12 虹子の違和感
セレクションは、シスターズの主にリザーブメンバーを相手にしたゲーム形式で行われた。
フォーメーションはオーソドックスな4―4―2。
30分×4本。
もともとスタミナには自信があった虹子だが、3年近くまともなゲームをしていない。
体力面の不安は拭えなかった。
それでも、出し惜しんだらすぐに見切られる。
1本目のスタメンに入った虹子は、レフェリーを務める永石監督がキックオフの笛を吹いた瞬間から、後先を考えず100で入った。
エントリーのデータに「MF」と記入していた虹子は、10分おきにボランチ、左サイドハーフ、右サイドハーフでプレーした。
凌駕とは1対1しかやっていなかったため、多人数でのプレーには最初こそ戸惑った。
それでも中央をドリブルで突破して惜しいミドルシュートを放ち、終盤には左足のスルーパスでゴールをアシストした。
3年近いブランクはある。
それでも、男子の凌駕とバチバチやっていたせいか、プレッシャーに関しては中学生が大半と見られるヤングシスターズの選手たちを、少し物足りなく感じた。
1本目は1―1。
2本目は別のセレクション生がスタメンとなり、虹子はピッチの外で軽く体を動かしながら様子を見ていた。
――あの8番のビブス付けた子、うまいな……。
ボランチに入ったやや小柄な選手が、緑色の髪をひらひらとなびかせながらディフェンスをかわし、バシバシと縦パスを通していく。
それが後に仲良くなる風見類だとは、この時の虹子はまだ知らない。
ボールを失えば、すぐに追いかける。
味方がミスをしても手を叩き、声をかける。
チャンスになれば、誰よりも楽しそうに走る。
類の活躍もあり、2本目はセレクション組が2―1で勝利した。
「やったあ!」
試合終了の笛が鳴ると、類はまるで公式戦に勝ったかのように両手を上げ、仲間たちと喜び合っていた。
その顔が、湯船に浸かる虹子の頭に浮かぶ。
*
3本目の終盤、虹子はボランチで少しだけ出場した。
しかし効果的な動きができないまま0―2で敗れた。
少し不安になった虹子だったが、4本目は風見類とともにスタメンに名を連ねる。
ここまでの3本で評価が高かった選手たちが残された。
メンバー構成を見て、虹子にはそう思えた。
類は右サイドハーフ。
虹子は右のボランチ。
ヤングシスターズ側も、それまでとは違う。
主力らしき選手たちが数人加わり、FWには星野夕輝が入ってきた。
セレクション組は、今日限りの即席チームだ。
それでも円陣を組んで、勝利を誓った。
スタメンに選ばれなかった子たちも、
「頑張れー!」
と声をかけてくれる。
しかし――。
結果は1―4。
完敗だった。
ヤングシスターズの主力と見られるチームは、それまでの3本とは次元が違った。
中でも星野夕輝は特別だった。
左足から2ゴール1アシスト。
プレーが速い。
そして正確だ。
FWの位置から中盤の選手とうまく絡み、最後の仕上げでは個人能力を発揮してくる。
まさしく、容赦のない女王だった。
それでも試合終了間際、セレクション組に唯一の得点が生まれた。
決めたのは虹子だ。
中央で類からパスを受ける。
なりふり構わず強引にドリブルで仕掛け、やや遠目から右足を振り抜いた。
得意にしていたミドルレンジ。
ただし、感触は少しズレた。
ボールは相手センターバックの左足に当たって方向を変え、ゴールキーパーの反応を破った。
「よしっ!」
虹子は声を張り上げる。
類だけが満面の笑顔で右手を上げて走ってきた。
虹子も反射的に手を合わせる。
パンッ。
乾いた音がピッチに響いた。
しかし――。
すぐ横では、誰も笑っていない。
すでに意気消沈していた他のセレクション生たちは、黙ってこちらを見ている。
