後宮で
……気まずい。すごく気まずい。目の前で居心地が悪そうに座っているカトレアさんを見ながら、そう思う。誘ってみたはいいものの、まったくと言って言葉が浮かんでこないのだ。
(な、なんて話しかければいいのでしょう………?)
ユート様のことをどう思っているのですか、と聞こうか?いや、それだと私が彼に惹かれていることが気付かれはしないだろうか。では、世間話から始めようか?……それだと、なんだか苦労話ばかり聞くことになりそうだ。
「あの……どうして私は呼び止められたのでしょう………?」
何か粗相をしたのか、と不安そうな様子だった。彼女は獣人であるし、呼び止められることは叱られると思ってしまうのかもしれない。私は慌てて首を振った。
「い、いえ、特に叱るつもりなどはないのです。むしろ、あなたはよくやってくれていますよ」
そう、この少女は十分によくやってくれている。あっちこっちにフラフラして、常識はずれで無茶な行動ばかりして、挙句の果てには一度城を追放されたユート様に、文句一つ言わずに……いや、言っているかもしれないが。それでも、見捨てることなく、ずっとお世話をし続けている。これは高く評価できるだろう。それができる理由は恐らく……
ホッとした様子のカトレアさんを前に、一旦目を閉じて大きく深呼吸をする。そして、目を開いたときには覚悟を決めていた。
「カトレアさんはユート様のことを好きなのですか?」
「……?はい、そうですけど………」
ああ、たぶん間違えている。素直に頷いた彼女に、私は首を振った。
「いえ、従者と主の関係ではなくて、です。あなたは、彼のことを異性として好きなのですか?」
カトレアさんの顔が一気に赤くなった。挙動不審になり始め、何か言葉を探している。その様子だけでも、答えにはなっているというのに。私の胸の中にはもやっとした何かが生まれていた。
「そ、そういう、姫殿下の方こそどうなのですか!いつもチラチラ見ていますよね!?」
「なっ……!ち、違います!それは偶然です!」
急な反撃に、心臓が飛び跳ねる。必死に顔に出さないようにしながらも、叫び返していた。
「偶然なんかじゃないです!昨日の食事のときだけでも、10回以上は見てました!」
「数えてたのですか!?い、いえ、そうではなくてですね!大体、あなたがユート様に送る視線だって熱っぽいじゃないですか!」
段々と、言い合いが熱くなっていく。冷静になれればよかったのだが、譲りたくない譲れないという感情が強くなりすぎてしまい、とうとう口に出すつもりのなかった言葉がこぼれてしまう。
「ええ、好きですよ、彼のことは!あなたはいいですよね、いつも一緒にいれますし!胸も大きいですから、さぞ有利でしょうに!それに、彼のこともよく知っていますし!」
「……ッ!それなら言わせてもらいますけど、あなたの方こそどうなんですか!お姫様で、頼られて、それに才能もあって、綺麗で!なんですか、それ!恵まれ過ぎていませんか!」
「こんな地位、ただ迷惑なだけです!周りを気にしながら生きていく人生なんて、うんざりするほど疲れます!」
「私だって、この見た目のせいで迫害され続けてきたんです!どこに行っても差別されて、生きていくのにも一苦労だったのに!」
もはや、互いの立場のことなど気にせずに言いたい放題言っていた。そんなとき、急に声が掛けられた。
「あらあ、青春してるわねえ」
「年を食った女のようなことを言うな、貴様は」
「あら?何か言ったかしら?」
「……いや、何も?」
聞き覚えのある声に、恐る恐る振り返る。カトレアさんも同じような動きをしていた。
「あら、気付かれちゃったわね」
「白々しい。気付かせる意味も込めて、声を掛けたのだろうに」
青い髪をした、これまた胸の大きな女性と、いつも通りの黒い狼の魔物がそこにはいた。女性の方は微笑ましいものを見るかのように、私たちを見ている。魔物の方は呆れたような顔だ。
