20
部屋を包み込んだ沈黙が、庭へと流れ出た。
「それは……」
焦りとお惑いを隠そうともせず、男が一歩膝を進めた。
「そこまでじゃ」
朔也が低い声で男を止める。
「なれど!」
「黙れ! それ以上の口は慎むが良かろう」
男は一瞬だけ目を見開き、慌ててひれ伏した。
「暫し時間を」
男が拳を握り締めた。
ふわっと香木の香りが漂い、闇から春尚が姿を現す。
「朝成さま、朔也さま。遅くなりました」
「ああ、春尚。首尾は?」
「すべて予定通りに」
朔也がホウッと息を吐いた。
立ち竦んだまま黙っていた千世が、まだその場に蹲っている男に目を向ける。
「とにかく館の子たちには手出し無用じゃ。必要なら私が参る。そのように薬師に伝えよ」
「はっ」
朔也が何かを言い返そうと開いた口を、静かに閉じる。
状況を察した春尚が、千世の側ににじり寄った。
「千世さま。少し横になりなされ。お顔の色が熟れる前の桃のようですよ」
クスッと笑った千世が頷いた。
「千世さま……」
つくよの声に振り向きながら、千世がニコッと微笑んだ。
「心配はいりませんよ。後は春さまがどうにかなさる」
静かに閉まった襖の前で、つくよは指先を揃えて頭を下げた。
春尚がブツブツと何かを呟くと、ボワンとした靄が指先から散らばった。
「これで話は漏れませぬ。どういう状況なのです?」
「父上が息が苦しいと仰せじゃそうな」
苦々しい顔で朝成が応えた。
「ふぅむ……昨日まではかなり良いとお見受けしましたが。急変とはまた」
「奴らは?」
「当分動けますまい。それぞれの領地でいろいろ問題が起きたようでございますよ」
朔也がクスッと笑った。
「民たちは?」
「問題ありません。此度の大風は不思議な性質でしてなぁ。ご領主の館ばかりが狙われたそうですよ。誠に天罰とはこの事ですなぁ」
今度は朝成が声を出して笑った。
「そうなれば女たちか」
「狸は容易いが、狐は面倒ですからなぁ」
ここに居ても良いのだろうかと、つくよはもじもじしている。
構わずに朔也が続ける。
「南州の方達は、どうして帝になりたがるのじゃろうなぁ」
朝成がボソッと言った。
「それは北州に盗まれたと思うておりましょうからな」
「盗むというより、南が立てなんだせいであろう?」
「あの疫病は南ばかりで流行りましたからね。一度は涙を飲んだが、それでも一代限りで戻ると信じておったのでしょう。慌ててお子をたくさんお作りになったが女子ばかり」
当時を思い出したのか、春尚が小さく肩を竦めた。
「そこであれほどの女御がこの宮に来ることになった。血を絶やさぬためか」
朝成と春尚の会話を聞いていた朔也が口を開く。
「われらは南の女の腹から生まれ、住まわされた館が南の棟とは。なかなかに皮肉なことだ。しかし、その我らを消そうとするのは? 血を繋ぐなら……」
「お生まれになった御息子が、今年ご成人あそばします」
「噂でしか聞かぬあのお方か?」
「ええ、見事に隠し通されましたゆえ。今度こそ南州の帝をと必死なのでございましょう」
月に雲がかかったのか、座敷の中に薄暗さが戻った。
「私は帝になりたいわけではない。やりたいなら……」
朝成が吐き捨てるように言った。
「北州が降りると困る輩が多いのですよ」
「しかし、なぜ父上は南から正室を娶らなかったのかのぅ。さすれば、このような争いは避けられたであろうに」
庭木がガサガサと風に揺れた。
「意地でしょうな。今上さまは、幼いころから北と南の血を血で洗う争いの渦中に居られましたから」
「はぁぁぁぁ……」
つくよは耳に入ってくる情報を心の中で整理した。
朝成は北州神家の血を継いで、その他の子は南州神家の血ということだ。
次期は朝成に継がせ、南州の血の子は館に……
「酷い……あまりに酷いお話です」
つくよの呟きに誰も応えてはくれなかった。




