嫉妬編ー4
4
ガルディアン第3支部基地内ーポストルの部屋。
見事オニタを討伐したポストル、シレディア、ユノの3人は、それぞれ自身の機体と共に大型輸送機で回収され、ガルディアン第3支部基地に帰還した。
帰還後、戦闘中にオニタからの攻撃を受けた3人は、医務室で検査を受け、幸い怪我や異常は見られなかった。
検査を終えたポストルは、自分の部屋に戻り、シャワーを浴びた後、ガルディアンからの支給品である男性用下着を身につけ、ガルディアンの制服に着替える。
そして、今回も無事に帰還できたことに安堵しつつ携帯端末をいじりながらベッドの上に座った直後、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「ん?」
ポストルは、慌てて制服の上着を胸元まで閉じ、身だしなみを整え、部屋のドアを開け、来客を出迎える。
そこには自身の両手を後ろに回し、何処か落ち着かない様子で立つパイロットスーツ姿のシレディアが立っていた。
「どうしたのシレディア?」
「す、少しいい?」
「えっ?あ、うん、いいよ」
多少戸惑いつつも自分の部屋に自然とシレディアを入れ、部屋のドアを閉めようとした時、ポストルの脳内にあることが過る。
(は、初めて女の子を部屋に!?)
自分の部屋で女の子と2人きりという生まれて初めての経験にポストルは、急激に全身が熱くなるのを感じる。
一方のシレディアは、異性と部屋で2人きりなのが気にならないのか表情一つ変えず、ドアノブを掴んだまま微動だにしないポストルに疑問の眼差しを向ける。
「どうしたの?」
「な、何でもないよ!」
明らかに動揺するポストルを前にシレディアは、疑問を頂きつつも敢えてそれ以上は詮索しない。
胸の高鳴りが収まらないポストルは、慌てて部屋のドアを閉め、シレディアを机の椅子へ座らせ、自身はベッドに腰を下ろす。
2人きりの静かな空間で先に口を開いたのはシレディアだった。
「さ、さっきはわたしを庇ってくれてありがとう」
シレディアはペコッと軽く頭を下げ、照れくさそうにお礼を言った。
戦闘終了後、通信回線を通してポストルにお礼を言ったにも関わらず、改めて直接顔を合わせてお礼を言うところにシレディアの律儀な一面が垣間見える。
意外にも律儀なシレディアに多少恐縮してしまいながらもポストルは、優しく言葉を返す。
「そんな気にしなくていいよ。シレディアが無事で良かったよ」
ポストルの純粋で優しい言葉を聞いた直後、シレディアは自身の鼓動が高鳴るのを実感しつつ背後に隠していた発泡スチロール製の容器をポストルへ差し出す。
「こ、これ」
「これは?」
「ポストルにあげたくて。中、開けてみて」
「う、うん」
シレディアの言葉に従い、ポストルは容器を開けるとそこにはこのご時世では滅多にお目にかかれないサンドイッチが2つ入っていた。
「これってサンドイッチ!?」
2ヶ月〜3ヶ月の間に食堂で1回出るか出ないかの珍しい食べ物を目の前にしたポストルは、どうやってシレディアがサンドイッチを入手したのか脳内で勝手にあれこれ想像し始める。
シレディアは、ガルディアン第3支部基地に限らず、ガルディアン全体でも高く、特別なパイロットであるため、並みの職員より支給品が充実している。
当事者の階級が高ければ高いほど何か欲しいものや足りないものなどがあれば可能な範囲内でガルディアンが支給してくれる制度だ。
その制度を使い、サンドイッチを手に入れたのではないかとポストルは予想するが、早くもその予想が外れていたと分かる。
「そのサンドイッチ、わたしの手作り」
「て、手作り!?」
シレディアが料理をするなど普段の彼女から想像できないギャップにポストルは、目を丸くして大袈裟なまでの驚きを見せた。
ある日、ふと食堂で働く社員が台所で料理している姿を見て以来、料理に強い興味を抱いたシレディアは、直々に食堂を管理するリーダーにお願いし、時間が合う日に料理を教えてもらっている。
最初は驚いた食堂のリーダーだが、シレディアが料理に関心を抱いてくれたことが嬉しく、彼女を快く受け入れ、丁寧に包丁の使い方や味付けなど料理に関する様々な知識を伝授している。
そのお陰もあってか凄い勢いで料理の腕が上達し、今では食堂のリーダーから『シレディアになら厨房を任せられる』という高い評価を受けるほどだ。
「ポストルのために作った。だから食べてほしい」
