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僕を救ってくれたのは

 ぼけーっとただ空を見つめる。こんなにのんびりしていられるのも、仮初めとはいえ平和であるからなんだろうね。少なくとも、むこうじゃぼんやりしてたら怒られるか、死ぬかのどちらかだったから。何も考えずにここにいられるのは、きっととても幸せなことなんだと思う。

 先生だったら、今の状況を見てどう思っただろう。一人だけ平和な世界に来て、僕を恨んだだろうか?少し考えて、ないなと首を振った。先生は僕を本当の子供として思ってくれた。そして、親よりも先に子供が死ぬことほど辛いことはないわ、とも。きっと、今の状況を見守ってくれてるんじゃないだろうか。そもそも、僕が嫌いなら初めから庇わなければよかったのだ。関係が希薄なら、あんなことをする必要はないはずだし、やっぱり大事に思ってくれていたのだろう。


 「ユート様?どうかされたんですか?」

 「ん?ああ、なんでもないよ。ただ、考え事をしてただけ」

 「考え事、ですか?」

 「うん。ちょっと先生のことをね」

 「そう、ですか………」


 後ろから突然現れたカトレアに驚きながらも、きちんと答えた。先生からはコミュニケーションは大事なことなんですよ、って教えられてたし、わざわざ隠すようなことでもなかったし。でも、答えたときに何故かカトレアは顔が曇ってしまった。どうしたのだろう?


 「その、ユート様は……先生という人のことが好きだったのでしょうか?」

 「……?そりゃ、好きに決まってるじゃない」

 「そうではなくて!その、異性として好きだったのかな、と………」


 絞り出すような声を前に、僕はますます戸惑うだけだった。異性として好き、とかいうことはよくわからないのだ。それをそのまま伝えることにした。


 「んーと、カトレア。その異性として好きか、っていうのがよくわからないんだけど………」

 「……へ?」

 「いや、なんて言えばいいんだろ……好きって気持ちに、違いとかあるのかな?そこからよくわかんないんだけど………」

 「えええ!?」


 正直に気持ちを伝えると、カトレアがひどく驚いていた。そんなに驚かせるようなこと言ったっけ?


 「諦めろ、カトレア。今の主にはそれは難題過ぎる。時間を掛けるしかないだろう」

 「じゃ、じゃあ、先生という方を好きだというのは………?」

 「家族に対する親愛のようなものだな」

 「う、うきゃあああぁぁぁぁぁ!」

 「カトレア?」


 いきなり顔を強張らせたかと思うと、奇声を上げ始めてしまった。何があったんだろう?


 「主が知るにはまだまだ時間が掛かるだろうな」

 「そうなの?」

 「そうだ」

 「ふーん………」


 頭を抱えて、僕から顔を背けているカトレア。今は何を考えているのだろう。ちょっとだけ気になった。

 そういえば、いちいちオーバーにリアクションを取る人がもう一人いたっけ。あの人もまた、僕を見守っているのだろうか。……きっとそうだろう。あの人は過保護なところがあったから、危ない目に合うたびに顔を青くしていたかもしれない。


 「そうだ。カトレアには話とこうかな。もう一人、僕を人として見てくれた人のこと」

 「……はい?」

 「いや、聞きたいかなって思って。勿論、嫌だったならいいけど………」

 「そ、そんなことはないです!ぜひ聞かせてもらえればなあ、なんて!」


 いきなり迫られて、目を白黒させたけど、ここまで興味があるなら言い出した甲斐があったかもね。カトレアを前に座らせて、静かに語り出す。


 「あれは何年くらい前だったかな……確か、6年だったような気がするかな」


※               ※               ※

 あのとき、僕はとある作戦行動中だった。敵軍と交戦状態にあった僕たちの軍は、敵の勢いを削ぐために補給地点を狙うことにしていた。その日に狙ったのは食料を補給している村。こちらの食料も補給できるようになるし、略奪を行おうとされていたのだった。

