31 歩く宇宙人
マゼンタとのコンビにも慣れてきた頃、練習は二対二の対戦形式へ移った。
相手の一人は、虹子を「レインボー」と呼んでいた金美麗。
もう一人はやや小柄な女子だった。
奈々美「東雲奈々美です。ナナって呼んで」
虹子「ナナか」
どこか親近感が湧く名前だ。
くりっとした狸顔。
卵の殻を半分かぶせたような丸い髪型。
朝焼けを映したような瞳が印象的だった。
二タッチ以内に制限された二対二は、基本的に守備側が有利になる。
左利きの奈々美は細かい技術に優れ、動き出しも速い。
一方の美麗は理恵が教えてくれた通り、周囲から「ミリョ」と呼ばれていた。
足元の技術だけならマゼンタといい勝負。
でも、とにかく止まらない。
ボールがあろうがなかろうが、モーターでも積んでいるのかと思うほど走り続ける。
――ボックス・トゥ・ボックス。
自陣から相手ゴール前まで走り続ける中盤の選手。
そんな言葉が虹子の頭に浮かんだ。
美麗「こらサンジ、キムチパワー言うな!」
虹子「誰も言ってないし。ていうかサンジ言うな!」
美麗「じゃあツーオクロック」
虹子「長いわっ!」
初対面で早々に、距離を詰めてくる美麗に驚きながらも、悪い気はしなかった。
即席コンビの虹子とマゼンタは苦戦した。
パスを出すたびに二人へ寄せられ、なかなか前を向けない。
それでも、マゼンタのスクリーン能力は圧巻だった。
長い手足。
強い上半身。
相手を背負い、完全にボールを隠してしまう。
単純なパス交換では不器用さばかり目立った。
でも実戦になると、存在感が一気に増す。
――単純な技術だけで、選手は測れない。
虹子は改めてそう感じた。
美麗「カビちゃん、ずる〜い!」
マゼンタ「ミー、ずるくない。うまいだけ」
美麗「それは無いわ!」
奈々美「ミリョ、いいからそっち切って!」
美麗「ラジャ!」
虹子「カビ!」
虹子は声を掛けながらボールを受ける。
ファーストタッチで奈々美の逆を取り、美麗のマークを外したマゼンタへ。
完璧だった。
――と思った次の瞬間。
マゼンタ「あっ……」
トラップが浮いた。
ボールは美麗の足元へ。
美麗「カビちゃん、へった〜」
マゼンタ「シット! ユーも人のことヘタって言う資格ないよ」
奈々美「いいから早くパス!」
奈々美が叫んだ瞬間には、虹子が二人の間へ入ってパスコースを消していた。
奈々美「も〜、ちゃんと集中しなきゃ」
細い身体いっぱいで悔しがる奈々美を見て、虹子は思わず吹き出した。
三人とも個性はまるで違う。
でも、誰もがサッカーを楽しんでいる。
練習生の虹子には、常に評価されているという緊張感がある。
それでも――。
楽しむ気持ちだけは失いたくない。
「あたしサッカー、楽しめてる」
*
短い飲水タイムを挟み、対戦形式の二対二へ移ろうとした時だった。
「ごめんなさ〜い!」
グラウンドの向こうから元気な声が飛んできた。
腕を組んだ恵子の前。
小さな女子が、さらに身体を小さくして平謝りしている。
「あ、来た来た」
華が苦笑しながら目配せする。
「あれが強烈な……」と虹子。
「小野乃木桃香。高校一年生」
そう言って、華は少し間を置く。
「歩く宇宙人」
「う、宇宙……」
ようやく恵子から解放された桃香が、こちらへ走ってくる。
……と思ったら、急停止した。
桃香「可愛い雲さん、み〜っけ♪」
空を見上げ、その場で立ち止まる。
沙羅「コラッ桃香! 立ち止まってないで早く来いや!」
ひなぎく「ひゃっひゃっひゃ〜! 桃香また始まったに!」
虹子「なんだこれ……」
沙羅「バカがバカを笑うってやつだな」
その瞬間。
ひなぎくが目にも止まらぬ速さで華の前へ現れた。
ひなぎく「沙羅ぽん、今バカって言ったか?」
沙羅「言った」
ひなぎく「バカって言うやつがバカだって、婆ちゃんが言ってたぞ!」
そこへ茶髪の女子が割って入る。
???「沙羅、それは言っちゃダメ」
そう言って、ひなぎくの頭をぽんぽん叩いた。
???「ひな、あとで城星寮でしぐれ焼き食べさせてあげるから」
ひなぎく「やったに〜!」
突然、謎の腰振りダンスが始まった。
華「彼女が唐銅あかりさん。三年生のボランチ」
虹子「ボランチ?」
華「右利きだけど左足も使えて、展開力がすごい。かなりの実力者だよ」
――この人が、自分のライバルになる。
虹子は、自然とそう感じた。
一方、梨恵は桃香の腕を引っ張りながらグラウンドへ連れてくる。
室崎監督も荒木コーチも、怒るでもなく静かに見守っていた。
「まったく、桃香は相変わらず落ち着きがないわね」
澄んだ声。
振り向くと、桜色の長い髪を後ろで束ねた女子が立っていた。
どこか夕輝を思わせる整った顔立ち。
でも漂う品の良さは、また違う。
「あれが蝶野さくら。二年生のボランチ」と華
「どういう選手?」
「左利き。見た目の通り、蝶々夫人って呼ばれてる」
「ちょうちょ?」
両手をひらひらさせる虹子に、華が笑う。
「でも守備は蜂みたいに鋭い」
「ああ。〝蝶のように舞い、蜂のように刺す〟か」
「うふふ」
クライネの基本布陣は4―2―3―1。
二ボランチのレギュラーが、唐銅あかりと蝶野さくら。
虹子はポジションに強いこだわりがあるわけではない。
それでも夕輝や類とボールを蹴った時間を思えば、真ん中が一番しっくりくる。
もしここへ入るなら――。
この二人が、越えるべき壁になる。
そんな予感がした。
*
かぐら「今日は、どうして遅くなったんですか?」
室崎監督が穏やかな声で小野乃木桃香に尋ねた。
怒る口調ではない。
幼稚園の先生が優しく子供へ話しかけるようだった。
「モモね、途中で綺麗なお花を見つけちゃって」
「それを見てたのね」
「うん、とっても綺麗だったの」
「摘んじゃわなかった?」
「摘まなかったよ〜」
「えらいえらい。じゃあ練習やろうか」
「うん! モモ頑張ります!」
虹子は口を開けながら華を見る。
華「分かった?」
虹子は何度も頷いた。
……分かったというより、理解不能がさらに深まった。
桃香は小野フィジコと急ピッチでウォームアップを始める。
三対三の開始は、すっかり遅れてしまった。
その時、華がぽつりと言った。
「でもね」
「ん?」
「彼女だけは、常識で測らない方がいい」
「えっ?」
「ストライカーとしての才能は本物だから。今日のうちに、ちゃんと特徴をつかんでおいて」
虹子は、ウォームアップをしている桃香を見る。
さっきまで雲を見て立ち止まっていた少女。
彼女のどこに、そんな才能が隠れているのか。
「……分かった。サンキュ!」
〝歩く宇宙人〟。
その本当の意味を知るのは、どうやらここかららしい。




