VSクロノⅠ
「ユート様!」
悲鳴に近い声を上げて、カトレアがユート様の下へと走っていく。自然と、私も足を進めていた。攻撃されるかもしれない。そんなことを心のどこかで考えながら。
幸いと言うべきか、不思議なことにと言うべきか、八魔将は攻撃を仕掛けて来なかった。ただ見逃して、私たちがコルネリア様のところへとユート様を運ぶことを見ているだけだったのだ。それだけ余裕があるのかもしれないけれど。
「早く……早く治療を!」
「お願いします!」
「は、はい!」
コルネリア様が魔法を使い、傷を塞いでいく。当然その間も攻撃をしない。悠然と佇み、どっしりと構えていた。でも、今の私たちにはそんなことを気にしていられる余裕はない。ひたすらに声を掛け、戻ってくることを祈るだけだった。
それを止めたのはアルヴァ様だ。彼は無情にも、私たちが目を背けていたことを言葉にした。
「もういい。これ以上は何をしても無駄だ」
「だ、駄目です!今止めてしまっては!」
「お前たちも気付いているだろう。もうユートは………」
「違います!まだ、まだ手はあるはずなんです!ユート様はまだ………!」
「呼吸は止まっている。鼓動もない」
「い、一時的に止まっているだけで………!」
「死んでいるんだ。諦めろ」
がくりとその場に膝をつく。視界がぼやけて、よく見えない。この人に会いたいと思って、ようやく会えたはずなのに、それなのにどうして。
認めたくない現実を突き付けられて、私の心は完全に折れてしまった。立つこともできず、何かをしようという意欲さえも湧いて来ない。いっそのこと、死んでしまいたいとも思った。
「ユート様……ユート様ぁ………お願いです………目を開けてください…………!」
カトレアがすすり泣く声が、どこか遠くのものに聞こえた。目の前で起こったことが現実であると認識できない。そんな気持ちだった。
「ふむ……もういいか」
クロノが何かを呟いた。ああ、殺されるのか。ぼんやりとそれだけ思ったが、逃げようという気は起きない。せめてユート様の近くで。彼に近付いて、抱き寄せた。
「………あ、れ…………?」
どこか、気の抜けた声が聞こえた。それは私が一番聞きたかった声で、もう聞くことはないと思っていた声だった。幻かもしれない。夢かもしれないと、思いながらも視線を下へと降ろしていく。
「ゆー、とさま………?」
「カトレア、なの……?どうして、ここに………?」
弱々しく、不規則ではあるが、息をしている。目がうっすらと開いている。そして、鼓動を刻んでいる。目の前の勇者様は生きていたのだ。それが今はひどくホッとして、意味をなさない声として口から漏れる。
「おか、しいな……もう夜だっけ………?」
ユート様が手探りで、何かを探すように手を伸ばす。勿論今は夜でなければ、辺りが暗いわけでもない。
「ユート様………?」
カトレアがハッとしたように、手を取る。私も手を取って、彼の目を覗き込む。
「ユート様……まさか………?」
私たちが慕っていた勇者様の目は、焦点を結んでいない。ただ、ぼんやりと虚空を見ているだけだ。その瞳に、光はなかった。
「何も……見えない………」
彼の視力は失われていた。ユート様が私たちを目に映すことは……もう、ない。
「そんな……そんなことって………」
カトレアの目に涙が浮かんでいく。私はなんとかできないかと、状態異常を解除する魔法や呪いを解く魔法を使って、その目に光を戻そうとした。けれど、どうにもならず。無力感で唇を噛むことしかできなかった。
「さて、そろそろ始めるか。勇者たちよ、その力の全てを持って私を倒して見せるがよい」
「てめえ……上等じゃねえか。こんだけのことしといて、ただで済むと思ってんじゃねえよ!」
ジリアン様が激情に任せて武器を抜く。凛花様も魔法で作り出した剣を構え、アルヴァ様は銃を向けた。
私も加勢に向かおうと、その場から立ち上がる。けれど、この手を放してしまったら、もう二度と握れないのではないか。そんな恐怖が襲ってきて、結局は向かうことができなかった。
「おのれぇ……忌々しい勇者共がぁ………」
唐突に聞こえた第三者の声。振り返れば、扉の前に老人の魔族が立っていた。ボロボロではあるものの、その目に映った狂気はとんでもないことを起こそうとしているように感じられた。
そして、それは間違いではなかったのだ。
「その男だけでも殺す!我が計画を台無しにしよって!」
魔族は私たちの方へと走り出す。狙っているのは、動けないユート様であったのだ。すぐに気付き、魔法を放つも止めることはできない。
「クロノ様に勝利を!死ねい、勇者!」
撃ち出される魔法の威力をせめて弱めようと、自分の身を前に出す。カトレアも同じことを考えたのか、私と同じようにユート様を後ろに庇った。
思わず閉じた目であったが、いつまで経っても衝撃が来なければ、痛みも来ない。いったいどういうことだと目を開ければ、信じられないものが見えた。
「クロノ、様……何故………?」
「この勇者は最後まで戦士として立派に戦った。それを侮辱することは、例え貴様であっても許さん」
八魔将の剣が魔族の身体を貫いていた。魔法は防がれ、私たちに傷を作ることはない。ドサリ、と魔族の身体が落ちて、血溜まりを作る。確認しなくても、事切れているのはわかった。
「どうして………?」
「先ほど言った通りだ。私はこの者に敬意を払っている。それを踏みにじることが気に食わなかっただけだ」
ぽたり。八魔将の背から何かが滴り落ちる。よく見れば、気付けたことだ。クロノと名乗った魔族の背には傷ができていた。明らかに、助からないであろう傷が。