4点を奪われた後の一矢報いるゴールだ。歓喜の輪ができるはずもない。
その時の虹子は、そう思っていた。
「ふんっ」
夕輝が鼻を鳴らした。
味方のディフェンダーからボールを受け取ると、すぐにセンターサークルへ運んでいく。
その背中を見ながら、虹子も自陣へ戻った。
得点はした。
アピールもできた。
なのに――。
なぜか胸の奥に、引っかかるものがあった。
*
試合が終わると、グラウンド中央に全員が集められた。
永石監督から、
「みなさん、お疲れ様でした」
と挨拶があり、トップチームの八木沢監督からも労いの言葉をかけられた。
「それぞれのプレーは見せてもらいました。今回の結果がどうなっても、サッカーを楽しんでほしい。また会いましょう」
そう話した直後。
八木沢監督が虹子の方をチラッと見て、また正面を向いた。
虹子は、どう反応していいのか分からなかった。
――サッカーを楽しんでほしい。
その言葉だけが耳に残った。
そして、類の姿と妙に重なった。
*
結果の通知が届いたのは翌日の昼だった。
学校の教室で弁当を食べている時だ。
右手で箸を持ちながら、左手でスマホを操作する。
東京ヤングシスターズの事務局から届いたメールを開いた。
不合格
その三文字だけが、やけに大きく見えた。
スマホを握る指に力が入る。
粘土なら、原形をとどめないぐらい潰していたかもしれない。
我に返ったのは、指に痛みを感じた時だった。
教室の中で、自分だけ時間が止まったような感覚。
陽子が朝早くから作ってくれた弁当も、ほとんど喉を通らなかった。
大好きな卵焼きが一つ、弁当箱の隅に残った。
午後の授業も頭に入らない。
ノートに文字を書いていたはずなのに、気づけば同じ行を二度書いていた。
終業のベルが鳴る。
「虹子、じゃあな」
クラスでは割と仲の良い男子が声をかけてきた。
「うーっす」
いつも通りに返したつもりだった。
そのまま一人で教室を出て、階段を降りる。
「朝丘さん、大丈夫? 具合が悪いなら保健室まで肩貸すけど」
声をかけてきたのは、かつてバスケ部に誘ってきた〝元友人〟の温子だった。
あの一件以来、すれ違っても軽い会釈で済まされていた相手だ。
「あ、大丈夫。ちょっと考え事」
「そうなんだ。じゃあ、また明日」
温子は手を上げ、急ぎ足で立ち去った。
――また明日。
ただそれだけの言葉が、妙に胸に残った。
よほど具合が悪く見えたのだろうか。
以前は〝ニジっぺ〟と呼ばれていた。
それでも声をかけてもらえた嬉しさと、今さら素直に話せない情けなさで胸が詰まった。
上履きからスニーカーに履き替え、校門を出る。
周囲から同じ学校の生徒がいなくなったところで、
「ふぅ〜……」
深呼吸とも、ため息ともつかない息を吐いた。
皮肉なほど晴れ渡った空を見上げる。
「これから、どうするかな……」
落選した。
凌駕にどう報告しよう。
類はどうだったのだろう。
そして――。
「華……」
虹子は力なく名前を口にした。
どこかに、女子サッカーならやれるという甘えがあったのかもしれない。
でも、まず伝えるべき相手がいる。
ここまで親身になって助けてくれた弟分だ。
――とりあえず、凌駕に連絡しよう。
学校の最寄り駅から都電に乗り、窓際の壁に寄りかかった。
チンチンッ。
レトロな発車音が鳴る。
都電が動き始めると、虹子はスマホで凌駕とのトーク履歴を開く。
さて、なんて書く……。
虹子:ごめん、セレクション落ちたわm(_ _)m
書いてから、消した。
違う。
虹子:落ちた。ごめん。
これも消した。
そもそも――
何を謝るんだ。
3回ほど書き直しているうちに、飛鳥山の裏側にある都電の王子駅が見えてきた。
「やばっ……」
慌てて降車ボタンを押そうとしたら、すでに誰かが押して赤く光っていた。




