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フィールドの虹をかける。 〜 ep1 リスタート 〜  作者: 河治良幸
リスタート
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35/45

34 ダブル御前

挿絵(By みてみん)

 ピッと笛が鳴り、選手たちが四つのグリッドへ散っていく。

 いよいよ三対三の変則三本マッチも、最後の三本目に入った。


 室崎かぐら監督が休憩を長めに取ってくれたおかげで、虹子は二本目よりも体が動く気がしていた。


 ただし、闇雲に走るつもりはない。

 これまで以上に小野乃木桃香の動きを観察し、後ろにいる本城あずきの気配を感じながらプレーする。


 仲間を知り、自分を知る。

 それができなければ、相手との関係も見えてこない。

 ジュニアの頃は、何となく感覚だけでそれらしいプレーができていたように思う。

 しばらくサッカーから離れ、こうして戻ってきたからこそ、その奥深さを虹子も少しずつ感じ取っていた。


 三本目は、桃香の言っていたことがさっそく形になった。

 蒼からさくらへ出されたパスを、虹子が狙い澄ましてカットする。

 その瞬間には、桃香が動き出していた。


虹子「モモ!」

桃香「あい!」


 カウンターのパスが通る。

 桃香は一気にエンドラインを突破した。


桃香「やった〜!」

あずき「ナイスっす!」

虹子「よっしゃ!」


 桃組が一点を返す。

 しかし、白組もすぐに対応してきた。

 それまで前目に張っていた華が少しポジションを下げ、代わりにさくらが前へ出る。

 蒼からのパスルートを増やし、角度まで変えてきたのだ。

 ――さすがだ。


 これで桃組は明確なパスカットを狙えなくなった。

 ただ、白組もそれまでのようにシンプルな縦パスを使えなくなり、ゲームは少し膠着する。

 その状況を打ち破ったのが、U-19日本代表センターバックの荻野目蒼だった。


 蒼がさくらへショートパスをつける。

 次の瞬間、自ら前へ出た。

 華の外側を一気にオーバーラップし、桃香のマークを振り切る。


 それに反応した華が、虹子を背負ったさくらからのリターンを受けると、本城あずきの背後へノールックでパスを通した。

 走り込んだ蒼が、そのままエンドラインを突破する。

 完璧なコンビネーションだった。


華「ナイス!」

さくら「さすが蒼」


 三人はまるで公式戦でゴールを決めたようにハイタッチして喜び合った。

 これで合計四点目。

 残り時間を考えれば、ほぼ勝負は決まった。


 それでも桃組は諦めない。

 終了間際、左ワイドで虹子と桃香が絡む。

 その間に、逆サイドからあずきが豪快に走り出した。

 虹子はそれを見逃さない。

 左足を振り抜き、大きくサイドを変える。


あずき「来たっす!」

 エンドラインの手前でボールを収め、そのまま押し込んだ。


あずき「よっしゃ!」

桃香「アズ、ナイス〜!」

虹子「もう一点!」


 喜び合っている時間はない。

 三人はすぐに次のリスタートへ備えようとした。

 しかし、その直後だった。


「ピッピー!」

 終了の笛が鳴った。


 四対三。

 白組の勝利。

 桃組の三人は、その場で膝を落とした。

 疲労。

 充実感。

 そして、悔しさ。

 いろいろな感情が虹子の体の中をぐるぐると回っていた。


桃香「悔しい〜」

あずき「うちもっす」

虹子「あたしも」


 負けた四組は飲水を取ったあと、コーチに促されてグラウンドを周回することになった。


 勝ち残った四組は、そのままトーナメント方式で準決勝、決勝を行うらしい。サッカー選手というのは、本当に負けず嫌いの集団だ。虹子たち桃組の横を、青い鉢巻をした赤髪の女子が猛烈な勢いで走り抜けていく。


「チクショー!」


挿絵(By みてみん)


 紅井沙羅だった。

 まるで二百メートル走でもしているようなスピードで、あっという間に遠ざかっていく。その姿を見て、虹子は思わずニヤけた。


あずき「な〜にニヤけてるんすか。負け組はこの後ゲームないんだから、その分も走るんすよ」

虹子「いや、あたし結構きてるからさ。二人とも先行っていいよ」

あずき「何言ってるんすか」


 あずきは当たり前のように虹子の横を走り続ける。


あずき「仲間なんすから。反省会しながら走るっすよ」

桃香「そうだよ〜。走りながら反省会♪」


 桃香も楽しそうについてくる。

 虹子は二人の顔を見て、少しだけ笑った。

 ――仲間、か。


     *


 敗退組の周回が終わると、キーパー練習をしていたシアンと準決勝で敗れた選手たちも加わり、小野フィジコの指示で横一列にマットを敷いた。


 体幹トレーニングをしながら、三対三の決勝戦を観戦する。

 勝ち残ったのは白組と赤組だった。

 荻野目蒼、蝶野さくら、橙山華の白組は、虹子たち桃組を破った相手。

 一方の赤組は、黄宮ひなぎく以外の二人が誰なのか、虹子にはまだ分からなかった。

 ふと見ると、いつの間にか左隣に梨恵がマットを敷いている。


虹子「梨恵さん、ひなぎくと一緒の二人は?」

梨恵「銀谷静かなやしずか紺野巴こんのともえだよ」

虹子「どんな選手?」

梨恵「静はうちのキャプテンで、ディフェンスリーダー。そして巴は、うちのエースストライカー」


挿絵(By みてみん)


