わらず無表情で機械的な挨拶を返し、ポストルは珍しいタージュの早起きに少し驚いた様子を浮かべた。
「人を寝坊助みたいな言い方するなよ」
タチの悪い夢を見たせいで神経がいつも以上に過敏になっているタージュは、少しばかり口調が強くなってしまう。
妙なところで勘が鋭いポストルは、タージュの珍しい早起きと口調の些細な違いから彼に何かあったのではないかと察した。
「なんかあったのか?」
ポストルと同期のタージュは、何度も彼の鋭さに驚かされてきたが、今回の勘の鋭さにも驚きを隠せず、ハッとした表情を浮かべてしまった。
「な、なんでそう思った?」
「上手く言葉にできないけどいつもと違うように感じてさ」
最近、最悪な内容の夢ばかり見ていると本心を言いそうになるが、自分の弱さを曝け出す気恥ずかしさから踏み止まった。
「それはポストルの気のせいだぜ。オレはいつもと変わんねぇーよ」
もし気恥ずかしさを押し殺し、本心を打ち明けたところで悪夢を見ないようにしたり、夢の内容をどうこうできないという諦めもあるのかもしれない。
それに加え、ポストルの方がタージュよりもずっと前から精神病から来る悪夢に悩まされ、タージュ以上に現状をどうにかしたいと思っているだろう。
「それならいいけど。もし何かあったら俺で良ければ聞くよ」
この純粋なポストルの優しさがあのシレディアですらも惹きつけたのだろうとタージュは内心で確信する。
「ったく、変なところで勘が鋭い癖に肝心なところで鈍感になるのどうにかしろよ」
そうタージュに指摘されたポストルは、彼の言葉を全く理解できず、専用タブレット端末を片手に首を傾げる。
「どういう意味だよ」
「言葉通りの意味だぜ」
敢えて直接的なことを避けるタージュの発言に余計意味が分からなくなったポストルは、困り果てた表情を浮かべる。
直接的なことを言っても良いが、それではポストルへ密かに好意を寄せる人たちの気持ちを台無しにしてしまうだろう。
本人が周囲の好意に気づいてこそ意味があると考えているタージュだからこそ、敢えてポストルに意味を教えないのだ。
「こんな鈍感男ですがこれからも仲良くしてあげてくださいシレディア特尉」
「うん、仲良くする。でも、あなたもポストルの友達ならこれからもポストルと仲良くしてあげて」
氷のように冷たく、冷静沈着と有名なシレディアからの予想外な温かい返答にタージュは、驚きと同時に軽く吹き出してしまい、一瞬だが気分が晴れた気がした。
「もちろんオレもポストルと友人ですから仲良くしたいと思っていますよ」
「なら良かった」
会話に置いてけぼりなポストルは、シレディアとタージュが自分を友達だと思ってくれていることを再認識し、恥ずかしさから後ろ髪を片手で触る。
「それじゃオレはこれからシュミレーターで特訓を」
タージュの言葉を遮るようにガルディアン第3支部基地内に侵略者の出現を知らせる警報が鳴り響く。
この時、タージュにとって最悪な戦いが待っていることを彼は知る由もなかった。




