38 紫乃ちゃんのカレー
髪にタオルを巻き付けた虹子は、さくら、桃香と一緒に食堂へ向かった。
大部屋には八人掛けのテーブルが四つほど並んでいる。そのうち一つは配膳用になっていて、食器や炊飯器、大きなカレー鍋などが置かれていた。
すでに席に着いている選手たちの前にはカレーが並び、鍋の前にはまだ五人ほどが列を作っている。
虹子もさくら、桃香に続いて皿にご飯を盛り、最後尾に並んだ。
ふとテーブルの方を見ると、先に席へ着いていた華が虹子に向かって両手を合わせ、申し訳なさそうにペロッと舌を出した。
――ああ、そうか。昨晩もカレーだった。
虹子は笑いながら「いいよ、いいよ」と手を振った。
鍋の前では、三角巾を頭に巻いた女子がおたまでカレーをすくっている。
???「ラスト三人……あっ、四人か」
最後に食堂へ入ってきた梨恵を見つけて、そう言った。
――この子が紫乃ちゃんか。
虹子が何となく眺めていると、さくらが声をかけた。
「恵子さんはどこかしら? 原付で先に帰ってきたわよね」
「陸斗にやらせてたテストの採点するって、部屋に行っちゃった」
紫乃は手際よく四人の皿へカレーを盛っていく。ところが、その後ろにもう一人、しれっと列へ並んでいる人物を見つけると、ぴたりと手を止めた。
「ひなちゃん、三杯目でしょ。デザートのプリン無しでいい?」
「プリンほしい……しょんないや」
「冗談だよ。ひなが来るって聞いてたから、多めに作ったの」
「おお、ありがとう。プリンは二個でい〜ら?」
「みんな、まだいただきますもしてないんだけど……」
「ひゃひゃひゃ」
カレーを盛ってもらった虹子は「こっちこっち!」と金美麗に手招きされ、マゼンタとの間に空けられた席へ向かった。
嫌な予感がした。
席に着こうとしたところで、美麗が声をかけてくる。
「ちょっと、こうやってお皿持ってくれる?」
「こうですか?」
言われるまま皿を持ち、美麗の方を向いた瞬間だった。
パシャッ。
「ニジコ・アサオカールさん、ナマステ〜」
「ナマ……いやもう、そのネタいいから」
周囲から一斉に笑いが起きた。
せっかくだからということで、そのまま虹子が号令を任される。
「じゃあ……いただきます!」
「いただきま〜す!」
食堂に声が響き、ようやく昼食が始まった。
くだらない駄洒落は無視して、虹子は隣に座るマゼンタの皿を見る。
ご飯が山のように盛られていた。
「ミー、食いしん坊。だけど、ひなぎくほどじゃないよ」
そう言ってニヤリと笑う。
対照的に、美麗のカレーはかなりの小盛りだった。
虹子の半分、マゼンタの三分の一ぐらいしかない。
美麗「わたし、スモールミールなの」
虹子「別にカタカナ英語で言わなくていいから」
マゼンタ「ユー、騙されちゃダメ。ミリョ、部屋でホットク食べるつもりね」
美麗「こら、カビ! 余計なこと言わない」
虹子「ほっとく?」
マゼンタ「ホットク。人気のコリアンスイーツ。ミーが作ったのよ」
虹子は思わずマゼンタを見る。
失礼ながら、その風貌からお菓子作りが得意な雰囲気はまるで伝わってこない。
無理やり妄想してみる。うーん…
――人を見かけで判断するのは禁物だ。
マゼンタ「虹子、あとでユーにもあげるよ」
虹子「ありがとう」
そして虹子も、ようやくカレーをひと口。
虹子「うまい!」
まろやかだが、しっかりとコクがある。辛さの中に玉ねぎの甘みが溶け込み、口の中へじんわりと広がっていく。
――やるわね、紫乃ちゃん……。
虹子が鍋の前を見る。
おかわりに対応していた紫乃と目が合った。
紫乃が無言でニンマリする。
虹子もスプーンを持った右手でサムアップした。
それにしても――。
紫乃は寮で働いているというが、どう見ても高校生ぐらいにしか見えない。
学生のアルバイトだろうか。
そもそも、ここにいるほとんどの子のことを虹子はまだよく知らない。
華を除けば、今日初めて会った選手ばかりだ。
それなのに、不思議と居心地が悪くなかった。
マゼンタがいて、美麗がいて、ひなぎくがいて、桃香がいる。
それぞれ強烈な個性を持っているのに、誰かが浮いている感じもしない。初めて来た虹子まで、ごく自然にその輪の中へ入れてくれる。
虹子は、そんなクライネの空気が気に入り始めていた。
*
昼食を終えると、虹子は華と一緒にバスで橙山家へ戻ることになった。
最初は歩いて帰ろうと提案したのだが、
華「一時間ぐらいかかるよ」
と言われ、即座に諦めた。
高塚と舞阪は電車なら一駅だが、歩けば一時間ほど。舞阪から弁天島までの倍ぐらいあるという。何より、明日は紅白戦だ。今日の疲労をできるだけ残したくない。
バスの最後部に座った虹子はスマホを手に取り、UNITYのグループページを開いた。
そこには、さっそく美麗が食後の集合写真をアップしていた。神子や、中学生の梅田小春など、今回の食事に参加できなかったメンバーからも「グッド」の反応が付いている。つい数時間前まで名前すら知らなかった顔が、もう少しずつ身近な存在になっていた。
隣からスマホを覗き込んでいた華が、ふいに言った。
「絶対に合格、勝ち取ろうね」
「余計なプレッシャーかけるなよ」
「うふふ、バレたか。明日は敵だからね〜」
「絶対負けないよ」
「こっちも負けないよ〜」
虹子はスマホを閉じ、窓の外へ目を向けた。
明日の紅白戦。
今度は練習ではない。
クライネに入るための、本当の勝負が待っている。




