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「臨兵鬥者皆陣列前行! 止!」


 庭から春尚が飛び込んできた。

 腰に佩いていた長刀を抜き、女御の腕を切り落とす。

 その動きのすべてが、まるで絵草紙の紙をめくるように止まって見えた。

 女御の腕が宙に舞い、その切り口から鮮やかな赤い粒が迸る。


「つくよ! 千世さまを!」


「はい!」


 つくよが畳を蹴った。


「千世さま!」


 千世はぐったりと動かない。


「千世さま?」


 抱き上げたつくよの掌が、べっとりと赤黒く染まった。

 腕をもぎ取られた女御が、朝成の首筋に嚙みつこうと踊りかかる。


「六根清浄急急如律令(ろっこんしょうじょうきゅうきゅうにょりつりょう)」


 春尚の吐いた呪詛が炎を止めた。


「鬼……鬼じゃ……鬼がおる」


「朝成! 落ち着け!」


 春尚が喝を飛ばす。

 つくよは千世の体を引き摺るようにして後ろへ下げた。


「兄さま! ダメじゃ! 歌いなされ! 聞いてはならん! 聞いてはなりませぬ! ほれ、私と共に歌いましょうぞ」


 朔也が、焦点のあってない朝成に叫ぶ。

 

「兄さま!」


 パチンと音をさせて、春尚が朝成の頬を張った。


「つくよ! 千世さまは」


「虫の息でございます」


 女御が奇妙な声で笑い始めた。


「裏切り者とはいえあっぱれじゃ。我が一族の呪いを一身に受けるとはのぉ。ははははは! 苦しいであろう? その苦しさは南州全ての痛みじゃ!」


 千世がゴフッと血を吐いた。

 つくよが千世の傷に手を当てる。

 途端に胸の奥に鉛を流し込まれたような重苦しさに襲われた。


「やめろ! つくよ! 吸うな」


 春尚の声が遠くに聞こえた。

 それでもつくよは止めない。

 ほんのりと顔色が戻った千世が、つくよの手に手を重ねた。


「もうよい。私が全て引き受けましょう。つくよ、兄さまと朔也を頼みます。館の子も、みんなお頼み申します。どうか、どうかこの通りです」


 千世が手を合わせてつくよを見た。


「なりません! 必ずお助け申しますから……ああ……どうか……千世さま……お願い……」


 ゆっくりと目を閉じる千世。

 畳を這うようにして来た朔也が、千世の体に寄り添った。


「姉さま。まだ早うございますよ」


 千世が薄目を開ける。


「頃合いじゃ。むしろもうこれ以上は取り込めぬ。朔也、頼みましたよ」


「姉さま……」


「薬師を呼びなさい。今宵しかありませぬ」


 朔也が顔を歪めた。

 その目からは大粒の涙がこぼれ、千世の髪を濡らしていく。


「つくよ……薬師を……」


「え?」


 朔也の目がカッと見開く。


「薬師を呼べ! 千世の肝を献上せよ!」


 女御の首を撥ねた春尚が向き直った。


「何を仰せか!」


 朔也がボロボロな顔で春尚を見た。


「春さまの手は汚してはなりません。どうか……どうか千世姉さまの願いを……どうか、叶えてやって下さいませ」


 春尚が虫の息の千世と朔也を交互に見た。


「まさか……」


 朔也がこっくりと頷いた。


「いや……それは」


「お頼み申す」


 朔也が畳に頭をこすり付ける。

 つくよはもう何も考えることができず、ただ千世の体に指を乗せた。


「つくよ! 吸うな。頼むから吸わないでくれ。これ以上薄めては、姉さまの悲願が叶わぬ」


 つくよがビクッと肩を揺らして手を引っ込めた。


「いつから……計画しておられた?」


「ここに来る日からですよ」


「なぜそのような……」


「兄姉、そして幼きまま消えるしかなかった弟妹の仇でございます」


「だからといって……」


「無力な我らにはそれ以外の方法がございません」


 春尚が千世の頬に触れた。

 千世が力を振り絞って微笑んで見せる。


「春さま……これは私が決めた事。朔也に罪はございません。どうか……どうかお願い申します」


 春尚が小さく頷いた。


「誰かある! 薬師殿をすぐに! 生薬を帝へ!」


「春さま!」


 つくよが春尚の足に取り付いた。

 それをゆっくりと見下ろす春尚。


「恨むなら……私を恨んでくれ」


 焼け残った柱を避けながら薬師が二人駆け付ける。

 宮中の中でも最奥に近いこの場所の惨状に、若い薬師がひゅっと喉を鳴らした。

 朔也が淡々とした声で告げる。


「千世さまの願いじゃ。生薬を抜きすぐに帝へ。だから……藍丸は……許してやってくれ」


 最後まで聞き終えた薬師が正座をして頭を下げた。


「仰せのままに」


 千世の唇が薄く開き、涙を湛えた瞳が朔也を探した。


「ご心配には及びませんよ、姉さま。後は必ず私が」


「うん」


 千世の手首がだらりと畳を打った。

 いまだに呆然自失となっている朝成の目が、ぼんやりとその景色を映していた。

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