進展編ー4
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ガルディアン第3支部基地内ー食堂。
各ガルディアン支部基地には職員たちが利用する食堂があり、決められた時間に職員たちがそこで食事をする。
しかし、食堂と言っても自分の食べたい料理を好き勝手に選んで注文できる訳ではない。
提供される料理は、大抵朝昼晩と決まったものであり、主菜はポレンタ、副菜に豆とコーンのサラダ、薄味のコーンスープだ。
変化があるとすればスープが、薄味のオニオンスープになるか副菜がマッシュポテトになるかくらいの変化しかない。
大抵決まった料理しかガルディアン職員に提供されないのには理由がある。
1つ目は、侵略者の出現により、人類の約半分が壊滅し、食料自給率が極端に低下したこと。
2つ目は、食料自給率が低下している中、ガルディアンは、武装搭載型防護壁内部や外部居住区で暮らす人々に最優先で食料を配給しているからだ。
だからガルディアン職員は、ほとんど毎日変わり映えしない食事を朝昼晩と食べざるを得ない。
武装搭載型防護壁の限られた領地では、収容民全員の口を賄えるだけの十分な食料を確保できないのが現状だ。
皮肉にも侵略者のお陰で地球環境が復元され、減少傾向だった動植物や魚類の個体数は増加している。
各ガルディアン支部基地の許可があれば一般人でも定められた範囲内で漁や狩りを行うことが可能だ。
獲った魚や肉をガルディアンに売ることも可能であり、相応の値でガルディアンが買い取ってくれる。
しかし、いつ侵略者が出現して自分の身が危険に陥るか分からない状況で、好き好んで漁や狩りを行う者は極めて少ない。
そのため、流通している肉や魚の約8割が、人造や養殖のものであり、天然のものはあまり出回らない。
質素な食事でも食べれるだけでもありがたいご時世だが、代わり映えしない食べ飽きた食事に不満を抱いてしまうのが人の心だろう。
「……食べ飽きた」
ポストルは、他のテーブルで食事をする職員たちに聞こえないように気を遣い、小声で不満を口にした。
恐らく他の職員たちもポストルと同じような不満を抱いているだろうが、だからと言って堂々と不満を口にする人はいない。
「気持ちは分かるわ」
ポストルの向かい側に座り、一緒に食事をしながら冷静に言葉を返したクールな印象を受ける少女。
綺麗な紺色の髪を白いリボンで三つ編みに束ねた彼女の名前は、ミソンプ・ジャンティー。
ポストルやタージュたちと同期の新兵だが、新兵ながらベテランパイロット並みの実力を持つ。
その実力の高さからガルディアン本部直属の部隊にスカウトされたが、とある理由からミソンプは、それを断固として断り、ガルディアン第3支部基地所属を希望し、現在に至る。
「そういえば輸送中だった試作機2機が『クリミネル』に強奪されたって聞いた?」
食事しながらポストルは、いつものようにミソンプとの世間話を始めた。
「えぇ、ニュースで」
ポストルが口にした『クリミネル』という名は、ガルディアンが最も危険視している犯罪組織だ。
明確な目的は不明だが、ガルディアンに反旗を翻す行動からガルディアンを崩壊させ、世界支配を企んでいると推測されている。
クリミネルは、壊滅したガルディアン支部基地跡地や廃都市内に拠点を築き上げ、ガルディアン側に過激なテロ行為を繰り返す。
一部ではガルディアンに匹敵する戦力を保有しているのではないかと言われている組織が、昨日ガルディアン本部へ輸送中だった試作機2機を強奪した。
幸い負傷者はおらず、被害は試作機2機を奪われただけで済んだ。
「クレアシオン社の人や護衛してた人たちが無事だったのは良かったけど」
クレアシオン社とは、ガルディアン第10支部基地領土内に本社と大規模な工房を構え、エグゼキュシオンや侵略者用の兵器、パイロットスーツなどの開発及び生産を専門で行っている企業だ。
ガルディアン第4支部基地とガルディアン第8支部基地に支社を構えており、ガルディアンとは切っても切り離せない重要な関係にある。
「噂では護衛がいつもより手薄だったらしいけど」
ポストルは、意図的にクレアシオン社がクリミネルへ試作機2機を渡したのではないかと考察している。
何故なら、今回の強奪事件には不審な点が多いからだ。
あくまで噂であり、実際に現場を見た訳ではないため、何も確証はないが、クレアシオン社が派遣した護衛がいつもより手薄だったらしい。
また、いつも攻撃的かつ過激な行動を繰り返すクリミネルが、何も危害を加えず、試作機2機だけを奪い、退散したのも不自然だ。
もちろん負傷者が出なかったことは喜ばしいが、突然クリミネルが襲撃してきたにも関わらず、交戦した痕跡すらなく、試作機2機だけ綺麗に奪われた。
「もしそうならただの注意不足」
憶測をあれこれ議論しても意味がないと考えるミソンプは、左手に持つ銀色のスプーンでポレンタを掬い上げ、自身の口に運ぶ。
「そうかもしれないけど裏でクリミネルとクレアシオン社が繋がってるって噂を信じたくなるよ」
ポストルが今回の事件に違和感を抱く前からクリミネルとクレアシオン社が裏で繋がっているという噂がある。
根拠として、クリミネルが所有する機体や武器がクレアシオン社製のものばかりだからだ。
クレアシオン社側は、クリミネルとの繋がりを否定し、ガルディアンと侵略者が戦闘した際、廃都市などに破棄された武器や機体を回収して再利用している。
ガルディアン側が裏でクリミネルに対し、機体や武器を横流しているなどと主張している。
ガルディアン側は、クレアシオン社に依存しており、クレアシオン社との関係悪化を恐れ、これ以上強く主張できない。
また、クレアシオン社の主張通り、ガルディアン側にもクリミネルを支持している人が少なからず存在し、その人が裏で協力している可能性も否定できない。
「ポストル」
「ん?」
聞き覚えのある声で背後から名前を呼ばれたポストルは、スプーンを片手に振り返る。
そこには黒いパイロットスーツ姿のシレディアが、食事が盛り付けられたアルミ製のトレイを両手で持ち、これから食事するところだと見て分かる。
「シレディアも来てたんだね」
「うん、今来たところ」
「し、シレ……ディア?!」
ポストルがシレディアのことを平然と呼び捨てにしたことに衝撃を受けたミソンプは、左手に持っていたスプーンを落とす。
何故なら、ポストルが自分やサラリエ以外の異性を呼び捨てにしているところを見たことがないからだ。
ましてやポストルが呼び捨てにした相手は、階級が自分たちよりも上の上官であり、他者と積極的に関わろうとしないシレディアだ。
そんなシレディアのことを堂々と呼び捨てにし、呼び捨てにされたシレディアも嫌がる素振りを一切見せない。
それに加え、シレディアもポストルのことを平然と呼び捨てにしていたことからミソンプは、自分の知らないうちにポストルとシレディアが親しくなったと瞬時に察した。
「一緒に食べていい?」
「もちろんだよ」
快く承諾してくれたポストルの隣にシレディアが座り、彼と肩を並べる。
それを前にしたミソンプは、クールな表情が一変させ、ポストルを鋭く睨みつける。
正面から注がれるミソンプの鋭い視線を受けたポストルの額から自然と冷や汗が流れ出す。
「ど、どうしたんですかミソンプさん?」
「……別に」
ミソンプが急に機嫌を損ねたのか全く分からないポストルは、困惑しながら気不味い空気に包まれる。