10 緑髪の少女
セレクションを終えた虹子が、帰りのバスを待ちながら凌駕に報告すると、すぐに通話がかかってきた。
「どうだった?」と凌駕。
「うん。やるだけやったよ」
「その声だと、手応えあったんだ」
「ま〜ね」
「うっし。虹ねえなら問題ないでしょ」
「どうかな。あたし、選ぶ側じゃないから。あ、バス来た。またね」
「は〜い! お疲れさん」
通話を切ると、凌駕から古いサッカーアニメのキャラクターがサムアップしているスタンプがUNITYの画面に届いた。
そういえば、今日は凌駕もヤングブラザーズのリーグ戦だった。
自分の報告だけして、結果を聞くのを忘れた。
「……あたし、自分のことばっかりだな」
少し反省しながら、バスへ乗り込む。
まさに発車しようとした時だった。
「乗ります! 乗りま〜す!」
外から大声が聞こえる。
一人の少女が、運転手に何度も頭を下げながら駆け込んできた。
「あっ」
虹子は思わず声を漏らした。
セレクションを受けていた子だ。
緑色のセミショート。
小柄な身体。
大きな瞳。
「セレクションの! お疲れ様♪」
彼女は明るい声を上げると、いきなり虹子の隣へ座ってきた。
二人掛けの真ん中寄りに座っていたので、身体がぶつかる。
「あっ……」
虹子は慌てて窓側へ寄った。
確か、グラウンドでは〝ルイ〟と呼ばれていた。
最初にお互いの名前を覚え、パスを交換しながら呼び合うトレーニングがあった。
ゲームでも一緒になる時間があったので、虹子も覚えている。
緑ジャージ姿の虹子とは違い、白シャツに淡い水色とピンクの上着を組み合わせた服装だった。
その格好だけ見たら、誰もサッカーのセレクションを受けた帰りだと思わないだろう。このまま原宿にでも遊びに行けそうだ。
「ニジコちゃん、でいいのかな?」
「うん。フルネームは朝丘虹子だけど」
「あ、そうなんだ」
「あなたはルイちゃん?」
「わたし、風見類。風を見るで風見。名前の類は『類は友を呼ぶ』の類。ルイでいいよ」
「あたしは虹をかけるの虹」
「あはは、それは言わなくても分かるよ。まさか時間の二時とか、二次募集の二次じゃないでしょ」
「笑うとこかよ……」
そんなやり取りをしているうちに、バスは慶應稲田堤駅へ到着した。
会話は電車に乗り換えてからも続いた。
ほとんど類のペースだ。
虹子の呼び方も、いつの間にか「ニジコちゃん」から「虹子」に変わっている。
いろんな意味で、距離の詰め方が早い。
類の自宅は代々木にあるという。
新宿までは一緒だ。
――実家が代々木って、お嬢かよ。
口に出すのはやめておいた。
最初は緑色の髪に引いたが、話してみると気さくで、初対面という感じがしない。
周囲から見れば、緑色のジャージ女子と、渋谷か原宿が似合いそうな緑髪の少女。
違和感しかない組み合わせだろう。
ちょっと嬉しいと思っている自分に気づき、恥ずかしくなった。
新宿駅に着く。
そうだ。
別れる前に連絡祭を交換するか。そう思った瞬間…
「虹子!」
ほとんど同時に類が呼びかけてきた。
出会ったばかりなのに呼び捨て。
それでも屈託のない笑顔のせいか、不思議と嫌な感じはしない。
「UNITY……つなげておく?」
虹子は類の顔を覗き見しながら切り出した。
「もちろん! あ、ちょっと新宿でお茶しない? 駅前に、おいしいスイーツのカフェがあるんだ」
「それはぜひ、と言いたいところだけど……」
「さては〜、虹子、体をコントロールしてるのかな?」
虹子は一瞬ギクッとした。
確かにサッカーを再開する前は、お腹や二の腕が少々やばかった。
糸できゅっと締めて、ハムとして出荷されてもおかしくないくらいに。
最近は運動のおかげで、だいぶ引き締まった気がする。
しかし問題はそこではない。
「いや……お金持ってないんだ。交通費とドリンク代だけならICカードでいいかなって。現金持ってこなくて」
虹子は正直に打ち明ける。
「なんだ〜、そんなことか。この風見類に任せなさい。お近付きの印に、ごちするよ♪」
「いや、それはさすがに申し訳ないって……」
「いいのいいの。大船に乗りなさい」
「見た目は小船だけど」
「あははは、虹子うまい」
類は周囲を気にする様子もなく、声を出して笑った。
そしてJR連絡口ではなく、京王線の出口へ虹子を引っ張っていく。
これから男子とデートに出かけてもおかしくない格好の少女が、野暮ったい緑ジャージの女をグイグイ連れていく。
――周りから見たら怪しさしかないだろうな。
そう思いながらも、虹子は嬉しさを隠せなかった。
思わず緩みかけた頬を、意識して引き締める。
たどり着いたのは、『果樹園ラヴリー』というカフェだった。
半地下の店内。
ショーケースにはリンゴ、桃、苺。
別のケースには、色とりどりのケーキが並んでいる。
虹子もスイーツは好きだ。
ただし、別腹というほどではない。
――お母さんに、夜は軽めでいいって送っておこう。
二人で四人掛けの席へ向かい合って座った。
「虹子、どれにする?」と類。
「ん〜、いっぱいありすぎて迷うなあ」
「じゃあ二つ頼んでシェアしよう。イチゴパフェとフルーツパフェね。あと紅茶でいいですか?」
「決断はやっ」
「即断即決が風見類の取りえですから」
「まさしく風だわ」
改めて向かい合ってみると、類は非の打ち所がないほどの美少女だ。
星野夕輝のような長身ではない。
それでもティーン向けのファッション誌に載っていても、まったく違和感がないだろう。
だが――
セレクションで虹子の目を引いた理由は、そこではない。
緑色のショートヘア。
8番のビブス。
風見類。
セレクション参加者の中で唯一、
――今の自分では及ばない。
そう感じた選手だった。
ポジションはボランチとサイドハーフ。
虹子が試された場所と、完全に重なる。
手応えはあった。
それでも不安はある。
その〝不安の種〟が今、目の前でニコニコしながらパフェの苺を口に運んでいる。
もし、どちらか一人しか残れないとしたら――。
自分が永石監督や八木沢監督でも、彼女を選ぶ。
――若干名。
募集要項にあった言葉が、急に重く感じられた。
「虹子!」
「ん?」
「はい、あ〜ん!」
「えっ――」
反射的に口を開く。
「(パクッ)……うまい」
類「あはは」
虹子「痛いバカップルか!」




