23 ツボミとハナ
華が暮らしているのは、姉・蕾が経営するアクセサリーショップの二階だ。
舞阪駅から少し歩くと、立派な松並木が現れた。
華「ここ、東海道なんだよ」
虹子「あの東海道五十三次の?」
「そう。この先に舞阪宿があってさ」
「やけに詳しいな。歴史得意だったっけ」
「ここへ引っ越した日に、お姉ちゃんに教えられた」
「褒めて損した」
「うふふ」
周囲はすっかり暗い。
駅から数ブロックなのに、東京とは夜の濃さが違った。
華「あそこ。私ん家。我が橙山城へようこそ」
虹子「城主は蕾さんだろ」
店兼住居は、松並木に溶け込むような緑色の壁。
オレンジ色の看板には、
『TSUBOMI TO HANA』
と書かれている。
「蕾さん、店の名前にあんたの名前も入れてくれたんだ」と虹子。
「一緒に名前考えてって言うから、『TSUBOMI』にしたらって提案したの。そしたら、恥ずかしいから華も入れようって」
「その流れいいな」
「仲良しだもん」
華が嬉しそうに答える。
「お姉ちゃん、ただいま〜」
「は〜い」
店の奥から青みがかった長い髪の女性が現れた。
「虹子ちゃん、久しぶり〜」
そのまま虹子をギュッと抱きしめる。
「うっ、ゴホッ」
蕾に圧迫されて息ができなくなり、虹子は思わず咳込んだ。
「ああごめん。虹子ちゃん、大丈夫? お水持ってくるわね」
蕾が離れると、深呼吸する。
華「うふふ」
*
ひとまず一階の店内にお邪魔すると、蕾が冷たいお茶を持って戻ってきた。
蕾「小学生の時なんて、虹子ちゃんからハグしてきたじゃない」
虹子「えっ」
蕾「ツボミ〜って」
過去の挙動を暴露され、虹子は再びむせ返った。
あの頃は、怖いもの知らずだった。
男子を従えて歩き、学校の先生すらあだ名で呼んでいた記憶がある。
ただ、蕾は少し間を置いてから言った。
蕾「でもね。虹子ちゃん、すごくカッコよかったのよ」
虹子「えっ?」
蕾「いじめっ子を叱ったり、捨てられていた仔犬を何日も世話して、里親を探して回ったり」
華「そうそう。虹ちゃんはフィールドの外でもヒーローだったんだ」
虹「そうだっけ。あんまり覚えてないや」
華「タローだよね」
虹子「ああ。タローは覚えてる。元気にしてるかな」
改めて店内を見る。
銀製品や貝殻を使ったアクセサリーが、壁やショーケースに並んでいる。
「綺麗ですね」
素直にそう言うと、蕾が嬉しそうに笑った。
お茶を飲み終え、華に案内されて二階へ。
玄関へ入ると、カレーらしいスパイスの香りがした。
「お邪魔しま〜す」と虹子。
「誰もいないよ」
「一応、礼儀ってもんがあるでしょうが」
「虹ちゃんの辞書に、礼儀なんて文字あったんだ」
「あたし、来月で17なんですけど」
「誕生月、7月だったね」
「7月16日」
「ナナイロ。私は8月――」
「8月7日。ハナ」
華の顔がパッと明るくなる。
「おっ、よく覚えていらっしゃる」
「めっちゃプレゼントせがまれたし」
「で、もらったのがビッグマンチョコ」
「ガキのお小遣いの限界」
「でも天使カードが出て、虹ちゃんがお守りカードと交換してくれたでしょ」
「そうだっけ」
「まだ持ってるよ。実家の宝箱に」
「宝箱?」
「虹ちゃんとか、城北のみんなとの思い出が詰まってるの」
虹子は何も言えなくなった。
自分はサッカーからも、華からも離れていた。
でも華の中には、その頃の記憶が残っていた。
居間に布団を敷いてもらう。
華が台所でお茶を淹れている間、虹子は少しだけ考えた。
もしクライネに合格できたら。
その先には、どんな景色が待っているのだろう。
一度は歩みを止めたサッカーの道。
あの頃と同じではない。
それでも、また進める。
どこまで行けるのか。
今はまだ分からない。
だけど――
その隣には華がいる。
まずは、自分自身に負けない。
虹子は静かにそう思った。




