25
「臨兵鬥者皆陣列前行! 止!」
庭から春尚が飛び込んできた。
腰に佩いていた長刀を抜き、女御の腕を切り落とす。
その動きのすべてが、まるで絵草紙の紙をめくるように止まって見えた。
女御の腕が宙に舞い、その切り口から鮮やかな赤い粒が迸る。
「つくよ! 千世さまを!」
「はい!」
つくよが畳を蹴った。
「千世さま!」
千世はぐったりと動かない。
「千世さま?」
抱き上げたつくよの掌が、べっとりと赤黒く染まった。
腕をもぎ取られた女御が、朝成の首筋に嚙みつこうと踊りかかる。
「六根清浄急急如律令(ろっこんしょうじょうきゅうきゅうにょりつりょう)」
春尚の吐いた呪詛が炎を止めた。
「鬼……鬼じゃ……鬼がおる」
「朝成! 落ち着け!」
春尚が喝を飛ばす。
つくよは千世の体を引き摺るようにして後ろへ下げた。
「兄さま! ダメじゃ! 歌いなされ! 聞いてはならん! 聞いてはなりませぬ! ほれ、私と共に歌いましょうぞ」
朔也が、焦点のあってない朝成に叫ぶ。
「兄さま!」
パチンと音をさせて、春尚が朝成の頬を張った。
「つくよ! 千世さまは」
「虫の息でございます」
女御が奇妙な声で笑い始めた。
「裏切り者とはいえあっぱれじゃ。我が一族の呪いを一身に受けるとはのぉ。ははははは! 苦しいであろう? その苦しさは南州全ての痛みじゃ!」
千世がゴフッと血を吐いた。
つくよが千世の傷に手を当てる。
途端に胸の奥に鉛を流し込まれたような重苦しさに襲われた。
「やめろ! つくよ! 吸うな」
春尚の声が遠くに聞こえた。
それでもつくよは止めない。
ほんのりと顔色が戻った千世が、つくよの手に手を重ねた。
「もうよい。私が全て引き受けましょう。つくよ、兄さまと朔也を頼みます。館の子も、みんなお頼み申します。どうか、どうかこの通りです」
千世が手を合わせてつくよを見た。
「なりません! 必ずお助け申しますから……ああ……どうか……千世さま……お願い……」
ゆっくりと目を閉じる千世。
畳を這うようにして来た朔也が、千世の体に寄り添った。
「姉さま。まだ早うございますよ」
千世が薄目を開ける。
「頃合いじゃ。むしろもうこれ以上は取り込めぬ。朔也、頼みましたよ」
「姉さま……」
「薬師を呼びなさい。今宵しかありませぬ」
朔也が顔を歪めた。
その目からは大粒の涙がこぼれ、千世の髪を濡らしていく。
「つくよ……薬師を……」
「え?」
朔也の目がカッと見開く。
「薬師を呼べ! 千世の肝を献上せよ!」
女御の首を撥ねた春尚が向き直った。
「何を仰せか!」
朔也がボロボロな顔で春尚を見た。
「春さまの手は汚してはなりません。どうか……どうか千世姉さまの願いを……どうか、叶えてやって下さいませ」
春尚が虫の息の千世と朔也を交互に見た。
「まさか……」
朔也がこっくりと頷いた。
「いや……それは」
「お頼み申す」
朔也が畳に頭をこすり付ける。
つくよはもう何も考えることができず、ただ千世の体に指を乗せた。
「つくよ! 吸うな。頼むから吸わないでくれ。これ以上薄めては、姉さまの悲願が叶わぬ」
つくよがビクッと肩を揺らして手を引っ込めた。
「いつから……計画しておられた?」
「ここに来る日からですよ」
「なぜそのような……」
「兄姉、そして幼きまま消えるしかなかった弟妹の仇でございます」
「だからといって……」
「無力な我らにはそれ以外の方法がございません」
春尚が千世の頬に触れた。
千世が力を振り絞って微笑んで見せる。
「春さま……これは私が決めた事。朔也に罪はございません。どうか……どうかお願い申します」
春尚が小さく頷いた。
「誰かある! 薬師殿をすぐに! 生薬を帝へ!」
「春さま!」
つくよが春尚の足に取り付いた。
それをゆっくりと見下ろす春尚。
「恨むなら……私を恨んでくれ」
焼け残った柱を避けながら薬師が二人駆け付ける。
宮中の中でも最奥に近いこの場所の惨状に、若い薬師がひゅっと喉を鳴らした。
朔也が淡々とした声で告げる。
「千世さまの願いじゃ。生薬を抜きすぐに帝へ。だから……藍丸は……許してやってくれ」
最後まで聞き終えた薬師が正座をして頭を下げた。
「仰せのままに」
千世の唇が薄く開き、涙を湛えた瞳が朔也を探した。
「ご心配には及びませんよ、姉さま。後は必ず私が」
「うん」
千世の手首がだらりと畳を打った。
いまだに呆然自失となっている朝成の目が、ぼんやりとその景色を映していた。




