30 マゼンタの教え
室崎かぐら監督のホイッスルで、グラウンドにいた全員が一か所へ集まった。
かぐら「はい、今日も元気に、明るくトレーニングしましょうね」
「はい!」
気持ちのいい返事がそろう。
スタッフは男性コーチが二人。
一人はフィジカル担当。
もう一人は長身のGKコーチ。
そして女性コーチが一人いた。
「荒木良子さん」
華が小声で教えてくれる。
続いて、虹子が全員の前で紹介された。
「ナマステ〜!」
どこからともなく声が飛んでくる。
昨夜のカレー写真を見た連中に違いない。
「な、ナマステ〜」
一斉に笑いが起きた。
かぐら監督も笑顔のまま、
「二日間ですが、みんな仲良くしてあげてください」
と言って虹子を列へ戻す。
そして、その日のメニューを説明し始めた。
話を聞いただけで、沙羅が「鬼監督」と呼ぶ理由が少し分かった。
怒鳴るタイプではなさそうだ。
純粋に――。
メニューがきつい。
要求が高い。
コーンやポールを使ったサーキット。
二人一組のパス交換。
二対二。
三対三。
最後には、さまざまなリスタートを想定した実戦練習。
それを限られた時間で一気に消化する。
華「それぞれ組む子と、いっぱいコミュニケーション取ってね」
虹子は頷いた。
華が昨日から何度も言っていた。
まずは顔と名前を一致させる。
短い時間でチームを知ることも、練習の一部なのだろう。
GK陣は途中まで別メニュー。
その中に、一際目を引く長身の少女がいた。
青みがかった髪。
整ったヨーロッパ系の顔立ち。
華「あれはシアン。シアン・マイヤー。中学三年生」
虹子「中学生であの大きさ?」
華「うん。お父さん、有名な元バレーボール選手で、今はエアロ浜松の監督なんだ」
虹子「へぇ……知らんけど、エアロ浜松」
華「こらっ」
虹子「さ〜せん」
華「うふふ」
華はさらに指差す。
「中学生はシアンを入れて三人いるの。あっちが梅田小春。もう一人が白波唯」
小春は波打つようなショートヘアが似合う、あどけない少女。
一方の唯は、教えられなければ中学生と分からないほど大人びて見えた。
*
サーキットトレーニングが終わる頃。
虹子は片膝をつきそうになるのを必死でこらえていた。
汗が滝のように流れる。
――こ、これはヤバい……。
東京ヤングシスターズはセレクションだった。
ここは違う。
クライネの日常へ飛び込み、その中で評価される。
だからこそ、一つ一つの姿勢まで見られている気がする。
技術だけじゃない。
練習へ向き合う姿勢。
仲間との関わり方。
きっと、そんなところも――。
フィジカルが終わり、二人一組のパス交換へ移った。
華はすぐ別の選手と組んだ。
虹子が周囲を見回していると、褐色の長身女子が目の前へ立つ。
「ユー、組む?」
「あ、うん。虹子です」
「ニジね。ミーはマゼンタ・カビル。カビでいいよ」
赤紫色のゴムで束ねた黒髪。
右手には青。
左手には赤。
色違いのリストバンドも印象的だった。
マゼンタ「ミー、ナイジェリアとのハーフだけど、日本人だから」
虹子「よ、よろしく」
独特な話し方だが、優しい人柄はすぐに伝わってきた。
ショートパス。
ヘディング。
ロングパス。
ドリブルからのパス交換。
テンポよくメニューは進んでいく。
ただ……
虹子には一つだけ困ったことがあった。
――カビ……こいつ、致命的にヘタクソだ……
口には出さない。
少し距離が伸びると、二回に一回はパスがとんでもない方向へ飛ぶ。
そのたびに虹子が拾いに走る。
横目で見ると、華が少し心配そうな顔をしていた。
虹子は笑って親指を立てる。
――大丈夫。
そう伝えたつもりだった。
でも、内心では焦っていた。
練習生の自分は、きっと細かいところまで見られている。
ミスしたくない。
評価を落としたくない。
そう考えるほど、身体が硬くなる。
そんな虹子を見ながら、マゼンタがぽつりと言った。
マゼンタ「ミーのこと、ヘタクソって思ってるでしょ」
虹子「いや……まあ、ちょっと」
マゼンタ「ユー、そういう顔してる」
虹子「そ、そうかな」
マゼンタが笑う。
マゼンタ「ニジ、うまい。でも……ミーのこと見てない」
「――!」
夕輝に言われた言葉が蘇った。
――私たちのこと、全然見てないでしょ。
また同じだ。
ちゃんとやろう。
ミスしないように。
評価されるように。
そんなことばかり考えて、一番大切なものを忘れていた。
仲間を見ること。
虹子はマゼンタの動きを観察した。
正面から来たボールでは軸足が流れる。
そのせいでトラップが大きくなる。
なら――。
今度は少し左へずらしてパスを出す。
マゼンタは右足で自然に収めた。
そして、きれいなリターン。
虹子「わおっ」
マゼンタ「オッケー!」
満面の笑みで親指を立てる。
虹子も返した。
敵を見るだけじゃない。
仲間を見る。
その選手を知る。
名前を覚えることも、会話をすることも、そのための入り口なのだ。
小学生の頃は、誰よりもうまくなりたいとしか考えていなかった。
それでも仲間とは自然につながっていた。
中学では、それができなくなった。
理由は、まだ分からない。
だけど――。
マゼンタのおかげで、その答えへ続く道が少しだけ見えた気がした。




