進展編ー3
3
ガルディアン第3支部基地内ー休憩室。
ポストルとシレディアが一緒にガルディアン第3支部基地へ帰還してから数十分が経過した。
エロジオとの戦闘で攻撃を受けた2人は、ガルディアン第3支部基地に帰還した後、念のため、医務室で検査を受けた。
幸いポストルもシレディアも目立った外傷はなく、日常生活や任務などに支障はないと診断された。
診察を終えたポストルは、ガルディアン第3支部基地の男子更衣室でパイロットスーツからガルディアンの制服に着替えた。
その後、更衣室を後にしたポストルは、男女共有の休憩室に入り、簡易ベンチに座り、ガルディアンから支給された栄養ドリンクを一口飲む。
お世辞にも美味しいとは言えない味にポストルは、思わず口に含んだものを吐き出しそうになるが、それを堪え、表情を歪ませながら飲み込み、独り言のように感想を溢す。
「っ!あ、相変わらず不味い……ん?!」
ポストルは、突き刺さるような鋭い視線を休憩室の出入口から感じ、恐る恐る顔の向きを変える。
すると休憩室のドアの隙間から半面を覗かせ、ポストルをじっと見つめるシレディアがいた。
目と目が合っているにも関わらず、シレディアは無言でポストルに鋭い視線を送り続ける。
気不味い沈黙に耐えらなくなったポストルは、嫌な汗を流しながら遠慮がちにシレディアへ言葉をかける。
「ど、どうしましたシレディア特尉?」
「……少しいい?」
「えっ!?あ、はい」
ポストルの返事を聞き、休憩室の中に入ったシレディアは、ポストルの向かい側に座る。
「……」
「……」
しかし、対面したにも関わらず、2人の間に沈黙が流れ続け、シレディアが気不味そうにもじもじと両足を動かす。
一方のポストルは、栄養ドリンクが入った紙パックを片手に赤面し、横目でシレディアを何度も見返す。
(し、刺激が強い……!)
そう心の中で呟いたポストルは、どうにかして気を紛らわせるため、不味い栄養ドリンクを一気に飲み干す。
ポストルが赤面している理由は、ラバー製のパイロットスーツにより、シレディアのスレンダーな体型が際立っているからだ。
ガルディアン第3支部基地内で普段からパイロットスーツ姿で活動しているのは、シレディアとユノの2人しかいない。
そのため、女性のパイロットスーツ姿を見慣れていないポストルとって、目の前の光景は刺激が強く、胸の鼓動を高鳴ってしまう。
ポストルがパイロットスーツ姿のシレディアに赤面している中、シレディアが思い切って口を開く。
「さ、さっきは助けてくれてあ、あり、ありがとう」
シレディアは、頬を仄かに赤く染め、恥ずかしそうにポストルへお礼を言い、ペコっと頭を下げた。
エロジオ戦での救出に対し、シレディアから直接お礼を言われるなんて予想もしていなかったポストルは、普段と違った仰々しい彼女に恐縮する。
「そんなわざわざお礼なんて」
「……どうしてわたしを助けたの?」
唐突なシレディアの質問にポストルは、中身が空になった紙パックを目の前のテーブルに置き、正直な理由を述べる。
「仲間を助けるのは当然です」
「わたしが使い捨ての人工適合者なのに?」
「シレディア特尉は使い捨てなんかじゃありません。俺にとって失いたくない大切な仲間です」
「心の中でいつもあなたたちを軽蔑して酷い考えをしてたわたしでも?」
「えっ?!」
驚いた様子を浮かべるポストルに対し、シレディアは、周りを軽蔑するようになった経緯を話す。
シレディアは、科学の力により、純粋培養で人工適合者として生み出され、生まれながらにして並みの人よりも超人的な肉体を持つ。
さらにシレディアは、他の人工適合者と比べても高い能力を持つ特別な人工適合者の1人だ。
そのため、ガルディアン本部に所属していた頃、上層部の意向により、常に最前線で戦わされていた。
