黒の処刑人ー2
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ガルディアン第3支部基地内ー特別検査室
人工適合者や疑似人工適合者が所属するガルディアン基地には、彼ら専用の検査室が用意されている。
一般兵と違って人工適合者は、侵略者の血そのものが体内に流れている。
疑似人工適合者も人工適合者ほどではないが、侵略者の血が流れている。
そのため、月に1度、体に変化や異常がないか検査をする必要がある。
体内に流れる侵略者の血の濃度が上昇し、無作為に周囲の人間を襲うという事件が過去に数件発生したからだ。
初めてそうなった1人の人工適合者は、基地に帰還後、急に暴れ出して周囲の人間を襲い始めた。
侵略者の血が高まったことで、言わば暴走状態のようなものに陥ったと後の検査で判明した。
暴走状態に陥った人工適合者は、麻酔銃を撃たれて眠らされ、職員たちによって何処かに運ばれた。
その後、その人工適合者の姿を見た者はいないらしい。
現場にいた人たちは、揃って『まるで侵略者のようだった』と恐怖に満ちた表情で答えた。
それ以降も人工適合者や擬似人工適合者たちが突然暴れ出し、周囲の人間を襲うことがあったため、ガルディアンは定期的に彼らの体を観察する方針を定めた。
現在は技術が進歩し、例え濃度が急激に上昇しても専用の薬品を対象者に投与することで、症状を沈静化させることができる。
しかし、それでも万が一ということがあるため、手遅れになる前に対象者の身体に変化や異常が起きていないか把握しておく必要がある。
検査は培養槽に似た造形をした筒状のカプセル型装置を使って行われる。
中に入ると装置内が不気味な色合いをした液体で満たされ、対象者はその液体内で浮かんでいることしかできなくなる。
この液体を肺に取り込むことで呼吸が可能なり、液体内でも窒息する心配はない。
検査に要する時間は、その時々で左右されるが、凡そ1時間程度で終了する。
今回、検査を受けたシレディアは、現在に至るまで何度もこの検査を受けているため、すっかり慣れている。
無事に検査を終えたシレディアは、室内に隣接するシャワー室で体を洗い流す。
彼女の美しく整った裸体を生温い水滴がいくつも伝う。
「どうして」
検査中、液体に浸されながらとある出来事を思い出したことに疑問を抱くシレディア。
現在の愛機である黒いエグゼキュシオンに乗り換えたばかりの頃の出来事だ。
その頃のガルディアン第3支部基地には多くのパイロットが所属していた。
とは言え、まともな戦力と呼べるのは、シレディアとユノしかいないと言っても過言ではなかった。
決して彼女たち以外のパイロットたちの技量が低く、戦力にならないという意味ではない。
積極的に前に出てシレディアやユノと一緒に侵略者へ立ち向かう者がいなかった。
シレディアやユノという高い力を持つ存在に頼り、自分たちは安全圏で見守るだけ。
後方で待機という命令を受けた訳でもないのに彼女たちの陰に隠れ、自分たちは何もしない。
人工適合者や擬似人工適合者の人権を無視し、戦うだけの兵器として扱ってきたガルディアンの風潮が色濃く残っていた時代だったのもあるだろう。
上からの命令には渋々従うが、いざ実戦となれば我が身大事と言わんばかりの言動ばかりで戦力にならない。
時には何のためにエグゼキュシオンのパイロットになったのか、出撃する意味があったのかと問い質したくなることもあるくらい何もしないこともあった。
「あんな奴らのことを」
大して何もしない癖に我が身に危険が迫れば泣きわめいてシレディアやユノに助けを求める。
身勝手で貧弱な奴らと軽蔑しつつもシレディアは、何度もその者たちの命を可能な限り救ってきた。
しかし、全力を尽くしても助けられなかった者が1人でも出れば帰還後、その周囲の人間だけに留まらず、全く無関係な人たちから心無い批判や暴言を浴びせられた。
