↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィールドの虹をかける。 〜 ep1 リスタート 〜  作者: 河治良幸
リスタート
PR
28/50

27 クライネの練習場へ

挿絵(By みてみん)

 弁天島で思った以上に時間を過ごしてしまった。


 帰り道に華おすすめの『深江商店』でしらすを買った頃には、時計は9時を回っていた。

 橙山姉妹の家へ戻る。


 居間では蕾が座椅子に腰掛け、華の握ったおにぎりを頬張っていた。

虹子「おはようございます」

蕾「はーい、おはよう。行ってらっしゃい」


 眠たそうに目を細めながら、それでも優しく笑っている。

 その一言だけで、不思議と肩の力が抜けた。


 虹子は急いで支度を整える。練習生の虹子は動きやすいシャツで行くつもりだったが、華が青地に黄緑が縁取られた練習着のストックを貸してくれた。さっそく袖を通す。


 「虹ちゃん、こっち向いて」

 浜名ディーネの選手になった気分で写真に収まった虹子。


 「あれ、華は着ないの?」

 「うふふ、向こうの更衣室で着替えるから」

 「ちょ、おいっ!」


     *


 東海道沿いの「馬郡まごおり」バス停から、美浜公園方面へ向かう路線バスに乗る。


 土曜の朝ということもあり、乗客は数人だけ。

 虹子が二人掛けの席へ向かおうとすると、華はそのまま最後尾へ行き、五人掛けのシートへどっかり腰を下ろした。


「もしかして、二人席に座りたかった?」と華。

「いや、別に……」

「虹ちゃんって、ジュニアの遠征でもいつも一番後ろだったでしょ」

「そうだっけ?」

「男子も『虹子席』って、勝手に空けてたから」

「……そんな女王様みたいだった?」

「女王様というより……大王様かな。こんな感じ」


 華は両足を豪快に開き、腕まで組んでふんぞり返る。

「こら」

「うふふ」

 華は素直に足を閉じた。


 バスはゆっくり東海道を西へ進む。

 窓の外には松並木。

 その向こうには、ところどころ浜名湖の水面が顔を覗かせている。


「そういえばさ」と虹子が問いかける。

「はい。どのようなご用件でしょうか」

「どこの会社の受付だよ」

「うふふ」

「ディーネの公式マスコットって、やっぱりウナギ?」

「違う違う」


 華はスマホを取り出し、水色を基調にした小さな女の子のようなキャラクターを見せた。

「水の精霊、ディーネちゃん」


挿絵(By みてみん)


「ウンディーネって聞いたことない?」

「……ない」

「ドイツ語で『水の精霊』って意味なんだって」

「へえ」

「だからクラブもディーネ。マスコットもディーネちゃん」

「なるほど」


 目的地が近づくにつれて、自然と会話が少なくなった。

 虹子の膝を、華が軽く二回叩く。

華「楽しもう」


 虹子が顔を上げる。

「期待してるよ、相棒」と華。

「うん」


 胸のつかえが、すっと消えた。


    *


「次は、西若林」

 車内アナウンスが流れる。


 華が降車ボタンを押した。

 二人はICカードを運賃箱へタッチする。

 値段表示を見て、虹子は思わず呟いた。


「……さ、360円か」

「虹ちゃん」

 華が笑っている。


「今、高っ、って思ったでしょ」

「え、まあ……」

「顔に全部出てる」

「だって東京の感覚だと……」

「私も普段は自転車だからね」

「今日はあたしのせいでバスだもんね」


「うん」

 あっさり頷く。

「だから虹ちゃんも合格したら、自転車買お」

「そうだね」


 その何気ない一言に、少しだけ未来を想像した。

 合格した後。

 自転車で学校へ行き、そのまま練習へ向かう。

 そんな生活が、ほんの少しだけ現実味を帯びる。


 バス停から歩いて数分。

 美浜公園が見えてきた。

 野球場、テニスコート、弓道場。

 その一角に、鮮やかな緑のサッカーグラウンドが広がっている。


「前は天然芝だったんだけどね。管理が大変で、今はハイブリッド人工芝になったんだ」

「いい環境だね」

「一般の人も予約すれば使えるからさ。前後に使う人たちが『頑張れ』って声を掛けてくれるよ」


 トップチームは別の専用施設。クライネは美浜公園のグラウンドを優先的に使用している。

 華に案内されて向かうと、一人の女性が待っていた。

 40歳前後だろうか。髪を後ろでまとめ、柔らかな笑顔がよく似合う。


挿絵(By みてみん)


「恵子さん。こちら虹ちゃん。朝丘虹子です」

 華が女性に紹介する。


「は、はじめまして。朝丘虹子です」

 虹子は頭を下げた。

「虹ちゃん、ふふっ。小野田恵子です。よろしくね」


 華め--

 恵子さんは初対面なのに、どこか安心する声だった。


 その直後。

 恵子は虹子の顔をじっと見つめる。

 途端に緊張が走る・・・


「虹子さん、犬好きでしょう?」

「えっ?」


 あまりに突然だったので、反射的に自分の腕の匂いを嗅いだ。

 恵子がくすっと笑う。


「匂いじゃないわ」

「え?」

「雰囲気」

「あ……」

 聞いていた華が「うふふ」と笑う。

 虹子も照れ笑いするしかない。


 小野田恵子。初めて会ったはずなのに、不思議と初対面という気がしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。