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フィールドの虹をかける。 〜 ep1 リスタート 〜  作者: 河治良幸
リスタート
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41/43

40 アピールチャンス

挿絵(By みてみん)

 前日と同じく、虹子と華はバスで美浜公園のグラウンドへ向かった。

 早くも見慣れた風景になりつつあり、昨日までは気にも留めなかった沿道の店や建物が、少しずつ目に入るようになっていた。


華「今日も晴れてよかったね」

虹子「そうだね」


 六月末。例年なら、いつ雨が降ってもおかしくない時期だ。

 しかし、この日は雲一つ見当たらないほど空が晴れ渡っていた。


「だけどさ、小学生の頃の虹ちゃんって、雨が大好きだって言ってたよ」

「あたしが?」

「うん。『下手な奴はもっと下手になるから〜』って」

「どんだけ嫌な奴なんだよ、リトル虹子は」

「うふふ。誰も反論できないぐらい、虹ちゃんはうまかったけどね」

「今は見る影もないけど」

「え、そんなことないよ」


 華に悪気などない。

 それどころか、気遣ってくれているのも分かっている。

 それなのに、その優しい言葉が情けないほど胸に突き刺さった。

 虹子はやり場のない感情を、華とは反対側に置いた手の指へぎゅっと込めた。


 楽しむ。

 評価を気にしない。

 独りよがりにならない。

 周りを観察する。

 頭の中で、一つずつ確認していく。


「うう〜……」

 また自分の心の闇へ吸い込まれそうになったところで、華に声をかけられてハッとした。

 もう美浜公園のバス停は目と鼻の先で、華が降車ボタンを押すところだった。

 華は少しばつが悪そうな顔をすると、虹子の後頭部を二度、三度と優しく撫でた。


     *


 グラウンドへ到着すると、虹子は昨日とは違う空気にすぐ気付いた。

 練習開始までまだ三十分ほどあるというのに、ほぼ全員の選手がすでに集まり、ストレッチや簡単なボールを使った自主練習をしている。

 華から、紅白戦の日は短いウォーミングアップを済ませると、すぐにゲームへ入ると聞いていた。

 だから、それぞれが必要な準備をしているのだろう。


 それにしても、グラウンドには昨日とは明らかに違う緊張感が漂っている。

華「紅白戦はサブ組にとってアピールの場でもあるんだよ。レギュラー組は絶対に自分の場所を守らないといけない」


 過去の実績は関係ない。

 その時に良い選手を使う。

 それが室崎かぐら監督のモットーなのだという。

 真剣な表情でそう話す華を見て、虹子も改めて理解した。

 自分にとっては、浜名ディーネ・クライネへ入るためのテスト。

 しかし、ここにいる選手たちにとっても大事な真剣勝負なのだ。


 プレハブで着替えを済ませてグラウンド脇へ出ると――。


美麗「サンちゃ〜ん!」

 いきなり大声で呼びかけられた。


 金美麗は何人かでパス回しをしていたようだが、虹子を見つけると大袈裟に手招きしている。

 ――サンちゃんって誰だよ。


挿絵(By みてみん)


