41 虹子の甘さ
室崎かぐら監督がゲームのポイントを説明している間も、トップチームの倉田由美監督は腕を組み、選手たちの様子をじっと見つめていた。
そして説明が終わるや否や、口を開いた。
「ええっと、私から一つ提案があります」
女性としてはやや低めの声が響いた瞬間、その場の空気が張り詰めた。
「室崎さんから紅白戦のメンバー分けは聞かせてもらいました。もし白組が赤組に勝利したら、レギュラーとリザーブをそっくり入れ替える。どうかしら?」
その言葉を聞くや否や、選手たちが一斉にざわついた。
コーチ陣の間にも驚きが広がる。
「監督、私は構いません!」
真っ先に手を挙げたのは緋野神子だった。
「上等。負けるわけないから」
荻野目蒼も続き、格闘ゲームのキャラクターよろしく、両の拳をポキポキ鳴らす仕草をする。
ひなぎく「その代わり、うちらが勝ったら、ゆみぽん上天丼おごり」
かぐら「ひなぎく、倉田監督に『ぽん』はやめなさい」
由美「いいわよ。天丼でもカツ丼でも」
さくら「私は要りません。油物は肌が荒れるから」
ひなぎく「さくぽんの天丼はひなが食べる」
「ひ、ひなぎく! か、勝手に話を進めないの」
そう制したのはキャプテンの銀谷静だった。
名前の通り、いつも物静かな印象が強かっただけに、虹子には少し意外だった。
「く、倉田監督。クライネの監督は、か、かぐらさんです」
「いかにも。だけど、かぐらの了解は取ってある。あとはあなたたち次第よ」
「り、理由を教えてくれません……か」
その口調とは裏腹に静の顔は本気だった。
「理由? そうね」
倉田監督の目が鋭くなる。
「あなたたちが生温いから」
「えっ……」
静が言葉に詰まった。
静の様子も気になったが、それ以上に虹子は「生温い」と言い放った倉田監督の眼光に、少し恐ろしさを覚えた。
「それじゃ、はっきり言うわね」
倉田監督は厳しい表情のまま続ける。
「トップ昇格が決まっているのは緋野さんだけ。銀谷さんと紺野さんも、まだ確定できていないの」
そう言ったあと、倉田監督はキーパーの緋野神子をのぞく三年生へ順番に視線を向けた。
言葉にはしない。
それでも、その視線が何を意味しているのか、クライネの選手たちは理解しているようだった。
秋からWOリーグに参入する浜名ディーネのトップチームへ昇格すること。
それは、プロ契約を意味する。
そこに甘えが入り込む余地はない。
さらに倉田監督は、茶野梨恵へ目を向けた。
「茶野梨恵さん。あなたは大学に行くことを決めているんだったわね」
「はい」
「あなたには分析眼があるって、かぐらから聞いてるわ。率直にどう思う?」
梨恵は少しも迷わなかった。
「監督のおっしゃる通りだと思います。トップですぐに主力を狙えるのは神子だけ。静も巴も、仮に上がれたとして、今のままではベンチ入りも難しいと思います」
「さすがね」
倉田監督は頷くと、少し表情を和らげた。
「浜名ディーネは九月からのWOリーグ開幕に備えて、外国人選手を含めた補強の計画を進めています。ユースの選手が高校を卒業するのは来年三月だけど、新人とのプロ契約は年内に決めることになっているの」
選手たちは黙って聞いている。
「つまり、秋までに評価を勝ち取らなければ、そこでトップ昇格への道は断たれるということです」
紅白戦を前に、いきなり厳しい現実を突きつけられた。
だが、話は三年生だけでは終わらなかった。
「それと―― 一年生、二年生も二種登録すれば、トップの試合に出ることが可能になります」
何人かの表情が変わる。
「二年生のレギュラー陣はもちろん、リザーブであっても実力を認めれば、すぐにでもトップに上げるわ」
「ウシッ!」
荻野目蒼があからさまに右拳を握った。
そして倉田監督の視線が、虹子へ向けられた。
「練習生のあなたも例外ではないわ。朝丘虹子さん」
「はい!」
反射的に返事をした。
だが、胸の内では自分の認識の甘さを痛感していた。
クライネに合格する。
昨日まで、それが虹子にとって最大の目標だった。
しかし、クライネは浜名ディーネの下部組織だ。
その第一の目的は、トップチームで活躍できる選手を育てることにある。
しかも虹子は、すでに高校二年生。
これは単に、クライネへ入れるかどうかのテストではないのかもしれない。
その先――。
浜名ディーネのトップチームへ進めるだけの資質があるのか。
そこまで見られている。
そんな気がした。
結局、白組が負けた場合にどうなるのかという話にはならなかった。
だが、答えは単純だ。
負ければ、リザーブはリザーブのまま。
そして虹子に至っては、まだそのリザーブですらない。
ただの練習生なのだ。
浜名ディーネ・クライネ紅白戦
30分×2本(15分ごとに飲水タイム)
【赤組】4―2―3―1
GK 緋野神子
DF 黒木千尋、荻野目蒼、銀谷静、黄宮ひなぎく
MF 唐銅あかり、蝶野さくら、原川陽縁、橙山華、紅井沙羅
FW 紺野巴
リザーブ:梅田小春
【白組】4―4―2
GK 与謝野楓
DF 茶野梨恵、本城あずき、千草沙織、秋野琥珀
MF 藤野紗季、金美麗、、朝丘虹子、東雲奈々美
FW マゼンタ・カビル、小野乃木桃香
リザーブ:白波唯、シアン・マイヤー