虹子「ディフェンスリーダーとエースストライカー。つまり攻守の要か」

「そう。そんなところ」と理恵が頷く。

「クライネでは静御前と巴御前の愛称で通ってるわ」

「ダブル御前……」

「それに俊足娘のひなぎく。決勝まで来るのは当然の結果ね」

「なるほど……」と虹子。


 確かに個々の能力が高いだけでなく、三人のバランスも良さそうだ。

 ただ、一つ気になった。


「でも、この組み合わせって監督とコーチが決めたんですよね」

「敬語はいらないよ。私が聞いたところでは……」

理恵が勿体ぶるように、少し間を置く。

「ところでは?」


梨恵「くじ引き」

虹子「はあっ? くじ引きって……いろいろ考えて損したわ」


 室崎監督の笛で、白組と赤組による決勝が始まった。


挿絵(By みてみん)



 開始直後から激しい攻防になる。

 虹子も体幹トレーニングを続けながら、一人一人の動きを食い入るように見つめた。そして、すぐに気付く。

 ――華たちが、押されてる。


 先ほど自分たちが対戦し、ハイレベルだと感じた白組。

 その連携すら上回る赤組のプレーに、虹子は目を奪われた。


 華とのホットラインを断たれたさくらから、静がボールを奪う。

 その瞬間、左前方のひなぎくへ素早くパスを通した。

 ひなぎくが一気に加速し、中へ折り返す。

 中央では巴に対して二人。

 蒼も何とかカットしようとする。

 しかし巴は蒼の目の前へ足を伸ばしてボールに触れると、接触してきた蒼を右腕でブロックしながら、そのまま縦へ抜け出した。


「きゃ〜! 巴御前! やっぱり素敵♡」

 体幹トレーニングをしながら観ていたメンバーから歓声が上がる。


 虹子がそちらを見ると、二人の女子が抱き合って喜んでいた。

 一人は東雲奈々美。

 もう一人は、アップにしたツインテールを跳ねさせている女子だった。


梨恵「彼女たちは巴御前親衛隊」

虹子「親衛隊?」

梨恵「奈々美と秋野琥珀。そして、もう一人の隊員がひなぎく」

 梨恵がグラウンドを指さす。


 そこでは巴が、まとわりついてきたピンク髪のひっつき虫と格闘していた。

巴「ひなぎく、やめろこら!」

ひなぎく「巴御前〜!」

奈々美「ひなぎく、ずる〜い!」

琥珀「早く巴様から離れろ!」


 ――何言ってんだ、こいつら……。

 虹子は内心呆れた。


挿絵(By みてみん)


 ただ、確かに紺野巴の姿は凛々しい。

 立ち姿からして堂々としており、そんじょそこらの男子を凌駕するようなオーラを放っている。


 ようやくひなぎくが巴から引き離され、ゲームが再開した。

 華たち白組も反撃を試みる。

 しかし、巴の鋭いチェック。

 ひなぎくのスピード。

 そして静の読みを生かしたディフェンス。

 なかなか突破口を作れない。


 さらに静の縦パスを受けた巴が、見事なターンで抜け出しかけた。

 そこへ蒼が食らいつく。

 何とか体を入れ、突破を阻止した。


梨恵「さすが蒼ね」

虹子「強いだけじゃない」

梨恵「そう。彼女の最大の武器は、ゲームの中での学習能力なの」

虹子「学習能力?」

梨恵「試合の中で相手の動きをインプットして、どんどん対応力を高めるの」

虹子「確かに、あたしたちとのゲームもそうだった。でも蒼……荻野目さんって、もともと巴さんのこと知ってるんじゃないの?」

梨恵「頭じゃなくて、体で感じて、その場でインプットするの。だから彼女にとって、予備知識はあまり意味をなさない」


 虹子は蒼の動きを追った。

 利き足がどちらだとか、どういうタイプだとか、そんな事前情報とは違う。

 実際に相手と向き合い、動きを感じ、その場で体に覚え込ませる。

 野性的とも言える対応力だ。


 巴の動きが巧妙なのは、虹子にも分かる。

 それでも対応してしまう蒼の守備には、恐ろしさすら感じた。

 ――これが代表選手か……。


 赤組の巴は、今度は蒼から少し離れるように手前へ引いた。

 ワンタッチでひなぎくを走らせる。

 そこへさくらが素早くカバーに入り、スライディングでボールをカットした。


 こぼれ球を華が拾う。

 同時に蒼が全力で追い越していく。

 華は迷わず前へ通した。

 そのまま白組の得点になる。


 虹子がそう思った瞬間だった。

 静が蒼へ寄せる。

 一見すると華奢な体だった。

 それでも接触した瞬間、蒼の足元からボールがわずかに離れる。

 静はそこを逃さず、外へ蹴り出した。


梨恵「ナイス静!」


 隣から突然大きな声がして、虹子は思わず梨恵を見る。

 梨恵も虹子と目が合った瞬間、恥ずかしそうに視線を逸らした。


虹子「あんたは静御前の側かい」

梨恵「……別にいいでしょ」


 虹子は呆れながらも、思わず笑った。

 桃香も、あずきも。

 蒼も、さくらも。

 静も、巴も、ひなぎくも。

 まだ名前と顔が一致していない選手だっている。


 みんな違う。

 みんな、自分にはないものを持っている。

 その一つ一つを知っていくことが、たまらなく楽しかった。

 新しい環境で、新しい仲間と出会い、新しいサッカーを知っていく。

 胸の奥から、自然と言葉が湧き上がってきた。


 ――あたし、やっぱりここでサッカーがしたい!


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