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「今日は薬師様と一緒に、かの方も来られるそうな」


 この屋敷の使用人を束ねている初老の男が、朝餉の席で声を張った。

 藍丸の発疹は薄くなり、結もなんとか粥を口にするようになって数日、つくよもようやく使用人部屋に戻ってきた。


「かの方?」


「ああ、つくよちゃんはまだ会ったことが無いのかね」


 つくよの右横で粥をかき込んでいた女が言った。

 この女はつくよ達の中でも勤めが長い。


「誰なの?」


「安倍様だ。美しいお顔をなさっているが……近寄り難い御方じゃ」


 左横に座っていた別の女が声を出す。

 先週、預かり子を二人続けて死なせてしまった女だ。


「なんて言うか……恐ろしいのじゃ」


 綺麗で怖いと聞いたつくよの頭に浮かんだのは、幼い頃に死んでしまった母の顔だった。

 先代の帝の頃、村の長老に連れられて都に行ったきりだった母。

 戻ってきたときには別人のように真っ黒い顔で、枯葉のように薄っぺらい体になっていた。

 それを見た父がつくよの手を取り、村を出奔したのはその日の夜のことだ。


「どうしたね? 早く食べんと」


「あ……うん。ごめん」


 重ねた椀を盆にのせ、洗い場へと向かうつくよの横に、先程の女が並んだ。


「ねえ、つくよちゃん。あんたの薬草ってどこの山のものだ?」


「え? あれはこの山のものだよ?」


「ウソをつくな! ではなぜ私のお子様達には効かぬ? 命を落とさんのは、お前のところばかりじゃないか!」


「そんなことを言われても……同じ薬草を使ってるでしょう?」


「だったら、他に何を飲ませとる?」


 言葉に窮したつくよを助けたのは、もう一人の女だった。


「つくよちゃんは何もしてないよ。お前さんと同じことだけさ。あれは量の加減もあるし、運もある。辛いのはわかるが、八つ当たりなどするものじゃない」


 諭された女は、グッと唇をかんで踵を返した。


「気にするな。続いたから気が落ちているのじゃろう」


「うん……続くと辛いよね」


「そりゃ辛い。でもな、あまり考えんようにせんとな。こっちまで死にとうなるでな」


 自分が持っていた器を、つくよの盆にちゃっかりと乗せて、年嵩の女は去っていった。


「あっ……」


 釉のはがれ落ちた木椀がひとつ、風に煽られて転がる。

 慌てて拾おうとしたつくよの前を、白地に流水模様の何かが遮った。


「あんたがつくよちゃんかい?」

 

 転がった椀を拾った男が、低いが甘い声を出した。

 顔を上げたつくよの頬に血の気が走る。


「違った?」


「いえ……つくよは私です」


「つくよちゃんは、どこの村の出だね?」


 ふと自分の手を握り締めながら、静かに息を引き取った父の顔が浮かんだ。


「捨て子なもので……知らんのです」


「そうか、捨て子ちゃんか」


 乾いたような笑顔に、つくよの喉がゴクッと鳴った。


「それなら仕方がないねぇ。それにしてもつくよとは、また意味ありげな名前じゃないか。誰が付けた?」


「それも……知らんです。ただ……」


「ただ?」


 父に覚えさせられた言葉をそのまま告げる。


「そう書いたお札が一緒にあったと……」


「へぇ。だとしたら、君は高貴な生まれかもしれないぜ? 月を詠むなんて美しいじゃないか。情緒があってさ」


 美しいのはあなたの顔だとつくよは思ったが、唇を固く閉じたまま動かなかった。


「春尚様?」


 垣根の切れ目から幼女の声がした。


「あれ? 結さまではございませんか。此度はお役目ご苦労様でしたね」

 

 そう明るく返しながらも、その目は忙しく結の様子を見定めていた。


「ふふふ」


 照れたのか、結と呼ばれた幼女が顔を隠す。

 男はフッと息を吐き、懐に手を入れた。


「ああ、これはお子様たちへのお土産だよ。黍を甘く煮転がして作ったものだそうだ」


 パンパンに膨らんだ真っ赤な巾着をつくよに押し付け、男は結を追って去っていった。


「誰?」


 つくよの問いに答える者はいない。

 ただ白檀と抹香の匂いが、つくよの周りで静かに舞い、それが鼻腔に入り込む度に、胸を塞ぐような息苦しさが抜けていくようだった。

 遠くで馬が嘶く。

 あの方は騎馬で来たのかと、つくよはぼんやりと思った。


「父さま……」


 つくよは視線をあげて遠くの山並みを見た。

 あの山の大きな杉の下に父を葬ってから、もう四つも季節は巡っている。


「私は上手くやれておりましょうか」


 風がつくよの髪をふわりと揺らした。

 キャッキャという幼女の声が聞こえる。

 藍丸の発疹は薄くなったが、結の体には濃い茶色の痣が無数に残ってしまった。

 

「え?」


 高野槙の枝先に、結の笑顔が一瞬見えた。

 どうやら先程の男が抱き上げているようだ。


「薬師様でさえ触りたがらんというのになぁ」


 つくよは不思議な気持ちになった。

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