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フィールドの虹をかける。 〜 ep1 リスタート 〜  作者: 河治良幸
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15 華からの誘い

挿絵(By みてみん)

 二人の涙がようやく止まると、それまでの沈黙が嘘だったように昔話に花が咲いた。


 城北ウイングの練習後も、二人でボールを蹴っていたこと。

 試合の帰りにコンビニでアイスを買ったこと。

 虹子が男子とケンカして、華が間に入ったこと。


「あったあった」

「そうだっけ?」

 そんなやり取りを繰り返しているうちに、通話を始めて1時間が過ぎていた。


挿絵(By みてみん)


華「ちょっと待って、お茶入れてくる」

虹子「うん」


 華がスマホから離れる。

 少し遠くから生活音が聞こえてきたと思ったら、会話まで聞こえてきた。


「お姉ちゃん〜、冷蔵庫のプリンもらうよ」

「ちょっと、私が深夜の楽しみに取っておいたやつ」

「嫁入り前に太ったら、彼氏に嫌われるよ〜」

「うるさいわね。結婚の予定なんかないわよ」


 いかにもホームドラマにありそうな会話だ。

 そういえば華には、10歳ぐらい年上のお姉さんがいたっけ……。

 記憶を巡らしていると、華が戻ってきた。


「ごめんごめん。虹ちゃんは何飲んでるの?」

「日本酒」

「ダメダメ、未成年でしょ。口止め料5万円」

「嘘だよ。そもそも口止めで金取る方が重罪だから」

「うふふ。変わらないな〜、虹ちゃん。あのさ……」

「ん?」


 それまで弾んでいた華の声が止まった。

 何を言おうとしているのか、虹子にも分かった。


「ああ、あたしが怒ってるっていう話でしょ。凌駕から聞いた」

「うふふ」


 聞き覚えのある笑い声が返ってきた。

 それだけで、虹子は少し安心した。


「何も気にしてないよ。そもそも、思い当たる節がない」

本当に何も思い浮かばなかった。


「ううんっ、それは違う」と華。

「え?」

「あの時、虹ちゃん、すごい怒って。もう絶交だって」


挿絵(By みてみん)


「え、そんなこと言った? あたし」

華は「うん。思い切り」とはっきり答える。

「それから引っ越しの日まで、一言も話せてなかったから」


虹子はぼんやり記憶をたどる。


「もしかして、あたしが城北ウイングでサッカー続けるって言った時?」

「うん。辞めた方がいいよって。私、言っちゃった。女子のチームに入りなよって」

「何ていうか、ムキになると、ほとんど記憶飛ぶからな……」

「そっか。勝手に気にしすぎたかも」


 そう華が言ったのを最後に、妙な間ができた。

 時間をかけても、その時の言葉や情景が浮かんでこない。子供ながらに癇癪かんしゃくを起こして、記憶が飛んだのもあるかもしれない。


 ただ――。

 華だけではなかったのだ。

 大人から学校の同級生まで、何度も同じようなことを言われた。


 ――女子のチームに行った方がいい。

 ――男子とずっと一緒にやるのは難しい。


 冷静に振り返れば、虹子以外のみんなが思っていたことだったのだろう。

 面と向かって言わなかった人も、内心ではそう考えていたはずだ。

 虹子の聞こえないところで、話題にしていたかもしれない。


 それでも虹子は、城北ウイングに残った。

 その選択を、今も後悔していない。

 むしろ今になって疑問に思うのは――

 その後だ。


 ――なんで、あたしはサッカーを辞めたんだろう。


「正直、よく覚えてない。だけど、華が正しかったんだよ。後悔はしてないけど」

「虹ちゃん、それ勘違いしてるよ」

「どういうこと?」

「今は分かるよ。虹ちゃんがどれだけすごくても、男子と一緒にやっていたら、どこかで限界が来るって。だけど、そんな意味じゃないの」

「え?」


 少しだけ間が空いた。


「虹ちゃんが女子チームでサッカーしてたら、離れ離れになっても、またどこかでつながると思ったんだ」

「華……」

 その言葉が、虹子の心の奥にゆっくり染み込んでいく。


 ――女子のチームに行って。

 あの頃の虹子には、自分を否定する言葉にしか聞こえなかった。

 でも、華が言いたかったのは違った。

 ――また一緒にサッカーがしたい。

 たぶん、それだけだった。


 何と答えればいいのか分からない虹子に、華が言葉を続けた。


「あそこに書いてたセレクションって、サッカーのセレクションだよね」

「あ、う、まあ」

 虹子は口ごもった。


「芸能関係ならオーディションって言うでしょ。虹ちゃん、そういうの興味なさそうだしさ」

「その件だけど……」

「言わなくていいよ。何となく分かる」

「ごめん、華」

「なんで謝るのよ」


 ここまで分かっている相手に、隠す理由はなかった。

 虹子は、華と離れてからのことを一つずつ話した。


 中学2年の夏。

 大事なチャンスで失敗し、城北ウイングを辞めたこと。

 そこから受験勉強に明け暮れたこと。

 サッカーから逃げるように高校で陸上部に入ったものの、続かなかったこと。

 バスケ部にも誘われた。

 それを頑なに断り、仲の良かった女子との関係までよそよそしくなった。


 そして最近――

 またサッカーがしたいと思った。

 凌駕に教えてもらった東京ヤングシスターズのセレクションを受けた。

 そして、落ちた。


 ただ一つ。

 またサッカーをやろうと思った本当のきっかけだけは、どうしても恥ずかしくて言えなかった。

 華は途中で、一度も口を挟まなかった。


 虹子がすべてを話し終える。

 しばらく沈黙が続いた。


「あの、虹ちゃん……」

「うん、なに?」

「一緒にやらない? サッカー」

「え?」

「うちのチームに来ない?」

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