嫉妬ー2
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ガルディアン第3支部基地内ー2階廊下。
事務仕事の手伝いを終えたサラリエは、意味もなく2階の廊下を1人で歩いていた。
ふと窓ガラスに視線を向けたサラリエは、何かに気付いて足を止め、窓ガラス越しから桜の木が存在感を放つ中庭を見下ろす。
そこにはポストルとシレディアがいて、互いに肩を並べて木製ベンチに座り、何やら楽しそうに会話している。
ポストルが誰と交流を深めようが本人の自由であり、人間関係を築くのは何も問題はないとサラリエも頭では分かっているもののそれを良しとしない邪な心が彼女を縛り付ける。
本来、自分が立っていたポジションをシレディアに奪われてしまったような感覚が、余計サラリエの気持ちを焦らせ不安にさせる。
「ポストル……」
窓ガラスに手をかざし、愛おしそうにポストルの名前を呟くが、その声は中庭にいる彼に届かない。
ポストルが親しい人物と会話している時は、衝撃的な過去を思い出すことなく、精神的に安定した時間を過ごせていると傍から見ても分かる。
実際、ポストル自身もシレディアに限らず、親しい人物と時間を一緒に過ごしている時は、過去を思い出して精神的苦痛を感じることがないと自覚している。
言わばシレディアたちの存在が、精神病を患うポストルにとって強力な精神安定薬のような役割を果たしていると言えるだろう。
症状が酷い時だと両親を食い殺した侵略者の忌々しい鳴き声が幻聴として止まることなく聞こえ、ポストルの心身を疲弊させる。
時には夢にまで現れ、ポストルの睡眠を妨げることさえあり、症状が現れる度にガルディアンの医師から処方された精神安定薬を飲んでいるが、効き目が切れれば再び症状が現れる始める。
症状が酷い時は、なるべく親しい人物の前で精神的に辛い姿を見せないようにしているポストルだが、サラリエやタージュ、ミソンプは長い付き合いから彼の不調を察し、さり気なく彼を支えている。
「2人で何を話しているのでしょう」
笑顔を浮かべてシレディアと会話するポストルを見つめるサラリエは、意図せず脳内で昔の記憶を思い出す。
サラリエは、家族と一緒にとあるガルディアン支部基地が管轄していた領土内で、名家の1人娘として誕生し、不自由ない裕福な暮らしを送っていた。
ある日の夜、異空間の狭間から侵略者が出現し、いつものようにガルディアンは、侵略者をするため、基地から数機のエグゼキュシオンを出撃させた。
しかし、出撃したエグゼキュシオンは、侵略者の前に敗北し、基地内で待機していたエグゼキュシオンも侵略者と交戦したが全滅した。
ガルディアン支部基地が保有していた全てのエグゼキュシオンを退いた侵略者は、領土を囲む武装搭載型防護壁を破壊し、人類が築き上げた生活圏に侵入。
獲物である人類を発見した侵略者は、無我夢中で逃げ惑う人々を己の本能に従い、容赦なく様々な方法で殺して回った。
幼いサラリエは、家族と一緒に避難していたが、その最中、避難する人の波に流されてしまい、一緒に逃げていた家族と離れ離れになってしまった。
幸いなことにサラリエは、そのまま人の波に流され、人で溢れ返る避難用地下シェルターの中に運良く入り込むことができた。
それから数時間後、他のガルディアン支部基地が救援に向かわせたエグゼキュシオン部隊によって侵略者は討伐された。
ガルディアン職員に誘導され、避難用地下シェルターから出たサラリエの瞳に飛び込んできたのは、侵略者に蹂躙され、焦土と化した領土内の壊滅的な風景だった。
その後、ガルディアンの捜索により、サラリエの家族は、避難に間に合わず、領土内で侵略者に踏み潰され、全員死亡したと判明した。
家族を失い、孤児となったサラリエは、名家の1人娘という理由でガルディアンに保護され、戦力増強を企むガルディアン上層部の意向で、幼い頃から兵士としての厳しい教育を受けさせられていた。
そんな日々を送る中、侵略者と戦わなければいずれガルディアンに捨てられてしまうと思わせる出来事に直面する。
その頃、人工適合者や擬似人工適合者に対する非人道的な扱いが横行しており、使い物にならないと判断された人工適合者や擬似人工適合者が非道なやり方で処分されていた。
偶然それを目撃してしまったサラリエは、戦力にならないと判断されればいずれ自分も処分されるのではないかと恐怖心を抱いてしまう。
家族を奪った侵略者への復讐心よりも死にたくないという生への執着がサラリエを支配し、毎日強制的に繰り返される厳しい訓練に耐えた。
正式に訓練兵になってからは、より訓練が厳しくなり、成績が伸び悩んでいたサラリエは、このままではいずれ自分も使い物にならないと判断され、人工適合者や擬似人工適合者のように殺されると恐怖し、怯える毎日を過ごしていた。
恐怖がサラリエの成長を妨げ、それにより焦りや恐怖が増すという負のスパイラルに陥り、抜け出せない彼女をいつも隣で励まし、優しく支えてくれたのがポストルだった。
目の前で侵略者に両親を食い殺され、患ってしまった精神病に苦しめられているにも関わらず、いつも前向きに厳しい訓練に取り組み、周りに純粋な優しさを振り撒くポストルに自然と惹かれていった。
現在に至るまで何度か彼に自分の気持ちを伝えようとしたサラリエだが、いざ本人を前にすると上手く言葉が出ず、気持ちを伝えられないもどかしさを抱いている。
「なにボケっとしてんだよサラリエ」
過去を思い出していたサラリエは、背後からタージュに右肩を突然叩かれたことに驚き、体が反射的に跳ね上がる。
「い、いきなり何ですか!?」
「そんな驚くことねぇだろ」
顔を真っ赤にして大袈裟なまでの動揺を見せるサラリエにタージュは、その理由を心中で察しながらもあえて質問する。
「オレが近づいてくるのに気付かないくらい夢中で中庭を眺めていたみたいだが、何かあったのか?」
「べ、別に何でもありません!」
そう強く言い放ったサラリエは、その場から逃げるようにロボット歩きで去っていく。
明らかに動揺しているサラリエの背中を呆れ顔で見送り、1人になったタージュは、その場で溜め息混じりに独り言を呟く。
「ったく、相変わらずサラリエは分かりやすいな」
そう言い終えたタージュは、窓ガラスから見える中庭の光景を横目で見る。
常にポストルやサラリエと行動を共にしていたタージュは、サラリエの気持ちに気づいている。
直接サラリエ本人から聞いた訳ではないが、サラリエがポストルに見せる表情や仕草から彼女の気持ちを察した。
「肝心の鈍感モテ男は、シレディア特尉に夢中か」
中庭で桜を見つめるシレディアを目撃して以来、ポストルは、何かあればシレディアの名前を頻繁に口にしている。
ポストルとシレディアが互いに名前で呼び合うようになってからタージュやサラリエと行動するよりもシレディアと一緒に行動する頻度の方が多い。
証拠に以前からシレディアと仲が良く、常に彼女の隣にいたユノが嫉妬を露わにするくらいだ。
「ったく……」
その時、恐怖を駆り立てる警報がガルディアン第3支部基地内全体に鳴り響き、続いてオペレーターの慌てた声が流れる。
『異空間の狭間から侵略者が出現!パイロットは直ちに出撃準備を!』