食堂で余った食材を特別に提供してもらい、その食材をふんだんに使ったシレディア特製のサンドイッチが、ポストルの食欲をそそる。
わざわざシレディアが自分のためにサンドイッチを作ってくれたことにポストルの中から喜びが込み上げる。
「ありがとうシレディア!」
ポストルは、まるで欲しい玩具を親から買って貰った子どものように瞳を輝かせ、容器に入っているサンドイッチを1つだけ手に取り、遠慮なく頬張る。
口の中に入れた瞬間、シレディア特製サンドイッチの味が広がり、その味をじっくり味わうポストルをシレディアは、興味深そうに見つめる。
これまで司令やユノ、食堂のリーダー以外に食べさせたことがなかったため、自分の作ったサンドイッチがポストルの口に合わなかったらどうしようという不安があり、感想が気になって仕方ない。
「どう?」
ポストルがこれまで食べてきた料理の中でトップクラスの美味しさであり、贅沢だが毎日シレディアの手作り料理を食べたいと思う。
「凄く美味しいよ!」
「良かった」
ポストルの感想を聞いたシレディアから抱いていた不安が消え、固まっていた表情が緩む。
ポストルは、口の横にソースが付着したことに気付かず、残ったサンドイッチを頬張る。
そんな彼をシレディアは、嬉しそうに微笑んで見つめる。
早くも2つ目のサンドイッチを手に取り、それを全部食べ終えた直後、再び部屋のドアをノックする音が聞こえる。
ポストルは、慌てて口内に残るサンドイッチを飲み込み、部屋のドアを開けるとそこには制服姿のミソンプがいた。
「み、ミソンプ?!」
「さっきの戦闘であんたの機体が攻撃を受けたって聞いたから心配で」
ポストルがシレディアを庇い、オニタの攻撃を受けたと整備兵から聞いたミソンプは、彼の無事を確認するため、慌てて彼の部屋を訪ねてきたのだ。
シレディア同様、自分のことを心配し、わざわざ部屋まで来てくれたことにポストルは、嬉しさと感謝から笑みを浮かべる。
「ありがとうミソンプ。見ての通り元気だよ」
いつも通り元気そうなポストルを見て安心したミソンプは、あることに気づき、目を細めて彼の口元を見つめる。
「……口の横に何かついてる」
ミソンプから指摘を受けたポストルは、恥ずかしさから赤面しつつ慌てて自身の口を拭く。
そこでようやく自分の口の横にサンドイッチのソースが付着していたことに気が付いた。
「何か食べてたの?」
「え?あ、うん。シレディアが作ってくれたサンドイッチを食べてたんだ」
予想もしていなかった衝撃的な回答を聞いたミソンプの眉毛が意図せずピクッと動く。
「シレディア特尉の……サンドイッチ?!」
ミソンプは、ポストルとドアの隙間から室内の様子を鷹のような鋭い目つきで素早く見渡す。
ポストルの部屋で平然と机の椅子に座り、こちらの様子を見つめているシレディアを発見した瞬間、ミソンプはポストルを鋭く睨み、身の毛がよだつ殺気を全身から放つ。
間近で殺気を感じ取ったポストルの額から自然と嫌な汗が自然と流れ出す。
「ど、どうしたんですかミソンプさん……?」
「別に……」
「よ、良かったらミソンプも中でお喋りしないか?」
ミソンプは、ポストルの提案に反応を示さず、腕を組んで不貞腐れた態度を見せる。
何故、ミソンプが急に不機嫌になったのか理由が分からないポストルは、困惑したまま立ち尽くす。
そこに不運にもシレディアを探して基地内を行ったり来たりしていたユノが合流する。
「ちょっと馬鹿ポストル!シレディア何処にいるか知らない?」
「ゆ、ゆ、ユノ中尉!?」
「さっきから探してるんだけどいなくて……っ!?」
ふとユノがポストルの部屋の中に視線を向けた時、遠慮がちにユノへ手を振るシレディアがいた。
それを見たユノは、ポストルが自分からシレディアを奪うため、無理矢理自分の部屋に連れ込んだと誤解し、全身から凄まじい殺気を放ち、眉間に皺を寄せ、鬼の形相でポストルを威圧する。
「あんたね!私のシレディアを部屋に連れ込んで何しようとしてんのよ!」
「つ、連れ込む!?ご、誤解です俺は」
「言い訳するつもり!?」
ユノは、素早い身のこなしでポストルの首を右腕で締め付け、ヘッドロックで彼の動きを封じる。
そんな賑やかな様子を物陰から見つめ、寂しげな表情を浮かべ、自身の胸に手を当てるサラリエがいた。
「ポストル……」
込み上げる独占欲と嫉妬心を抱え、サラリエは静かに立ち去るのであった。