「おはよう、ミリョ」

「キンちゃんでいいよ。サンちゃんだけ特別〜」

「いや何でだよ」


 虹子の隣にいた華が笑いながら、

「行っておいで。ここからは敵だよ」

 とピースサインを送ってきた。

 虹子も同じように返し、美麗たちの輪へ加わる。


美麗「フラワーまたね〜。紅白戦は負けないよ」

華「うふふ。望むところ〜」


 六人だったグループが、虹子を入れて七人になった。


梨恵「虹子、おはよう!」

虹子「梨恵さん、おはよう」

 三年生の茶野梨恵さのりえへ挨拶を返してからメンバーを見渡し――。

虹子「あれっ」

 と思わず声が漏れた。


 そこには小野乃木桃香おののぎももかもいる。


桃香「ニジたん、よろしく!」

虹子「お、おう!」


 遅刻常習犯だと聞いていたので、紅白戦にはちゃんと時間通り来るのかと少し心配していた。


 話を聞くと、実家の菊川から東海道線で来ている梨恵と、同じ沿線の愛野に住む藤野紗季が、わざわざ磐田にある桃香の家まで迎えに行ったらしい。


梨恵「ストライカーの彼女がいないと、ファーストチームには勝てないから」

 いかにも現実主義者らしい答えだった。


 金美麗 きんみれい

 茶野梨恵 さのりえ

 小野乃木桃香 おののぎももか

 藤野紗季 ふじのさき

 東雲奈々美 しののめななみ

 朝丘虹子 あさおかにじこ

 秋野琥珀 あきのこはく


 この七人でパス練習を始める。

 セカンドチームの残りは、センターバックの千草沙織ちぐささおり本城ほんじょうあずき、FWのマゼンタ・カビル、白波唯しらなみゆい。四人は荒木良子コーチと空中戦の確認をしていた。

 梅田小春うめだこはるは、今回の紅白戦ではファーストチーム側の控えに入るようで、蝶野さくらと三人でボールを蹴っている。


 虹子たち七人は、互いの名前を呼びながらテンポよくパスを回した。

 途中から二人が鬼になり、五対二へ移行する。

 まだ虹子が十分に把握できていないのは藤野紗季だ。


挿絵(By みてみん)


 藤色の髪をヘアバンドで留めた左利きの選手で、クライネでは右サイドハーフを主戦場としている。大柄ではないが、テクニックの高さは容易に想像できた。


 一方で秋野琥珀あきのこはくとは前日の練習後にすっかり打ち解けたが、選手としての特徴はほとんど分かっていなかった。


 シンプルな練習だが、ファーストタッチ、パスを出す判断、スピード、精度と、狭いエリアで必要になる要素が凝縮されている。

 そして虹子にとっては、仲間をさらに知るための貴重な時間でもあった。


     *


 練習開始の十分前になると、梨恵の呼びかけでセカンドチームが集合した。

 GK練習をしていた与謝野楓よさのかえでとシアン・マイヤーも合流する。

 全員で輪を作ると、梨恵が一人一人の顔を見渡した。


「みんな分かってると思うけど、このゲームは八月の静岡フェスティバルに向けた大事なアピールの場になります」

 少し間を置く。

「それと、ここにいる朝丘虹子のテストでもある」


 梨恵がこちらへ顔を向けた。

 虹子は何も言わず、深く頷く。

 輪の中の空気が少し張り詰めた。

 大会名を聞いても、虹子にはまだ具体的なイメージが湧かない。

 それでも、この紅白戦の重要性だけは十分に伝わってくる。


梨恵「勝って、未来を切り開くよ!」

「おおっ!」

 全員の声が一つになった。


 前日より三十分早い午前十時。

 監督とコーチ陣の号令で、この日の活動が始まった。

 今日は寮母を兼ねる小野田恵子の姿が見当たらない。

 その代わり、見慣れない男性一人と女性二人が加わっていた。

 虹子が周囲へ聞くより早く、室崎かぐら監督が声をかけてくる。


かぐら「虹子さん、紹介するわね」

 男性は棚橋潤たなはしじゅん強化・育成部長。

 女性の一人が浜名ディーネのトップチームを率いる倉田由美くらたゆみ監督。

 もう一人が姫島祥子ひめじましょうこドクターだった。

由美「あなたのことは聞いているわ。朝丘虹子さん」

虹子「はい。よろしくお願いします」


 虹子が一礼すると、倉田監督は柔らかな笑顔で応じた。

 ――聞いている?

 その言葉が何を意味しているのか虹子には全く理解できなかった。


 倉田監督は大柄ではない。上背ならクライネを率いる室崎監督のほうが大きい。

 それでも立っているだけで、どこか周囲を引き締めるような威厳があった。

 虹子が主力組へ視線を向ける。

 華も、それまでとは明らかに違う緊張した表情をしていた。

 そこで虹子は、もう一つ気付く。


 この紅白戦は、自分のテスト。

 セカンドチームにとっては、レギュラーを奪うためのアピール。

 そして――。

 ファーストチームの選手たちにとっても、トップチームへ自分を売り込む絶好の機会なのだ。


 グラウンドにいる誰一人として、ただの練習試合だとは思っていなかった。


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