11 親友の存在
風見類とパフェを食べながらの会話は、ほとんどがサッカーとは関係ない雑談だった。
趣味は合わない。というより、共通点がほとんどない。
それでも類は、何を話しても「あはは。合わないね〜」と笑って返してくる。
話下手の虹子にも、それがまったくストレスにならなかった。
そもそも、初対面という感じがしない。
こんなふうに、知り合ったばかりの相手と自然に話が続くのは、虹子にとって珍しいことだった。
二つのパフェも残りわずかとなったところで、類がセレクションの話題を切り出した。
「虹子、うまかったな。3本目のゴールは興奮しちゃったよ」
「類のがうまいよ」
いやいやと右手を振って謙遜した類が、唐突に質問をぶつけてくる。
「そういえば、普段どんなチームでやってるの?」
「え、ああ……草サッカーかな。男子に混ざって」
嘘ではない。
草サッカーと言っても、凌駕と二人でボールを蹴っていただけだ。
まさか中学の途中でサッカーを辞めて、最近になってまたボールを蹴り始めたなんて言えない。虹子は咄嗟にごまかすしかなかった。
一方の類は、中学まで女子フットサルのチームに所属していたという。
「一応、中学の全国チャンピオンだよ」
「それで、あんなに足技がうまいんだ」と虹子。
「ボールもピッチもサッカーと違うから、そのままできるわけじゃないけどね」
「フットサルは辞めちゃったの?」
「…まだ続けてるよ」
それまで笑っていた類の表情が、いきなり真剣になった。
高校進学後に加入する予定だった女子フットサルチームが活動休止となり、類は高校の女子サッカー部に入った。
それでもフットサルを辞めたわけではなく、行きつけのフットサル場で成人の男子チームに混ぜてもらっているという。
さぞ、おじさんたちのアイドルなんだろうな……。
類の通う高校は渋谷学園。つい1年半前に高校受験をしていた虹子も知っている都内有数の進学校だ。
女子サッカー部も活動しているが、夏のインターハイ予選では健闘虚しく、第一シードの一文字高校に準々決勝で敗れた。
それは類に言われて、今スマホで調べた情報だが、一文字高校の名前は虹子も知っている。ジュニアの時に中等部から誘いを受けたからだ。
家の電話を手にした母親に向けて、無言でバッテンを作った”リトル虹子”の厚かましさに、心の中で苦笑する。
「虹子、どうかした?」
「あ、いや…1―5か。この得点は?」
「はい。私です」
類は少し照れた表情で右手をあげた。
インターハイ予選が終わったのは5月上旬。クラブチームへの転向も考えていたところで、全国屈指の強豪・東京ヤングシスターズの臨時セレクションを知り、すぐに申し込んだという。
「申請フォームに推薦者ってあったじゃん」と虹子。
「うんうん、あったね」
「誰にした? 女子サッカー部の監督?」
「フットサル場で仲良くなったサッカー協会の理事さん」
「こいつめ……」
「あはは」
屈託のない類の笑顔を見ながら、理事さんのデレデレした顔を勝手に想像して、虹子は慌てて頭から打ち消した。
フットサルよりメジャーで、女子のプロリーグもあるサッカーで成功したいのだろうか。
そんなことを考えた虹子だったが、次に類が口にした言葉を聞いて、自分の想像が恥ずかしくなった。
「私ね、女子フットサルをメジャーにしたいんだ」
「へえっ」
「サッカーでフラワージャパンに選ばれるぐらい活躍して、有名になる。それからフットサルに戻って、そっちでも代表になるの」
虹子は思わず類の顔を見た。
すごい目標だ。それでも…
目を輝かせて話す類を見ていると、本当にやってしまいそうな気がする。
それに比べて、自分はどうだ。
サッカーがしたい。
試合に出たい。
活躍したい。
そこまでは簡単にイメージできる。
でも、その先は――。
まだ何も見えていなかった。
橙山華の記事の中にあった言葉で、サッカーへの情熱は蘇った。
セレクションでも必死にアピールしたし、今できるベストは出したつもりだ。
だけど、何かが足りない。
何だろう……。
その場で考えても、答えは出なかった。
*
会計の金額を見て、虹子は改めて申し訳なさそうに類と目を合わせた。
しかし類はニコニコしながら右手を横に振る。
「果樹園ラヴリー」を出て、JRの南口から山手線のホームへ移動した。
代々木方面への電車を見送ってから、1分と経たないうちに到着した新大久保方面の電車に飛び乗る。
UNITYの画面を見ると、『風に踊る妖精』という人気アニメのキャラクターがお辞儀しているスタンプが、類から送られていた。
まるで類みたいだ。
「『風に踊る妖精』……ちょっと観てみるか」
うっかり声に出してしまった。
隣にいたサラリーマンがギョッとして虹子を見る。
「スミマセン……」
小さく頭を下げてから、類にスタンプを返す。
虹子はスマホを買って最初の頃にダウンロードした無料スタンプしか使わず、自分でスタンプを購入したことなどない。
以前、無理やりプレゼントされたスタンプの中から、漫画の主人公がお辞儀しているものを選んだ。
類:お!『執事が10匹』だ。この漫画大好き♡
虹子:そうなの?
