28 クライネだけど明るい
小野田恵子には、昔から知っている人のような安心感があった。
新しい環境へ飛び込む虹子にとって、それだけでも心強い。
恵子「面白い子ね。虹子さん、もし合格したら是非、城星寮に来て」
虹子「あ、はい。よろしくお願いします」
華「恵子さんの料理、すっごい美味しいの」
虹子「へえ〜」
華「私とか寮生じゃない選手も、練習後によく食べに行ってるんだ」
恵子「最近は紫乃ちゃんに任せっきりだけどね」
虹子「シノちゃん?」
華「寮のお手伝いしてる子。後で紹介するね」
向こうでは、すでに青色の練習着を着た選手がグラウンドを走っている。
もう一人は、延々とスクワットを繰り返していた。
「彼女たちは?」
虹子は華に聞いた。
「走ってるのが三年生の茶野梨恵さん。体幹やってるのが、私たちと同じ二年生の荻野目蒼」
「ああ、荻野目蒼……U-17代表のディフェンダー」
「知ってた?」
「動画でちょっと観たから」
「今は飛び級のU-19代表候補だけどね。毎日ああやって体幹を鍛えてるの」
「毎日?」
「グラウンドが開く時間に来て、チーム練習までずっと」
遠目にも、蒼の身体つきはたくましい。
黙々とスクワットを続ける姿を見て、虹子は陸上部時代の補強練習を思い出した。
「茶野さんは?」と虹子。
「梨恵さんは研究熱心で、本当に何でも知ってるの。卒業したら大学の体育学部へ進んで、トレーナーの資格を取りたいんだって」
「選手じゃなくて?」
「サッカーも大学で続けるみたい」
「へえ……」
ちょうどその時、梨恵が戻ってきた。
華が呼びかける。
「梨恵さ〜ん、おはよう」
「おはよう。彼女が練習生さんね」
〝練習生〟にまで〝さん〟を付けるあたり、人柄がにじみ出ている。
「どうも。朝丘虹子です」
小柄な茶色のおさげ髪に、ピンクのリボン。
虹子より10センチほど低いだろうか。
華「私、着替えてくる。梨恵さん、あとはよろ」
――ちょい待て。置いて行かないでくれ。
梨恵「行ってらっしゃ〜い」
恵子「私もそろそろ点呼があります。虹子さん、グッドラック!」
――恵子さんまで……初対面放置かい。
そう思ったものの、不思議と気まずさはない。
梨恵は新人研修でもするかのように、クラブのことや今日の練習について丁寧に教えてくれた。
華が着替えを終えて戻ってくる頃には、選手たちも三々五々グラウンドへ集まり始めている。
その一方で――。
蒼はまだスクワットを続けていた。
――どんだけ続けるんだよ……。
「おーっす!」
赤髪の女子が、豪快に手を振る。
「ども。紅井沙羅って言います」
続いて隣にいた金髪の女子が胸を張った。
「おはよう。フラワー&レインボー!」
虹子「えっ?」
梨恵「こっちは金美麗。みんなからはミリョちゃんって呼ばれてるの」
虹子「朝丘虹子です」
美麗「朝丘……モーニングヒルね」
虹子「えっ?」
美麗「名前はクライネだけど、明るい我がチームへようこそ」
沙羅「六月なのに肌寒いぜ。こいつ、何でもカタカナにするんだ」
美麗「だまれ、サラマンダー」
沙羅「ちょまっ、その呼び方はやめろ!」
目の前で勝手に言い争いが始まった。
虹子がぽかんとしていると――。
胸元に、何かが巻き付いた。
虹子「ぎゃっ!」
???「うへへっ」
虹子「な、なんだ……」
???「メロンだに」
虹子「なっ!」
虹子は反射的に両腕で胸元を隠した。
理恵「ひなぎく、やめなさいっ!」
小柄な女子が、いたずらっぽくニヤリと笑う。
そして下から、虹子の顔を覗き込んできた。




