恋煩い
……最近、あまり眠れていない。寝ようとしても、なかなか寝付けないし、眠りについたところで、すぐに起きてしまう。前まではこんなことはなかったのに。
理由はもう気付いている。私は……あの人に恋をしているのだ。
※ ※ ※
「はあ………」
誰もいない廊下でため息をつく。その理由は簡単。先ほどのユート様の発言のせいでだ。
今も思い出すだけで、顔が赤くなってしまう。とてもではないが、今のこんな顔は誰にも見せられない。家族にも、家臣にも。いや、そういった人たちにこそ、見られてはいけないのだ。弱味を見せれば、それを取られて何を言われるかわかったものではない。
(とは言っても、それがいつまで続くのか、わかったものではないですね………)
私の結婚相手となるのは、恐らくどこかの貴族か他国の王子か誰かだろう。政略結婚に使われるのはわかっているし、その覚悟も済ませていたつもりだった。だから、恋などしない、と心に決めていたのに………
(あああ、もう、どうしてこうなるのでしょう………)
練習の場面を見られていて、とても恥ずかしかった。努力を見られるのが嫌なわけではないのだけど……あのとき、私は魔法に失敗していたし、そこそこ長時間続けていたこともあり、汗もかいていたはずだ。あんなところを見られたとなれば、顔向けできなくなるのも当然と言えば当然なのだ。
それでも、いつも通りに接してくれるのは嬉しかったし、昔から器用な方だっただけあって、褒められたことも少ない。気になっている人から褒められて、舞い上がらないわけがなかった。
(……いや、待ってください。話が脱線しています)
そうだ、そうではなかった。今は反省しなければならないことを洗い出していたはずだ。軽く頬を叩いて、元の思考に戻す。
問題なのは、あの発言の後のことだ。どうやら、ユート様は私に気が引かれているらしい。凜花様やコルネリア様と私と。どちらを優先させるかと聞かれたとき、迷わず私を選んでしまうらしい。加えて、ルーちゃんさんが私に厳しいことを言ったそうなのだ。そのとき、怒りまではしなかったものの、不機嫌にはなったらしい。さらには、昨日の火の鳥に構いっぱなしだったときも、同じように感じたそうだ。ここまで言われて、何も気付かないほど、恋愛のことを知らないわけではなかった。
勿論、そんなことを言われてしまっては、気分が高まらないはずもなく。ユート様の会話の内容もほとんど耳を通り過ぎていた。しかも、覚えてる内容もひどいもので、私にとって都合がいいようなことだけだった。具体的には、これってシルヴィアさんのことを好きってことなのかな?とか、でも、ルーちゃんは気になっているみたいって言ってたし、とか。肝心のどうして魔法の暴発から助かったのか、という部分を聞いてなかったのだ。
(完全に無礼なことをしてますよね………)
でも、ユート様なら許してくれるのではないか、とも思う。私を利用しようとか、弱味を見つけようとか、そんなことも考えてないはずであるし。それなら、このまま彼と付き合ってしまった方が……
(って、やはりその思考に行き着いてしまうのですか!?)
