27
春尚に背負われた隆正が、千世が寝かされている薬師部屋へと向かう。
その後姿を忠尚と共に見送りながら、つくよはずっと泣いていた。
「なぜ泣く?」
忠尚が足を放り出すようにして縁側に座った。
「わかりません」
「悲しいか?」
「……」
「辛いか? まあ、この世に居る限り、そこからは逃れられぬがな」
つくよが忠尚を見た。
クスッと肩を竦めた忠尚が、視線を空へと投げる。
「なあ、つくよ。あの世はどんなところか知っておるか?」
つくよの目が丸くなる。
「存じませんよ。行ったことは無いもの」
「ははは! それはお前が覚えておらぬだけじゃ。我らはな、皆何度もそこへ行っておるよ」
「え?」
「輪廻転生という言葉は知っておるか?」
「……」
「要するに生まれ変わるということじゃ。しかしなぁ、そこには厳しい掟があってなぁ」
「掟?」
「うん。お前は月読の一族だ。前の生も、その前の生も、ずっとずっとな」
「え?」
「だから私もずっと陰陽の家に生まれている。春尚もな」
「では、お百姓はずっとお百姓? 帝はずっと……」
忠尚がニヤッと笑った。
「いやいや、そこはちと違う。我らのように特別な力を持った者だけの話じゃ。いかに優れた百姓だったとしても、次もそうとは限らない。畏れ多くも帝もそうじゃ。輪廻転生したとしても、次世も帝とは限らない」
「特別な力?」
「そう、特別な力だ。そもそもこの世には、五つの特別な力が存在しておるのだ。空を司る者と海を鎮める者。そして大地を見守る者」
「五つの……」
忠尚がニヤッと笑ってつくよを見た。
「四つ目が我が陰陽だ。さあ、最後の五つ目は?」
「……月読……」
「ご名答」
「……」
「ちと難しかったか? まあ、そんなものだと考えてくれ。その五つの力を持つ者は、死してもまたその道に生まれる。これが掟だよ」
「生まれ変わっても……」
「うん」
「では母さまも生まれ変わるのですか?」
「ああ、いずれはな」
「いずれは……」
「いつになるかは誰にもわからない。息をやめた瞬間に、記憶も全てなくなるから、生まれ変わったという自覚も無いんだ」
「……」
雲から顔を出した月が、二人の影を庭に映す。
ざわざわと高野槙が葉を鳴らし、どこかで野鳥が凪いだ声をあげた。
「そんなの……悲しい。母さまはまた同じ苦しみを味わうってことだもの」
「そうだな」
「いつまで続くんだろう」
「ああ」
つくよの瞼に霧のような透明な粒が乗った。
静かな時間が流れる。
全部夢だったらとつくよは思った。
館の子のことも、父母の死も全部。
「春尚のことも夢とするか?」
つくよの心臓が大きく跳ねた。
「口に……出ていましたか?」
「いや、なんとなくわかっただけだ。で? 春尚のことも幻にしたいと?」
「あ……」
つくよの脳裏に春尚の素直な笑顔が浮かぶ。
その明るさに何度救われた事だろうか。
「お前はなぜここに来た? 千世さまも朔也さまも、お前を逃がそうとしておられた。もちろん春尚もな」
つくよの目が泳ぐ。
「私は……嬉しかったのです。少しでもお役に立てたらって」
「お前はよく頑張っておったと思うぞ」
忠尚の言葉がつくよの心に沁みていく。
抑え込んでいた痛みが、洪水のように込み上げてきた。
「私……わたしは……何もできませんでした。千世さまを……千世さまを……」
つくよの目からまた涙が溢れてくる。
それはまるで堰き止められていた山水が、一気に谷を駆け下りるようだった。
「泣け。泣くも供養と申す」
じゃらじゃらと琵琶をかき鳴らすような音が耳の奥で響く。
つくよは奇妙なほど懐かしい音だと思った。