シレディアが最前線で戦わせることで、確実に侵略者を討伐してもらうだけでなく、ガルディアンの力を世に示し、他勢力や世論の抑止力にしたい思惑があった。
最強の駒としてしかシレディアを見ていないガルディアン上層部の歪んだ思考と差別意識が、自然と周りに伝染し、そのことがシレディアに対する周囲の差別意識を増長させた。
結果、シレディアと一緒に出撃したパイロットたちは、比較的安全な後方に下り、シレディアだけに戦闘を行わせていた。
援護などの支援を一切せず、侵略者と戦うシレディアを遠くから見守るだけで、出撃した意味があるのかと疑問を抱く程、エグゼキュシオンに乗ったまま何もしない。
しかし、その人たちもいざ自分たちの身に危機が迫ると一瞬で手のひらを返し、泣きながら命乞いし、シレディアに助けを求める。
その度にシレディアは、周囲の人間を『自分勝手で都合の良い奴等』だと軽蔑するようになり、他者に対する軽蔑と不満を強めた。
シレディアが最善を尽くし、侵略者を倒しても怪我人や犠牲者が1人でも出れば理不尽に責任を追及され、周囲から憎しみの矛先にされた。
幸いシレディアに暴力などの乱暴な行為をする者はいなかったが、言葉による暴力や差別が容赦なく彼女を襲った。
現在に至るまで1人の人間としてシレディアを見てくれる人は、ガルディアン第3支部基地司令とユノ以外には存在しなかった。
人間扱いされなかった過去からシレディアは、内心で他者を泣いて縋るだけの身勝手で貧弱な者たちだと軽蔑するようになる。
そんな彼女の心情や経緯をポストルが知る由もないとは言え、酷い考えをしていた自分を救ったことに対し、ポストルは後悔するだろうとシレディアは確信していた。
「酷い考えばかりしてきたわたしを……」
「そう考えるのは仕方ないですよ」
ポストルから罵声を浴びせられると覚悟していたシレディアは、予想外の一言に思わず驚き、俯いていた顔を勢いよく上げた。
シレディアの本心を聞いても嫌な顔をせず、ポストルは変わらず優しい表情をシレディアに向ける。
どうしてポストルが、酷い考えをしていた自分を軽蔑せず、そんな優しい表情を浮かべられるのかシレディアには分からなかった。
「誰だってシレディア特尉と同じ経験をしたらそう考えたくなくても考えちゃいますよ」
「で、でも」
「俺はシレディア特尉と一緒に帰還できて良かったです」
ポストルの本心から出た優しい言葉が、雲に覆われていたシレディアの心に一筋の光を齎し、影を落としていた表情が心なしか僅かに明るくなる。
自身の心拍数が高まりと顔が熱くなるのを感じたシレディアは、生まれて初めての異変に動揺を隠せず、両頬に両手を当てて俯く。
それを目の前で見たポストルは、急に顔を真っ赤に染めがら俯く彼女に疑問を抱く。
「大丈夫ですかシレディア特尉?」
「……名前」
赤く染まった両頬を両手で隠し、俯いたままシレディアは、震える唇で言葉を発した。
「な、名前?」
言葉の意図が理解できないポストルは、首を傾げて言葉を返した。
「戦いの時、わたしのことを名前で呼んだ」
そう言われたポストルは、脳内で先の戦闘を振り返るが、シレディアを救出するのに無我夢中ではっきり思い出せない。
言われてみれば階級をつけずに『シレディア』と呼んだ気はするが、確かな記憶は残っていない。
とは言え、シレディア本人がそう言うなら確かだろうとポストルは、慌てて頭を下げる。
「す、すみません!あの時は必死で」
大袈裟なまでのポストルの謝罪にシレディアは、困惑しつつも彼に言葉を返す。
「階級つけずに呼んでいい。その代わりわたしもあなたを名前で呼ぶから」
ポストルは、あっさりシレディアに許され、安堵した一方、シレディアからの提案に動揺を見せる。
「わ、分かりました……えっとし、シレディア」
「うん、ぽ、ポストル」
2人の中に羞恥が急激に込み上げ、互い違いに視線を逸らすのであった。