 結果は勿論、あっさりと陥落。僕たちの軍の手に落ちた。そもそも自陣にいきなり敵が現れて、動揺するなという方が難しい。動揺していた駐屯兵たちは、あっという間に殺されていった。そして、略奪が行われたのだ。僕も価値のありそうなものや、年若い女を見つけたら連れてくるように言われた。それは命令だったし、逆らえるわけがなかったんだ。


 一つ一つ家を回って、命令にあったような人や物を探す。けど、僕のところは大体が逃げ出していたところのようで、大したものはなかった。まあ、物はいくつかあったから、取っておいたけど。

 そうして探していると、その軍の総監督さんに会った。その人はもう無駄だとわかったのか、僕にこれ以上は命令に従わなくてもいい、ということを言って、待機しておくように命令したんだよね。僕はその命令に従って、休憩用のスペースまで向かった。


 そんなときだった。たまたま、息を潜めて僕をやり過ごそうとしている人を見つけたんだ。隠れ方はお粗末で、他の誰かが来たら見つかりそうな隠れ方だった。僕はそっちに向かって、隠れていた二人を捕まえた。親子なんだろう、顔立ちはよく似ていた。母親の方は少し年を取った様子ではあったけど、問題ないという人が多そうだった。娘の方は幼さを残していたものの、十分に元々の命令に引っ掛かるくらいの可愛さだった。二人とも金色の髪を伸ばし、質素な服を着ている。あまり裕福ではなかったのかもしれない。

 僕に見つかったことに気付くと、母親の方は膝をついて僕に懇願してきた。


 「お願いです!この子は、この子だけは見逃してください!こんな子まで殺さなくても………!」

 「……いや、たぶん男の人たちに楽しむ目的で使われるだけだと思うよ?使い道がある分には、まだ生きられると思うけど」

 「それなら、この子だけでも逃がしてあげてください!お願いします!私はどうなっても構いませんから………!」

 「うーん………」


 命令を解除されているから、別に逃がしても構わなくはある。でも、勝手に逃がしたことがばれたら、報酬が減らされるんじゃないだろうか?そうすれば先生に迷惑が掛かるし、今のあの人にはお金が必要なはずなのだ。あまりそういうことは避けたい。


 「ああ?おい、そいつらはお前が見つけたのか?」

 「……あ、うん」


 唐突に後ろから声を掛けられた。振り向けば、同じ軍の兵士だった。舌なめずりをしているところを見るに、早速お楽しみに入りたいらしい。母親の方は絶望したような顔になっている。


 「使わせろよ。ホムンクルスにゃ要らねえだろ?」


 僕を押しのけて、二人を掴もうとする。けれど、その手を僕は捕まえていた。


 「おい、これはどういうつもりだ?」

 「僕が見つけたんだし、別にいいでしょ?命令されてたわけでもないし」

 「……てめえ、どうなるかわかってんのか?」

 「落ち着いてよ、何も二人ともってわけでもないし。あっちの娘の方は貰わせてよ。それくらいいいでしょ?」


 その兵士は少し考えていたけれど、僕に向けて手を出していた。


 「てめえが見つけた金目のもんをよこせ。それで許してやる」

 「いいよ」


 そこまでほしいものでもなかったし、あとで接収もされる。僕にとっては無用のものだった。


 「へへへ、なら好きにしな。あっちは貰うからな?」

 「うん。好きにすれば?」


 兵士の手が母親の方へと伸びた。今度は僕も止めなかった。最後に、あの母親の人がひどくホッとした様子だったのが印象的ではあった。僕は娘の方と共に、僕が休む場所へと向かった。

 転移を使えば一瞬で着き、簡素なベッドが用意してあった。僕は金髪の子に近づいて、様子を確認しようとした。けれど、それをする前に……


 ――――パチン、と大きな音がした。

 僕の頬をビンタされた音だった。振り切った手と共に、顔が見える。彼女は怒っているようだった。


 「なんで……なんでよ!なんで母さんを助けなかったの!」


 それが僕と姉さんとの初めての出会いだった。

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