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「千世さま!」
座敷の真ん中で一塊になるように身を寄せ合っている朝成と朔也と千世。
迫りくる炎に向かって顔を向けているつくよは、三人を守るように大きく手を広げていた。
春尚の残した結界は、熱風も遮断する。
それはわかっている。
わかっているが、こみ上げる恐怖は防ぎようもなかった。
「千世! 朔也! もっとこちらに寄れ!」
朝成の声が結界の壁に跳ね返った。
動くことのできない朔也と、苦しそうな呼吸を浅く繰り返す千世の額には、大粒の汗が浮かんでいる。
「まだか! まだ消火しきれぬか」
次期帝である朝成の声にも返事をすることができないほど、逼迫した顔で水桶を抱えて走る使用人たち。
その隙間を縫って、髪が半分に焼け落ちた女御がフラフラと部屋に入ってきた。
「杉の間の?」
朝成が呆然とした顔で声を出した。
杉の間の女御が手にぶら下げている長刀には、すでに血脂が膜を張っている。
「あなた様が悪いのですよ」
女御が独り言のように呟いた。
「あなた様さえいなければ、南の血が戻るところであったのに」
朝成がグッと歯を食いしばった。
「聞いてはなりません! それは呪詛じゃ! 耳に入れてはなりませんぞ!」
つくよが大きな声を出した。
「つくよの言葉だけを聞いてください……ああ、そうじゃ。朝成さまはこの歌をご存じですか? つくよが歌って進ぜましょう」
呆然とする朝成の袖を、朔也が引く。
「兄上! こちらを見てください! 共に歌いましょうぞ。ご存じなければ後追いで良い」
つくよが市井で聞く子守唄を歌い始めた。
恐怖に打ち勝とうと必死なのか、最早歌うというより怒鳴っているような声だ。
「ねんねん御山の子ウサギは~」
まるでつくよの歌で舞うように、女御の後ろで炎が躍った。
「御阿毘羅吽欠裟婆呵 我が一族の悲願を成就させ奉れ! 血涙を飲み命を捨てた者たちの、恨みを晴らしてくれようぞ!」
女御が長刀を振りかぶった。
その切っ先は迷いなく朝成を目掛けている。
「兄さま!」
千世がガバッと体を跳ね起こし、朝成の背に取り付いた。
それでも朔也とつくよは歌をやめない。
朝成は二人に操られるように、たどたどしく声を出していた。
「きゃぁぁぁぁ!」
春尚の結界に撥ね返された長刀が、女御の頬を掠める。
一瞬だけ薄い水色の結界が、濃い紺色に変わった。
つくよは大声を出しながら、心の中で春尚を呼ぶ。
「おのれぇぇぇぇ!」
狂ったように女御が結界膜に取り付いた。
爪が幕を薄く削る。
女御のすぐ後ろには、消え残る炎がとぐろを巻くように迫っていた。
「お前さえ! お前さえいなければ!」
女御の目は血走り、とてもこの世の者とは思えない形相だ。
「藍丸を! 藍丸を喰らってまで! そんな価値は無い!」
朝成が歌うのをやめた。
「藍丸を喰らって?」
朝成の首がギシギシと音をたてるように動く。
「兄さま!」
千世がその首に取り付いた。
「聞いてはなりませぬ!」
骨と皮だけのような腕を精一杯伸ばし、朝成の耳を塞ごうとする千世。
その刹那、パリンと結界が割れた。
水色の薄霞が、ゆっくりと砕け落ちる。
その断面の群青色が、頭を擡げた恐怖を煽った。
「春尚さま!」
つくよの心に、春尚に何かあったのではないかという不安が押し寄せた。
「死ね!」
女御の血だらけの指が朝成にのびる。
朝成は呆然自失のまま、その指を受け入れた。
「御阿毘羅吽欠裟婆呵 我が一族の悲願を成就させ奉れ!」
女御が再び呪詛の言葉を叫んだ。
「やめてぇぇぇ!」
千世が体ごと女御に覆いかぶさった。
「千世さま!」
つくよが千世の体に手を伸ばした。
「兄さま!」
朔也が動かない体を転がすようにして朝成の前へ出る。
それでも女御の指は離れず、朝成の首から数滴の血が滴った。
つくよが女御に体当たりする。
「どけっ!」
女御はつくよを軽々と跳ねのけ、朝成に向かって飛んだ。