なんだか、グルグルと同じところを走っている感覚に陥る。私自身、ユート様のことを好きなのだから、もしかすれば両想いとなる可能性がありもすれば、こうなるのは当然と言えるかもしれない。
(はあ……ここで考えていても仕方ありません。部屋に戻りましょう………)
誰もいないとはいえ、ここを偶然通り掛かる人がいないとは限らない。こんな姿を見られれば、とてもではないが、恥ずかしくて死にたくなりそうだ。再び辺りを見回す。……今度はユート様はいなかった。少しホッとした。
(能力が能力ですから、驚かされてばっかりなんですよね………)
炎を操り、物理法則を捻じ曲げ、思考を読み、物質を変え、未来を知り、念じるだけで物を動かし、一瞬で別の場所へと跳ぶ。しかも、一つ一つの力が桁違い。間違いなく、歴代の勇者の中で最強と言えるのではないだろうか。……不自然に消されていたあのときの勇者を除いて。
(……剣の一振りで、海を割るってどういうことですか。魔法ならまだしも、何故そんなことができるのか、不思議でなりません)
記録から消されていたあのジョーカーの勇者も、ユート様に負けず劣らずおかしい。いや、原理がわからない分、ユート様よりもひどい。……贔屓目が入ってないのかと言われれば、何も言い返せないのだが。
そんな考え事をしていたからだろうか。誰かとぶつかってしまった。
「すみません、不注意でした……って、え?」
「も、申し訳ありません!……あれ、シルヴィア姫殿下?」
「あなたはカトレアさん……でしたよね?どうしてここに………?」
そう、私とぶつかったのはユート様のメイドである、獣人の少女だった。けれど、こんなところに用事があるのだろうか?ここはあまり人が通らない場所であるし、通ったとしても私か、私に用事がある人だけだ。
なぜなら、ここはお母様が暮らしていた場所で、今は私が使用している場所だからだ。後宮、とも言うだろう。そこで私は一人で過ごしているのだ。理由はお母様といた時間が薄れていくのが怖いから。そんな思考に苦笑してしまう。どれほど取り繕ったところで、私もまだ子供なのだとわかるからだ。
カトレアさんは獣の耳をペタンと下げながら、困ったような顔をした。何か、いけないことでも聞いてしまったのだろうか。
「……ユート様が部屋からいなくなってしまったんです」
「……………はい?」
少しの間だが、思考が停止した。聞き間違いかと思い、もう一度問い返したのだが、答えは変わらなかった。
「ですから、ユート様がいなくなってしまったんです。何も言わずに、どこかにふらりと消えちゃって……だから、今探しているんです………」
「ああ、そうですか………」
カトレアさんの目が死んでいる。なんだか、同情してしまった。確かに、あの人の世話をするのは大変なのかもしれない。
「……!ユート様!?」
いきなり耳がピンと立ったカトレアさんを見て、見ているこちらが驚いてしまった。カトレアさんも驚いていたけど。
『あ、これで聞こえそう?シルヴィアさん、大丈夫?』
「ゆ、ユート様?もしかして、これは………?」
『ああ、うん。『思考共有』を使ってるんだ。心配掛けちゃったみたいでごめんね?』
『本当ですよ!なんで黙ってどこかに行くんですか!?』
声には出していないけれど、カトレアさんは相当ご立腹の様子だった。表情はホッとしている様子だったけれど。
『うん、ごめん。今、ジリアンさんと街に出てるんだ。何かあったら、ジリアンさんがどうにかしてくれるみたいだし、心配ないよ』
『……本当ですか?』
『ああ、嬢ちゃん、心配しねえでも大丈夫だって。なんかあったら、引き摺ってでも帰ってやるさ』
『それならいいんですが………』
『……僕の信用って、そんなにないのかなあ?』
ユート様は少し落ち込んでいる様子だ。でも、ユート様はいつも無茶をしているから、仕方ないのではないかと思う。というか、能力たちにも信用されていなかったし。
『ないです。とにかく、無理だけはしないでくださいね?クロさんもいるでしょうから、ちゃんと頼ること。いいですね?』
『うん、わかったよ。カトレアは心配性だなあ』
『そんだけ手が掛かってるってことだろよ。そんじゃな。暗くなる前には帰るようにするわ』
『わかりました。お願いいたします』
その場でぺこりと頭を下げて、声が途切れた。恐らく、これが切るということなのだろう。そして、カトレアさんは私にも頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました。では、私はこれで」
「あの、待ってもらえませんか?」
カトレアさんはそのまま去ろうとしていたのだけれど、私は何故かその背に声を掛けてしまっていた。彼女は不思議そうな顔で、私を振り返る。
「その、少しだけ話をしていきませんか?……ユート様のことで」
「はい?」