類:うん。虹子も好きなんだね。
虹子:お、おう。
テキストなのに、どもってしまった。
虹子は、その作品をほとんど読んだことがない。
確かダウンロード版を、あいつが持ってたな……。
香月朋美。
浦和レッドクイーンズ、通称〝レインズ〟のユースチームに所属している親友だ。
朋美のことは、小学4年生ぐらいから認識していた。
やたらガツガツ来る、嫌な相手。
最初の印象はそんなものだった。
試合中に思い切り削られて、その場で言い争いになったこともある。
本格的に仲良くなったのは、小学6年生の夏の終わり頃だ。
赤羽SCとの試合後、向こうから積極的に話しかけてきて、強引に連絡先を聞かれた。
その後、朋美が住む埼玉県の川口から、わざわざ王子まで遊びに来てくれたことで、一気に距離が縮まったのだ。
あれは確か、華が静岡に行く少し前だったか…
中学で朋美がレインズのジュニアユースに入ってから、サッカー場で顔を合わせることはなくなった。それでもオフの交流は続いた。
虹子が城北ウイングを辞めた時、そのことを伝えると、一度だけ朋美は言った。
「だったら、うちに来たら?」
虹子は思わず怒鳴り返してしまった。
それ以来、朋美がサッカーの話をしてくることは一切なくなった。
それでも時間があれば、ご飯やお茶に誘ってくれた。
もし朋美がいなかったら…
城北ウイングを辞めた後。
高校で陸上部を辞めた後。
バスケ部に誘ってくれた友人と距離ができた後。
本当にどこかで、人生のダークサイドに堕ちていたかもしれない。
朋美とのトーク履歴をタップする。
虹子:おす!
数分もしないうちに既読が付いた。
朋美:めす!
朋美:【セクシー美女のスタンプ】
虹子:卑猥なスタンプ送るのやめい!
朋美:えっへっへっへっ
虹子:エロ親父め。『執事が10匹』のダウンロード版って持ってる?
朋美:おっ! やっと読む気になったか。100万円でご提供。
虹子:いるか!
*
王子の自宅に着くと、虹子は風呂のお湯をためた。
事前にメッセージを送っていたので、母親の陽子は、
「あ、おかえり。お雑炊にしたから、適当にあっためて食べて」
とだけ言って、居間で日曜夕方のお気に入り番組を観ている。
ピピーッ。
お湯がたまった合図が鳴った。
湯船に浸かりながら、虹子はセレクションを思い返す。
やっぱり気になるのは、〝若干名〟という募集人数だ。
トップ昇格でいなくなった選手と同じ5人なのか。
うまいと思った選手。
速いと思った選手。
目立たないけれど、ミスが少なく堅実だった選手。
何本もシュートを止めていたゴールキーパー。
いろいろな顔が頭に浮かぶ。
それでも、一番インパクトがあったのは風見類だった。
うまいだけじゃない。
どこか楽しそうにプレーする類は、虹子の目にも輝いて見えた。
「楽しそうか……」
凌駕と1対1をしている時間は、虹子だって楽しかった。
ただストイックに〝リハビリ〟していたわけではない。
それでも――。
何かが足りない。
「一緒に合格してるといいな」
虹子は、類のプレーと、満面の笑顔でパフェを頬張っていた姿を思い浮かべた。
若干名。
自分にとっては、明らかなライバルだ。
なのに不思議と、類には受かってほしいと思った。
顎まで湯に浸かりながら、虹子はもう一度、セレクションを最初から思い返した。