「ねねねねねねね姉様!?いつからそこに!?」
「く、クロさん!?どうしてここにいるんですか!?」
「そうねー、勇者君のことを好きなのか聞き始めたときかしら?」
「何故と言われてもな。主が帰って来たからだが?」
あの魔物の言葉にドキリとする。いや、あの魔物がいた時点で、その可能性はあって当然だったのだ。姉様と魔物の後ろに視線を送る。そこには……
「えっと、喧嘩は終わったのかな?なら、いいんだけど………」
私たちが動きを止めたことで、安心した様子のユート様がいて。
「……アノ、ユートサマ?イツカラソコニ?」
「……?なんで片言なの?それはそうと、シルヴィアさんがええ、好きです、って叫んでたときからだけど………」
顔からサッと血の気が引いていく。どう考えても、嫌われたとしか思えない。同じことをカトレアさんも考えたようで、顔を青ざめさせていた。
「で?感想はどう?」
ニヤニヤと面白いものを見たかのように、頬を緩ませている姉様。……間違いない、絶対に元凶はこの人だ。ユート様はうーん、と声を出しながら、いつもと変わらない様子で私たちに話しかけた。
「やっぱり、二人には仲良くしてほしいかな?どっちのことも好きだから」
「あらあら、よかったわね、二人とも」
私たち二人に笑いかける姉様だったけれど、私もカトレアさんも顔を赤くして、俯くことしかできなかった。
※ ※ ※
イヴ=フォン=シュレンブルク。シュレンブルク王国の第一王女であり、私とは腹違いの姉に当たる。正妻であるあの人の子供の中では、唯一私と親しくしてくれる優しい人だ。母がいたこの後宮で暮らせるのも、姉様が父を説得してくれたのが大きいだろう。
女王としては一歩及ばないまでも、周囲からの信頼も厚いし、性格も慈愛に満ちたような聖人らしさもある。だが、長く付き合っていると、それは違うことがよくわかる。
「あらあ?じゃあ、恋がわからないけど、もしかしたら恋をしかけているって状態ってことかしら?いいわねえ、ちなみに本命はどっちなの?」
「うーん……まだわからないや」
「なるほど、つまりはまだどっちに転ぶかわからないってことね。面白くなってきたじゃない!」
そう、この人は好奇心旺盛で、人をからかったり、弄ったりすることに生きがいを感じているのだ。しかも、好奇心をそそるのは主に恋愛関係。身分違いの恋から、ごく普通の恋。ロマンチックなものから、何の変哲もないような恋話にも食いついてくるのだ。姉様は恋するものの味方をしたがり、そこに貴賤や種族などはまったく関係ない。そんな姉様が私たちの関係を知れば、する反応は一つというわけで。
「で、シルヴィはそこら辺どうなの?嬉しかったりするの?初デートはどこに行きたい?」
「姉様!私は一国の姫なのですよ!そんなことが許されるわけが………」
「嬉しいことは否定しないのね。ふふん、それにそんなことは心配しなくても大丈夫よ。王になるのはゾランにでも丸投げして、お父様に直談判すれば解決ね!お母様と大臣をけしかければ一発よ!」
「姉様………」
この人は破天荒すぎる。何故この性格で、あれだけ皆に慕われるのかがわからない。いや、この性格だからなのかもしれないのだが。私は肩を落とした。
「カトレアちゃんだっけ?あなたはどう?好きって言われて胸が高鳴ったりしたのかしら?キスの一つでもしたくなった?」
「そ、そそそんな!お、恐れ多いです!」
「でも、したいんでしょう?いいのよ、本人が気にしてないのだし。本当に好きなのなら、押して押して押しまくるだけよ!」
カトレアさんは顔を赤くして、俯いている。姉様に捕まれば、根掘り葉掘り聞かれるのは時間の問題。聞かれていた時点で、私たちの未来は一つだったのだ。
「んー、私としては小さい頃からシルヴィを見てきたのだから、シルヴィを応援したい気持ちもあるのだけど……カトレアちゃんもいい子よねえ。どっちも応援したいわ」
