事後
(夢……じゃないか)
隣に目を向ければ、僕をがっしりと掴んで離さない獣人の女の子がいる。ここ最近は外を歩き回っていたせいだろうか。健康的に焼けた小麦色の肌が見える。布団が掛かっていなければ、大事なところまで丸見えだっただろう。腕に寄せられた双丘の柔らかさに、心臓が跳ね上がったような気がする。
頭を振って、なんとか変な考えを追い出そうとした。全然上手くいかなかったけど。それどころか、より強く昨日のことを思い出してしまった。カトレアから目も離せなくなってるし。
(カトレアがしてたのは、兵士の人たちがやってたことだよね……?確か、せいよくを発散させるためだ、って。カトレアにもあったのかな?)
正直、性に関する知識はまったくないと言っていい。ホムンクルスだったから知る必要もなかったし、年齢的にも早いから、ということで先生にも禁止されてたんだ。だから、この状況がどうしてなったのかも、どうするべきだったのかもわからなかった。
(前のとこで見た人たちは嫌がってたから、どんなものかと思ったら、ねえ………)
激しい刺激に、たちまち意識を失ってしまった。けれど、そこに不快感はなかった気もする。どちらかというと、快感の方が強かったような………
(これが味わいたいから、兵士もやってたのかな?まあ、それにしたって嫌がる相手をどうこうするのはよくないと思うんだけど)
やっぱり知識で済ませるのと実際に体験するのとじゃ違うよね、と思いつつ、散らかっていた服を手に取って自分で着ていく。流石にカトレアはまだ眠いだろうし。昨日と違って気分よく寝てるみたいだし、無理に起こすのもなんだかなあ、と思ったのだ。
着替え終わって、ベッドの上に腰を掛ける。ちょっと変な臭いはするけど、それは前の世界でもそうだったのでそういうものか、と納得している。考えているのは別のことだ。
(……嫌じゃなかった、んだよね………)
この行為は悪いものだ、と一方的に決めつけて、遠ざけていたのだけど。いざ同じ状況に陥ったというのに、まるで不快感がない。むしろ、どこかすっきりとしている。薄れゆく意識の中で、カトレアが謝っていたような気もしたけど、僕に手を出したことを嫌がっている素振りはなかった気がする。あの謝罪は僕に無理矢理したことに謝ってるんだと思う。……たぶん。
(これって何か特別なことだったりするのかな……?起きたらカトレアにでも聞いてみよ)
結局、考えることがめんどくさくなって、諦めることにした。そして、尿意を感じたのでそのままトイレに転移。出すものを出して、元の場所へと戻り………
「…………あれ?」
手を握ったり、開いたり。部屋の中を歩き回ったり、物を持ち上げたりしてみる。……問題なし。くんくんともう一度鼻で呼吸をしてみる。次いで、部屋にあった机を超能力で持ち上げてみた。
「……戻ってる?」
いや、正確には力は落ちている。でも、昨日まであったはずの倦怠感や、失っていたはずの感覚がいくらか戻っているんだ。どうしたことなんだろう、と首を傾げるも、答えなんて出るはずもなく。
うんうんと唸っている間に、カトレアの瞼がゆっくりと開いていった。
「あ、カトレア。おはよう」
「……おはよう………ございます………?」
いつものように、ぺこりとお辞儀をする。そこで自分の今の姿に気付いたみたい。一糸纏わぬ自分の格好を見下ろして、見る見るうちにその顔は赤くなっていった。
バッ!と布団をどけると、何かが垂れているのもわかった……気がする。というのも、すぐにまた隠しちゃったから。
「えっと……私………私、もしかして………?」
「……?どうかした?」
今度は一気に顔が青褪めていくカトレアに、やはり僕は首を傾げるだけだった。
「あ、あの、ユート様……?昨日のこと、どこまで覚えていますか………?」
「昨日?カトレアが僕を押し倒して、そのまま服を脱がして、覆い被さって来たことぐらい?何かされてることはわかったけど、すぐに意識失っちゃったし」
正確には、予想自体はついてるのだけど。でも、なんとなく話さない方がいいのかな、と思って黙っておくことにした。
カトレアは口をパクパクとさせて、あちこちを見回して、更には立ち上がろうとしてずっこけていた。頭から床に着地して、とても痛そう。僕は近付いて、大丈夫?と手を差し出す。
「……すみません………すみませんでした…………」
「何が?」
ひたすらに謝罪の言葉を繰り返すカトレアに、僕は疑問符しか浮かべられない。
「私は……とんでもないことをしでかしてしまって………!」
「ん?んー……別に、いつも迷惑かけてるのは僕だし、カトレアの我が儘を聞くことぐらい、なんてことはないけど………まあ、事前に相談ぐらいはしてほしかったかな」
けど、それぐらいだ。相手がカトレアじゃなかったらそれじゃ済まなかった気もするけど、今までのこともあるしね。少しぐらいはカトレアの好きにさせてあげたい、って気持ちがほとんどなんだよね。
でも、カトレアは自分を許せないみたい。それから、何度も何度も謝っていた。僕はひたすら宥めて、気にしないで、ということしかできなかった。
けれど……このときからだったんだ。運命の歯車というものがあって、それが狂い始めたのだとしたら。そしてそれは……とんでもない事態を引き起こすのだった。