周りからどれだけ虐げられても人工適合者や疑似人工適合者は、侵略者と戦うしかなかった。
だからシレディアは、襲来する侵略者をなるべく1人で討伐する立ち回りになった。
圧倒的な力を持って情け容赦なく侵略者を狩る彼女は、いつしか『黒の処刑人』と呼ばれるようになった。
シレディア本人は、そのような2つ名で自分が密かに呼ばれていることなど知らない。
「なんで」
思い出したくもない出来事を思い出し、シレディアが長年蓄積し続けている秘めた負の感情が膨らむ。
感情が閉じ込めるように片手でシャワーの蛇口を締める。
検査中はただ液体の中を浮かんでいることしかできず、暇だったからだろうか。
それともポストルたち新兵が入隊したが、どうせ彼らも率先して戦おうとせず、自分やユノに頼るだけの貧弱で身勝手な連中だろうと内心で思っているからだろうか。
原因をあれこれ脳内で考えながら白いタオルで華奢な肉体に付着した水滴を拭き取る。
一通り水滴を拭き取ったシレディアは、美しい裸体をタオルで隠し、シャワー室を後にする。
「検査の結果は?」
シレディアは、シャワー室から出るや否や特別検査室にいる女性の担当者に今回の検査結果を聞く。
尋ねられた女性の担当者は、パソコンのキーボートを操作し、検査結果を見ながら答える。
「これと言って目立った変化や異常はありませんでした。ただ……」
「ただ?」
気になる最後の言葉にシレディアは、黒髪から水滴を滴り落としながら先を聞く。
「体内に流れる侵略者の血の濃度がいつもよりほんの少し高くなっています」
パソコン上で棒グラフ化されたシレディアのデータを見ながら話す。
「とは言え、このくらいなら今すぐ対処が必要なレベルではないですし、成長過程で侵略者の血の濃度が多少前後する事例もありますので問題ないかと」
「そう」
数値が1から3に上がったくらいの些細なものであり、検査時の体調によって数値が多少変化する場合もある。
シレディアがいつも大体同じ数値だったため、担当者の目に付いたのだ。
「念のためお聞きしますが、体の不調や違和感などはありませんか?」
「ない」
至って健康そのものであり、これと言って体に変化は見られない。
「それなら良かったです。あ、そういえば係の人がクリーニング済みのスーツを持ってきましたよ」
シャワー室からシレディアが出てくる数秒前に係の人間が、クリーニング済みの黒いダイレクトスーツをここに持ってきていた。
「着替える」
シレディアは、躊躇いや恥じらうことなく、無表情で体に巻いていたバスタオルを解き、堂々と自身の裸体を晒す。
同性の前とは言え、多少なりとも恥じらいを抱いても可笑しくないが、シレディアの場合、全く気にならないようだ。
担当者も見慣れた光景なのか気にすることなく、自分の業務を淡々と行う。
そして、机の上に置いてある袋に包まれた黒いダイレクトスーツを手に取り、袋を開けて中から洗い立ての匂いが漂うクリーニング済みの黒いダイレクトスーツを取り出す。
手際よく黒いダイレクトスーツに両足を通し、一気に胸辺りまで引っ張り上げ、両腕を通していく。
ゴム製で出来た黒いダイレクトスーツが、シレディアの胸や脇、臍などに隙間なく密着し、美しく整った彼女の華奢な体を際立たせる。
着替えを終えたシレディアは、黒いダイレクトスーツが入っていた袋をゴミ箱に捨て、特別検査室の出入り口に向かって歩き出す。
「ご無理しないように」
「……了解」
シレディアは、特別検査室の自動ドアを開け、そこを後にした。
「わたしは戦わないといけない」
その時、生まれながらにして鋭く研ぎ澄まされた直感が、シレディアに危険を知らせる。
「侵略者が来る」
直後、ガルディアン第3支部基地内に警報が鳴り響く。
続いて侵略者の出現を知らせるアナウンスが流れる。
『異空間の狭間から侵略者が出現!至急、パイロット各位は作戦司令室に集合してください!』
周りが一気に緊張感に包まれる中、シレディアは表情を変えず、落ち着いた足取りで作戦司令室へ向かうのであった。