唇を尖らせながら、姉様が腕を組む。そうすると、大きな胸がいっそう強調されるわけで……自分の胸を見下ろし、ため息をついた。そんな様子を見たのか、姉様がポンポンと頭を撫でる。
「大丈夫よ、シルヴィ。女の価値はそんなところで決まらないわ。そもそも、あまり興味がないみたいだしね」
その言葉に驚き、ユート様を見れば、きょとんとした目で私とカトレアさんを見ているだけだった。姉様もたまには見ているけれど、私たち二人の方が圧倒的に長い。
「たぶん、純粋に好意を向けられるのが嬉しいのね。これからも積極的にアタックしなさいな。あなたを好きになってくれるわよ?」
「で、ですから、そういうのは……」
「はあ、もう。そういうのはあなたの悪い癖よ?そんなことは気にせず、好きに生きなさいな。一度しかない人生でしょう?」
少し感動しそうになったけれど、思い止まる。何かを見落としているような………
「で、本音は何なのだ?」
「面白そうだからに決まってるじゃない!」
ガクッと力が抜ける。そうだった、この人はこういう人だったのだ。
「あ、でも、二人とも選ぶっていうのも面白そうね。どう?頑張れそう?」
「え、何が?」
「シルヴィとカトレアちゃん。どっちも守る覚悟はある?」
「うん」
姉様は脅すような口調だったけれど、ユート様は頷いていた。何の躊躇もせず。
「……無くしたものはいっぱいあるけどね。この世界に来て、大事なものができたんだ。だから、ほんとに大切なものは離したくない。そう思うんだ。僕の我が儘かもしれないけど、それでも守りたいって気持ちは本物だし、そのせいでどれだけ戦うことになっても構わないよ」
笑っていたように思える。感情がなかった彼が初めて見せたその笑みは、その名の通りに本当に優しそうな顔だった。その笑顔を見て、心臓が締め付けられるように痛くなって、でもそれがけして不快などではなくて。私は、何を考えていたのだろうと思ったのだ。
※ ※ ※
「じゃ、私はこれで行くわね。面白いものを見れたしね」
そう言って、姉様は手をひらひらと振り、風のように消えてしまった。相変わらず、無駄なときにフットワークが軽い人だ。恐らく、あの人の信用できる人にでも、今日の話を言いふらすのだろう。ため息をついてしまう。
「じゃあ、そろそろ僕も戻るね。カトレアが休むように言うだろうし」
「当たり前です」
「ほら。あ、でも、その前に」
どこかから何かが二つほど取り出された。目の前に下げられたそれは、銀色のネックレスと赤いネックレスだった。色が違うだけで、装飾は同じだと思う。
「ええと、これは?」
「銀色のがシルヴィアさんので、赤いのがカトレアの。ジリアンさんと街に出たとき、買ってきたんだ。気に入ってくれるといいんだけど」
「それは……ありがとうございます」
表情を取り繕うつもりだったけれど、考え直してやめた。彼がこんな風に自分で考えて、自分で何かをしようとする気持ちを無下にしてはいけないはずだ。それに、嬉しいことは本当なのだから。
「それじゃ、シルヴィアさん。また後でね」
「あの、ユート様?」
背を向けて戻ろうとした彼の腕を掴んでしまう。我慢するはずだった。でも、姉様とユート様の言葉で思い直してしまったのだ。
――――このままでいいのか、と。
「シルヴィと。これからはそう呼んでもらえませんか?さんもなしで」
「……?シルヴィ……って呼んでってこと?」
「はい」
「別にそれは構わないけど」
ただ愛称で呼ばれただけなのに、それがとても嬉しかった。私の顔を見て、不思議そうではあったものの、なんでもないとわかったのか再びユート様は手を振った。
「また後でね、シルヴィ」
「はい、また後で」
ユート様の後にカトレアさんも続こうとした。その背中に、私は小さく囁いた。
「私は隠しはしませんよ、もう。だから、あなたも遠慮はしないでください。カトレア」
「……私だって、負けませんよ。シルヴィアさん」
このとき、やっと彼女と。カトレアと同じ位置に立てた。そんな気がした。




