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 春尚に背負われた隆正が、千世が寝かされている薬師部屋へと向かう。

 その後姿を忠尚と共に見送りながら、つくよはずっと泣いていた。


「なぜ泣く?」


 忠尚が足を放り出すようにして縁側に座った。


「わかりません」


「悲しいか?」


「……」


「辛いか? まあ、この世に居る限り、そこからは逃れられぬがな」


 つくよが忠尚を見た。

 クスッと肩を竦めた忠尚が、視線を空へと投げる。


「なあ、つくよ。あの世はどんなところか知っておるか?」


 つくよの目が丸くなる。


「存じませんよ。行ったことは無いもの」


「ははは! それはお前が覚えておらぬだけじゃ。我らはな、皆何度もそこへ行っておるよ」


「え?」


「輪廻転生という言葉は知っておるか?」


「……」


「要するに生まれ変わるということじゃ。しかしなぁ、そこには厳しい掟があってなぁ」


「掟?」


「うん。お前は月読の一族だ。前の生も、その前の生も、ずっとずっとな」


「え?」


「だから私もずっと陰陽の家に生まれている。春尚もな」


「では、お百姓はずっとお百姓? 帝はずっと……」


 忠尚がニヤッと笑った。


「いやいや、そこはちと違う。我らのように特別な力を持った者だけの話じゃ。いかに優れた百姓だったとしても、次もそうとは限らない。畏れ多くも帝もそうじゃ。輪廻転生したとしても、次世も帝とは限らない」


「特別な力?」


「そう、特別な力だ。そもそもこの世には、五つの特別な力が存在しておるのだ。空を司る者と海を鎮める者。そして大地を見守る者」


「五つの……」


 忠尚がニヤッと笑ってつくよを見た。


「四つ目が我が陰陽だ。さあ、最後の五つ目は?」


「……月読……」


「ご名答」


「……」


「ちと難しかったか? まあ、そんなものだと考えてくれ。その五つの力を持つ者は、死してもまたその道に生まれる。これが掟だよ」


「生まれ変わっても……」


「うん」


「では母さまも生まれ変わるのですか?」


「ああ、いずれはな」


「いずれは……」


「いつになるかは誰にもわからない。息をやめた瞬間に、記憶も全てなくなるから、生まれ変わったという自覚も無いんだ」


「……」


 雲から顔を出した月が、二人の影を庭に映す。

 ざわざわと高野槙が葉を鳴らし、どこかで野鳥が凪いだ声をあげた。


「そんなの……悲しい。母さまはまた同じ苦しみを味わうってことだもの」


「そうだな」


「いつまで続くんだろう」


「ああ」


 つくよの瞼に霧のような透明な粒が乗った。

 静かな時間が流れる。

 全部夢だったらとつくよは思った。

 館の子のことも、父母の死も全部。


「春尚のことも夢とするか?」


 つくよの心臓が大きく跳ねた。


「口に……出ていましたか?」


「いや、なんとなくわかっただけだ。で? 春尚のことも幻にしたいと?」


「あ……」


 つくよの脳裏に春尚の素直な笑顔が浮かぶ。

 その明るさに何度救われた事だろうか。


「お前はなぜここに来た? 千世さまも朔也さまも、お前を逃がそうとしておられた。もちろん春尚もな」


 つくよの目が泳ぐ。


「私は……嬉しかったのです。少しでもお役に立てたらって」


「お前はよく頑張っておったと思うぞ」


 忠尚の言葉がつくよの心に沁みていく。

 抑え込んでいた痛みが、洪水のように込み上げてきた。


「私……わたしは……何もできませんでした。千世さまを……千世さまを……」


 つくよの目からまた涙が溢れてくる。

 それはまるで堰き止められていた山水が、一気に谷を駆け下りるようだった。


「泣け。泣くも供養と申す」


 じゃらじゃらと琵琶をかき鳴らすような音が耳の奥で響く。

 つくよは奇妙なほど懐かしい音だと思った。

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