13 浜名ディーネ
とりあえず帰ろう。
落ち着いてから凌駕や類にメッセージを送ればいい。
そう切り替えて、駅から10分ほどの自宅へ向かう。
立ち止まってスマホを見ると、UNITYに受信マークが付いていた。
風見類だった。
類:合格したよ。
虹子は少しだけ指を止めた。
それから、すぐに返信する。
虹子:おめでとう! やったね〜
既読が付く。
少し間が空いた。
類:虹子は?
続けて、『風に踊る妖精』のキャラクターが「?」を浮かべながら首を傾げるスタンプ。
まるで目の前に類がいるみたいで、スマホを持つ指に力が入った。
どちらにしても、伝えなければならない。
時間が経てば経つほど、言いづらくなる。
虹子:ダメだったよ。ショボン( ´△`)
類:そっか〜
そこから会話が止まった。
虹子自身、どうしていいか分からなかった。
自宅に帰ると、陽子には意外なほどあっさり伝えられた。
なんだかんだ、一番素直になれるのは母親の前なのだ。
「残念だったわね。じゃあ、虹子が好きなもの作るわ」
陽子はそう言うと、そそくさとスーパーへ買い出しに出ていった。
いつも虹子の選択を尊重し、支えてくれる母親だ。
口うるさく言うのは「勉強だけはちゃんとやっておきなさいよ」ぐらい。
東京ヤングシスターズのセレクションを受けると伝えた時の喜びようは、これまで見たことがないほどだった。
図らずも、その期待を裏切る結果になった。
それでも明るく振る舞ってくれた陽子は、どんな気持ちでスーパーに向かったのだろう。
「はぁ〜……」
虹子はまた深くため息をつく。
風呂のお湯を出し、二階の寝室で青色のジャージに着替えた。
ラックにかかっている緑色のジャージが、やけに目に障る。
投げ捨てたい衝動を抑えながら、凌駕にメッセージを打とうとスマホを手に取る。
そのタイミングで、新しい受信マークが付いた。
類だ。
類:ごめん、なかなか言葉が見つからなくて。
虹子:ぜんぜん問題ないよ。
類:通話していいかな?
虹子:ありがとう。でも今はごめん。少し落ち着いたら、あたしから連絡する。
類:分かった。待ってるよ。
アドレスを交換してから、何度か類とはやり取りをしている。
彼女との会話に、スタンプも顔文字も一つもなかったのは初めてだった。
通話で何を言おうとしたのだろう。
虹子は、少しだけ断ったことを後悔した。
ただ、類のメッセージに、ようやく凌駕へ報告する背中を押された気がした。
ところが…
虹子が風呂場で髪を乾かしている間に、凌駕の方から着信が入った。
リビングに置いてあったスマホを、買い物から戻った陽子が持ってきてくれる。
「虹子、着信だよ〜」
「ありがと」
画面を見る。
古賀凌駕。
虹子は通話ボタンを押した。
「はい」
「虹ねえ……あのさ、たぶんそっちから報告しにくいかと思って」
「へ、何のこと?」
「セレクションの結果。ユウキ、あっ、星野さんから聞いたから」
「やっぱり、そういう関係なんだね」
「そんなんじゃねえよ」
必死に否定してくる。
――どういう関係を想像してるんだか」
それはさておき、ふと気になったことを聞いた。
「なんで彼女が結果を知ってるの?」
「ああ。ヤングシスターズの選手たちは今回、スタッフの一員として参加したから。合格者の通知が来たって。もちろん公表はNGらしいけど」
「でも凌駕には伝えたんだ……あたしのこと話してたの?」
「合否が出る前からね。あの朝丘虹子が参加してたって」
「あ、そうか……」
「その時は、これまで記憶にないぐらい喜んでたけど」
――あの星野夕輝が?
セレクション会場で浴びせられた冷たい視線を思い出す。
とても、そんなふうには見えなかった。
「ただ、たぶんダメじゃないかって。実は結果が出る前から言ってて」
「彼女がそんなことを……理由は?」
「そこまでは……。あのさ、このタイミングでおかしいかもしれないけど」
「なに?」
少し間を置いて、凌駕が切り出した。
「もう1回、一緒にボール蹴らない? 俺もちょっと思ったことがあって」
「えっ」
虹子は意外な提案に驚きを隠せなかった。
「セレクションの前まで、俺も気付いてなかったんだけどさ…」
凌駕は少し間を置いて言葉を続ける。
「夕輝がダメじゃないかと言った理由が、今はちょっと分かるんだよ」
「夕輝がね」
「あっ」
「もう、無理しないでいいよ」
セレクションに落ちて、虹子は正直、これからどうすればいいのか分からなくなっていた。
だけど、凌駕は違う。
虹子がサッカーを続けることを前提に考えている。
落ちた。
だから、これからどうするか。
確かなのは――。
虹子の中で、サッカーの火はまだ消えていない。
そのことを凌駕は、とっくに見透かしているのかもしれない。
「分かった。やろう」
虹子はそう答えた。
*
「スケジュール調整するから、ちょっと待って」
凌駕にそう言われてから1時間ほど。
陽子が作ってくれた大好物のミートパイを食べながら、虹子は橙山華のアカウントを眺めていた。
静岡に引っ越してから、華は藤枝清心女子という学校の所有する中学チームでサッカーを続けていたらしい。
藤枝清心は中高一貫校。女子サッカーに疎い虹子ですら名前は知っている全国区の名門だが、高校から華の所属チームが変わっている。
現在の所属先は、プロフィールに書かれていた。
浜名ディーネ・クライネ。
「浜名…ディーネ……」
気になって検索する。
浜名ディーネは、浜松市と浜名湖周辺をホームタウンとする女子サッカークラブだった。
「浜名湖って、あの弁天島……」
旅行雑誌で見て、気に入った場所を思い出す。
浜名ディーネはアマチュアとセミプロで構成されるフラワーリーグに所属していたが、9月開幕の新シーズンから正式なプロクラブとしてWOリーグに参入するらしい。
「WOリーグ……東京シスターズと一緒か」
「どうしたの?」
陽子がこちらを見る。
「なんでもな〜い」
そう返しながら、虹子の頭には城北ウイングで華と一緒にプレーしていた頃の光景が浮かんでいた。
浜名ディーネ……
もう一度、その名前を頭の中で繰り返す。
そして華のプロフィールに戻った。
「えっ」
また声が出た。
陽子が無言でこちらを見る。
虹子も無言で首を横に振る。
もう一度、スマホを見る。
間違いない。
――「七色棋士」が、華にフォロバされてる!




