20 サッカーが好きだ!
――私たちのこと、全然見てないでしょ。
夕輝の言葉が、頭の中で繰り返される。
確かにそうだった。
ボールを持った瞬間、目の前の相手を抜くこと、奪われないことだけに意識が向いていた。
長くサッカーから離れたことで、ゲーム感覚を失ったからなのか。
虹子が考え込んでいると、
「虹〜子っ!」
目の前に、類の顔があった。
「うわっ、近い」
「あはは」
「ルールその1、あたしの50センチ以内に寄るな。ルールその2、あたしをじっと見るな」
「照れてる、照れてる」
「うるさいな〜もう」
そう返しながら、心の中で感謝する。
虹子は少しだけ気持ちがほぐれたからだ。
「あのさ。サッカーやってる時って、何考えてる?」
虹子が聞くと、類は「何も考えてないかな」と素直に答えた。
「何も?」
「何もっていうのは大げさかもだけど、普通に楽しんでるかな」
「楽しい……」
夕輝「そう。類の言う通りだわ・・・あ、思い出した!」
柄にもなく、夕輝は唐突に大声を上げた。
「虹子とジュニアで対戦した時、私が何を感じたのか」
「夕輝に睨みつけられた記憶しかないけど。次に戦ったら、こいつを倒してやる、みたいな?」
「それもあったけど……羨ましかったのよ。あなたのことが」
虹子は昔の自分を思い出そうとした。
あの頃。
自分は何を考えてプレーしていた?
虹子「あっ」
類「どうしたの?」
虹子「少し、思い出した」
夕輝が続ける。
「あの時のあなたは、とても楽しそうだった。華さんとも、見えない糸でつながってるみたいだった」
「覚えてるんだ、華のこと」
「もちろん。代表でも一緒だったから」
「ああ、そっか」
「私は足首をけがして、U-17の世界大会には出てないのだけど」
「この前ハイライト観た。それで夕輝いなかったんだ」
「ふん! 私が出てたら準優勝なんかで終わってないわよ」
「あ、帰ってきた。三馬鹿トリオ」と類が彼らが去った方角を指した。
夕輝「ちょっと。三馬鹿にリョウくんを入れないで」
類「はいはい。結婚式には親友としてスピーチさせてね」
夕輝「何言ってるの!」
類「あはは。ジョーク、ジョーク」
顔を真っ赤にした夕輝を類が笑顔で宥める。。
セレクションで会った時は、気の強い女王様という印象しかなかった。
でも今は、凌駕への乙女心が表情や言葉に出ていて、少し可愛らしく見える。
虹子「よし。サッカー、楽しむか……」
類「うん。楽しもう!」
夕輝「もともと楽しいものでしょ。考えすぎなのよ」
それだけですぐにプレーが変わるとは思えない。
それでもゲームが再開すると、虹子の中で何かが変わっていた。
――そうだ。
オンライン将棋。
なぜ自分は、あれほど将棋に引きつけられたのか。
相手の駒だけ見ていても勝てない。
自分の駒だけ見ていても勝てない。
盤面全体を見ながら、相手の狙いと自分の使える場所を考え続ける。
サッカーだって同じだ。
「そうか……そうだったんだ」
思わず声に出した。
夕輝。
類。
凌駕。
雄斗。
賢太。
全部を一度に把握することなどできない。
でも、見る。
感じる。
右にいる夕輝からパスが来る。
虹子は左足のファーストタッチで凌駕のチェックをかわし、左斜め前の類へ右足でつなぐ。
「ルイ!」
「はい」
類がワンタッチで虹子へ返す。
その先には賢太。
さっきまでなら、自分で抜こうとしていた。
虹子は笑った。
――自分が受ける。
そう思わせるように身体を入れる。
賢太「あっ」
虹子はボールに触れなかった。
そのままスルー。
賢太が反応を遅らせる。
外側では、すでに夕輝が走り出していた。
ボールをぴたりと止める。
そのまま木と木の間を抜ける。
夕輝「よしっ!」
類「ナイス、虹子!」
虹子は二人へ駆け寄った。
最後のボールに触ってすらいない。
それなのに――。
セレクションでゴールした時より、ずっと気持ちがいい。
虹子「あははっ!」
気づけば声を上げて笑っていた。
それから30分の予定だったゲームは、さらに30分近く続いた。
陽が落ちる寸前まで、6人はボールを追いかけた。
楽しい時間は、あっという間に過ぎる。
いつまでやっても、最後は名残惜しい。
もっとやりたい。
あと一本。
もう一回。
子供の頃も、そうだった。
それがサッカーなんだ。
男も女も関係ない。
中学の時は意地を張って、もがいて、最後には逃げた。
だけど今は――。
声を大にして言える。
虹子「あたし、サッカーが好きだ!」
5人が一斉に虹子を見る。
一瞬の沈黙。
凌駕「俺も!」
類「わたしも〜!」
夕輝「当たり前でしょ」
雄斗「俺も好きだよ」
賢太「俺も……」
虹子「シダケン、なんでそこだけ照れるんだよ!」
賢太「う、うるせえ!」
誰からともなく笑い声が上がった。
日が暮れかけた新宿の真ん中で、6人の笑い声が重なった。




