戦いの後で
舗装された道の上をゆっくりと歩く。その理由は当たり前。早く歩くと、疲れてしまうからだった。こういうときに限っては、自身の体力の低さを恨めしく思う。まあ、これがなければ困ることもあるし、なくなってしまえとまでは言わないのだけれど。いざとなったら、カトレアかクロ辺りにでも甘えるとしよう。今さら遠慮はしなくてもいいと思うし。
「あ、あの、ユート様?本当に大丈夫ですか?」
「ん……?ああ、大丈夫大丈夫……まだいけるよ……たぶん」
ぜーぜーと息を上げながらも答えた。その様子にカトレアは呆れた様な顔をして、ひょいと僕を抱えた。お姫様抱っこで。
「……あのさ、これ、僕がすごく情けなく感じるんだけど………」
「それなら、体力をつけてください。話はそれからです」
「それは無理かなあ……あれを使う上では、身体能力のスペックを極限まで下げなきゃいけないらしいし」
「つまり?」
「天は二物を与えない、ってこと。もしあの力を持ったまま、身体能力まで高かったらどう思う?」
「……うーん、言いにくいことなんですけど……人間っぽくないと思います」
「でしょ?そういうことなんだよ。何かを手にするには、何かを捨てなきゃいけない。それが鉄則みたいなものだしね」
おどけた様子の神様を思い出す。そういえば、この世界に来る前にあの神様が最後に出した贈り物。それが先生とある人、それに他のホムンクルスたちを一緒に埋葬してくれる、ということだった。だから。
「ねえ、カトレア」
「なんですか?」
「カトレアはさ。僕がここに残ってほしい?」
「……え?あ、ええっとですね。その、私はユート様が好きなようにしてくれれば………」
「カトレアの本音が聞きたいんだけど。僕がそれでどう思うかは考えなくてもいいよ」
「でも………」
「あんまり隠してるようだったら、強制的に覗くよ?それでもいい?」
いつまで経っても話そうとしないようなので、ちょっと脅してみる。すると、効果は覿面だったようだ。慌てて声を上げた。
「ま、待ってください!言います!言いますから!」
「それでいいんだよ」
「うう……ひどいです」
「それで?どっちなのかな?」
一旦降ろしてもらって、正面から向き合う。カトレアは顔を赤くしながらも、何度か視線をあらぬ方にやり、最後に僕の方を向いてしっかりと伝えてきた。
「……帰ってほしくないです。ここにいてほしい。私と一緒にいてほしいです」
「そっか」
「でも……ユート様には、待っている人もいるのに……私………!」
「いないよ、誰も」
「え……?」
「ううん、言葉足らずだったかな。僕を人として待っている人はもう誰もいないんだ」
今の僕はどんな顔をしているだろうか?感情が芽生えたことで、どうなっているか。それすらもわからなくなってしまった。けれど、それでいいのだと思う。こんなくだらないことで悩めるのも、僕が『人』であるということなのだろうから。
「そんな……だって……そんなの、あまりにも………」
「だからさ、ここに残りたいかな。僕自身は。こっちならクロは話せるし、あっちこっちでドンパチやってないし。それに、僕を僕として見てくれる人もいるしね」
「……………」
「魔族がいなくなっても、僕は残るよ。こっちの世界に。平和になったら、今度はもっと安全に旅ができるといいよね」
「そう、ですね……そのときは、私もついていってもいいでしょうか?」
恐る恐るカトレアが聞いてくる。でも、そんなの答えは一つしかない。
「カトレア?わかってないね」
「え?何をですか?」
「自慢じゃないけど、僕は超能力以外のことは何にもできない」
「……?はい」
「そういうことだから、面倒見てくれる人がいないと生きてけない」
「……あー………」
なんだろう、その納得できたみたいな微妙な表情。すごい不服なんだけど。僕だって頑張ったんだよ?料理とかやってみようとしたんだよ?でも、何故かいつも全部消し炭になるんだよ?
「それもそうですね。ユート様のお世話をしながら、旅をしましょうか」
「まあ、それだけでもないんだけど」
「そうなんですか?」
「うん。カトレアにいなくなってほしくないんだ。僕の我が儘なのかもしれないけど」
「……え、あの、それってどういう………?」
「うーん、カトレアが大切な人ってことかな?んー、好きってこと?よくわかんないや。とりあえず、カトレアのために生きてるみたいな感じで理解してくれればいいよ」
上手く伝えられなくて、ぼんやりとした形になっちゃったけど、カトレアには伝わったかな。しばらく待っていると、なかなか返事をしない?どうしたんだろうと振り返ると、顔から湯気が出るくらいに赤くなっていて、動きが止まっていた。
「カトレア?どうしたの?」
「はっ!い、いえ、なんでもないですよ!?」
「なんでもないって……顔赤いよ?熱でもあるんじゃ………?」
「だ、大丈夫です!それよりも早く集合場所に行かないと!遅刻しちゃいますよ!」
「……?うん」
そうしてまたおぶられながら、桜までの道を急ぐのだった。カトレアの微かに緩まった口元に気付くことなく。
※ ※ ※
(見事なものですね………)
連邦の議会と話を終えて、すぐに移動し、この国の象徴である桜の元へとやってきた。齢100年以上とも言われているこの桜は、今なお朽ちることなく花を咲かせている。その大きさはまるでおとぎ話に出てくる世界樹のようだった。
「あ、シルヴィアさーん」
「ユート様。時間がかかりましたね。何かあったのですか?」
「んー、頑張って歩いてみたら、途中で息が上がったくらい?」
あまりにいつも通りの発言に、思わず苦笑する。同時にああ、この人はこの人なのだと改めて思わされた。
ジリアン様がまた凛花様に投げられて、それをコルネリア様が苦笑して見ている。アルヴァ様は離れたところで桜を鑑賞しているようで、騒ぎの輪には入っていない。そして、ユート様は助けを求められて、困ったようにカトレアさんの方を向いている。カトレアさんはそんな彼の様子に、注意をするように言い含めていた。こんな光景があるのも、少し前までの事件を乗り切れたからだ。
(でも………)
心配しているのは、ユート様のことだった。あのサイ、というものは軍事バランスを容易く崩壊させることができる。今はまだいい。魔族という共通の敵がいるのだから。けれど、もしいなくなってしまえば?お父様のことだ、ユート様を手元に置こうとするに違いない。そんなことを許すことはできなかった。
それに、この国のこともある。あの大破壊の後、メアという人格はきちんと元通りに戻していったのだ。破壊された場所は戻ってはいないが、壊されなかった部分は前と同じだった。この桜もそのうちの一つだ。どんなことをすればこうなるのか、想像すらすることはできない。
(私は……この人の力を前に、普通でいられるのでしょうか………?)
漠然とした不安に、頭を悩ませることしかできなかった。




